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 幸運が重なったのだ、とシンデレラは思った。

 いつもなら月明かりだけが頼りに仕事をするシンデレラだが、今夜は違う。昼かとシンデレラが疑うくらいにまばゆく照らされた明かりの下に彼女はいる。


 貴族の娘である事は周囲からも知られているから、シンデレラが普段着るものはそう質の悪い物ではなかったが、掃除や洗濯、食事と家事に従事していれば汚れてしまう。灰色や黒色の服が多いのは汚れが少しでも目立たないようにするためで、彼女が貴族令嬢と思えぬほどに労働を強いられている事を他人から誤魔化すために義母が用意したものだった。

 虐待を疑われてはたまらないと、他人の干渉を防ぐために使用人は実子であるシンデレラ1人。領地で1人頑張る父親は遥か遠く、お城の近くに建てた社交シーズン用の家で生活するのはシンデレラと義母、そして義母の連れ子である姉2人。つまり、3人の世話を一番年下のはずのシンデレラがさせられていたのである。

 『虐げられる』以外適当な言葉が見つからないシンデレラの生活は、義母と義姉達に振り回されたあまりに可哀相なものだった。


 それが今夜はどうだろう。

 いつもなら僅かな月明かりを頼りに目を凝らして繕いものをしている時間も、使っていない暖炉にくたびれた毛布を敷いた『ベッド』で身を休める時間もとうに過ぎたシンデレラの身体を淡い黄色のドレスが飾り立てている。装飾が殆どない代わりに裾のひらひらとしたドレス。胸元は勿論、肩も背中も首も素肌をしっかりと隠してしまっているくせに、身体のラインは割とはっきりと出ていて、華奢である事を隠せてはいない。胸元のボリュームが少々乏しくはあるが、彼女の場合は仕方が無かった。何せ、ここ何年も家で満足な食事にありつけたことなどないのである。だから母譲りのローズクォーツ色の髪はずっと傷んで艶が無かったのだが、魔法使いの魔法のおかげか今夜だけは同じ色の瞳同様に艶めいている。元々ない胸のボリュームとは違い、こちらは魔法使いの魔法が効いたらしかった。ただ結って、毛先を垂らしただけの髪。他の娘のように宝石や金属、花などが飾られていない髪。髪型を凝らすわけでもなくシンプルで飾り気は少ないが、艶やかさのおかげでそれなりに見えているだろう。シンデレラ自身にその自覚はなくとも。

ドレスや宝石で過剰に飾り立てるのではなく、着ているシンデレラ自身の美しさを惹き立たせるドレスの価値を知らず、彼女は目の前の幻想的な光景にうっとりと酔いしれていた。

 煌々と輝く明りの下、シンデレラ以上に着飾った娘達。

 奏でられる音楽はシンデレラが幼い頃に聞いた事のある曲だった。踊れるようになるために、とダンスの練習曲としてもよく用いられる曲で、緩やかなメロディが大きなホールに流れていた。

 ホールの中央では奏でられる音楽にあわせて優雅に躍るカップルがちらほら。

 この国の王子の花嫁を選ぶための舞踏会であるはずなのに、王子様以外の男性と踊る女性が居ることにシンデレラはちょっと驚いた。

 男女ともシンデレラよりも年上…というか、世代が1つ上位のカップルは娘に付き添って舞踏会に参加した夫婦らしく、既婚の彼らが躍る事に何ら咎はない。舞踏会には招待状を送られた娘だけでなく、付添として保護者も参加が許されているのである。現に、シンデレラの義母は付添人として義姉達と共に参加しているが、シンデレラが探した限りでは見つからなかった。ホールはとても広いのだが、様々な色のドレスを着た娘達で溢れていて、分かりにくいのだ。皆王子様に目を留めてもらうのに必死で、ダンスを踊っている人達の方がごく僅かで、返って目立つのだ。


 ただ、シンデレラとそう年が変わらない男女も何組か踊っていた。


 婚約者同士か何かなのかと考えながら首を傾げるが、普段家事に明け暮れるシンデレラは社交には疎く彼らが誰なのかさっぱりわからなかった。

 王子様とのダンスを待っていないのなら夫婦か、婚約者同士なのかと考えついたが、そう言う女性も王子様の婚約者を選ぶ舞踏会に参加するものなのか? という所で行き詰る。特定の男性を伴う事は王子様、引いては国王様への無礼にならないのかと心配にもなったが、護衛に居るらしい騎士が動かないのだから許可されているようだ。

 と、考えている内に曲が終わってしまった。

 夫婦か婚約者かとシンデレラに疑問を抱かせた男女らは次々と会釈をして、ダンスの終わりの挨拶をしていた。そうして去っていくのは皆娘ばかりで、残された男性の下へは別の娘が赴き、会釈。

 次の曲が流れ始めれば男性はそのままに、女性側の相手が変わってのダンスが始まっていた。

 何がどうなっているのか分からずにぽかんと眺めていると、シンデレラの表情が面白かったのか、周囲からクスクスと笑いが漏れた。

 ただ立っているだけだったが、思いの外悪目立ちしていたらしい。自らの失態に気付いたシンデレラは、慌ててホールの隅っこへと身を潜める。義母や義姉達に見つかれば大ごとだ。

 ホールの隅っこまでたどり着いて安堵の息を吐いていると、聞こえた娘達のおしゃべりで先程の疑問は解決した。

 彼らも王子様だったらしい。

 王位を継ぐ第一王子だけではなく、この国には他に何人も王子が居る。

 それを知らなかったと気付いて、シンデレラは顔を真っ赤にしながら傍のテラスへと逃げ込んだ。




 母親が亡くなる前――というよりは父親が再婚する前まで――は貴族の令嬢として育てられていたが、立ち振る舞いや嗜みを学びはしたが、他の貴族や王族に関して聞いたことは全くなかった。社交界へのデビューに併せて学んで行けばいい、と両親が簡単に楽観的に考えるくらいに、そういう目上の貴族との交流の機会が無かったからでもある。母親が早くに他界する事も予想外と言えただろう。


 娘達が最も強い視線を送ってアピールしているのが次期国王となる第一王子。

 金色の髪に紫黒色の精悍な美貌の持ち主は現国王の血を色濃く継いでいるという。正妃の子で、出来も良い。跡継ぎとしてはこれ以上文句のつけようのない存在であるため、彼の正妃、もしくは副妃の座をこの場にいる娘の多くが渇望している事は明らかだった。既に成人しており、後は彼が好みとする娘が現れるのを待つばかりに違いない。

 第一王子とは少し場を離れてダンスに応じていた他の王子達は母親が必ずしも正妃ではないようで、髪や瞳、肌色などとに違いがあった。

 王子の花嫁探しという事はおそらく彼らの花嫁となる娘が見初められる可能性もあるのだろう。ダンスの申し出が途切れないのはそれが理由なのだろうが、10歳にも満たないだろう末の王子にもダンスの申し出が絶えないのはどうかとシンデレラは思った。

 舞踏会に招かれている娘には当然でもないが独身である事の他にも年齢制限があり、下は成人である16歳。シンデレラもまた最近この年齢制限を満たしたばかりであるが………お互い成人を迎えてからの6歳差というならばそう気にもならないかもしれないが、10歳に満たない王子相手はさすがに犯罪だろう、と感じるのはおかしいのかとシンデレラは首を傾げたくなった。だってシンデレラ以外は誰も気にしていないみたいだったからだ。


「ああ、でも素敵」

 テラスへの出入り口であるガラス戸から室内を覗いて、テラスから眺める月明かりに照らされるお城の姿と、遠くに見える城下の明かりを眺めて、とシンデレラはうっとりと時間を過ごした。

 燃やされたシンデレラの招待状を再生させて、ドレスをはじめとした衣装や馬車を用意してくれた魔法使いは出発前、シンデレラに「楽しんできなさい」と優しく声を掛けてくれた。

 そして今、シンデレラは魔法使いの言葉通りに楽しんでいる。

 シンデレラは確かに舞踏会に来たかったが、王子に見初められたいわけではなかった。そんな野心を抱く気にもなれない。

 ただ、眺めることすら叶わなかった舞踏会の雰囲気を味わってみたかったのだ。

 同伴者として義母や義姉達について行ってこっそり覗けたら…位に願っていたのに、綺麗なドレスを着て、参加者として出席できるなど、シンデレラは想像もしていなかった。

 今までで一番美しい思い出になるに違いなく、シンデレラはこの華やかな光景を忘れまいと熱心に見つめていた。

 さっきまでとはまた曲が変わる。踊りやすいゆっくりとした曲調とは打って変わり、リズミカルで情熱的な曲。

 ホールの中央で踊る人々を見て、シンデレラはまた吐息を一つこぼした。

 全てのダンスを踊れるわけではないが、シンデレラも踊れないわけではない。先程まで流れていたようなゆっくりとした曲ならば踊る事が出来た。

「いいなぁ」

 ほろりとこぼれた自身の言葉に、シンデレラは消えたばかりの顔の赤みがまた染まった事を自覚した。


 それはもう今後二度と立ち入ることなど許されないだろうお城のホールでのダンスを羨んだ彼女の脳裏に、踊る相手の姿が過ぎったからだった。



 それはホールで、他の王子達とは異なって踊らず、周囲を女性に囲まれて傍観している第一王子ではなかった。

 先程存在を知ったばかりの、代わる代わる女性とダンスを踊り続けている他の王子達でもない。

 けれども、それがおかしいと、シンデレラは思わなかった。

 だって、シンデレラは彼と会うと心が弾む。

 会える事が何よりも嬉しくて、幸せだと感じる相手なのだ。

 彼がダンスが踊れるかどうかも知らないのに、今、ここで踊れたらいいのに、と思ってしまう。願ってしまう。

 自分はなんて欲深なんだろうか、と冷静な自分が己を恥じた。

 出られるはずのなかった舞踏会に出られたというだけでも幸運だったはずなのに。

 人間の欲に際限はないと言うが、自分もやはりそうだったのかとシンデレラは自覚した。

 だって振り払うべきはずの願いは胸中に押し込む事はできても消えてはくれない。

 出来たらいいのに、と期待してしまう。今も夢見てしまっていた。

 好意を抱いていたのは確かだったが、意外と重症だったことをシンデレラは思い知った。

 意識するまでもなく、脳裏にその人の姿が過ぎっていく。無意識に浮かんだのが後ろ姿だったのは後ろ姿なら相手に知られずにいつまでも見つめていられたからだろう。後ろ姿が見慣れているのは間違いない。

 体温が急上昇したのは、変わらないはずの外気が冷たく感じた事で嫌でも思い知らされる。

 きっと自分の顔は真っ赤だと、シンデレラは自覚しながら手で仰ぎ、冷たい風を顔へとかけた。赤い顔を何とかしなければホールには戻れない。ホールから漏れる明かりもあり、テラスは月明かりだけの状態よりも少し明るい。だから、自分の両手が真っ赤なのもシンデレラは分かってしまい、赤面は更にひどくなった。



 熱よ冷めよ、と心で念じ、ふわりと吹いた夜風に身を任せていたシンデレラは、ふとホールの中がざわついているのに気付いた。

(何かしら? もしかして、第一王子様が誰かを選ばれたのかしら?)

 それならそれで選ばれなかった娘達の嘆き声でも聞こえそうなものだが、他に考えつかない。ホールに戻ってみればきっと他の女性達のおしゃべりでざわつきの理由が知れるだろうと閉めていたガラス戸へと足を進めた。

 そこですぐにシンデレラは足を止める。

 ガラス戸の向こうに人が立っていたのだ。相手が外に出ようとしているのなら外開きのガラス戸の前に立つのは危険である。が、シンデレラが足を止めた理由はそんな事ではなかった。

 ホールの中の方が明るく、逆行であっても相手がドレスを着ていない事は明らかだった。

 身長も普通の女性よりも高いし、着ている物は明らかに紳士服で、豪奢ではないが質の良さそうなそれをシンデレラは遠巻きに視界に掠めた気がする。

その時はダンスに興じてはいなかった。

 目の色ははっきりとわからないものの、金髪である事は間違いない。

 呆けている間に相手はガラス戸を抜けてたどり着き、シンデレラをダンスに誘った。

 そしてどう返答するべきなのかとシンデレラが悩んでいる間に手を引かれて、ホールへと連れて行かれる。

 明かりの下で、紫黒色の眼はおもちゃを前にした子供のようににっこりと細めている第一王子は、妙に楽しそうにシンデレラとダンスを踊った。


 第一王子をお相手としたダンスは一曲では終わらなかった。

 身に余る光栄と言うのは過ぎるものではない。保身の為に。

 勿論、シンデレラは一曲で辞退したかった。途中で王子の気が変わって止めてくれても良かったがなぜか王子の興が乗ったらしいのだ。下がろうとするシンデレラの手をつかんで離さずに、もう一曲といつまでも引き止められた。

 もう嫌です。とシンデレラに拒否する権利などあるわけがない。

 だからシンデレラは「間違えて足を踏もうものなら我が身が危ない」と冷や汗をかきながらダンスを踊る羽目になった。

 何とか踏みつけずに済んだのは、流れた曲が皆ゆっくりとした曲調で、シンデレラの踊れないダンスではなかったからである。でなければシンデレラの命は失礼を働いたという理由であっという間に刈り取られていたかもしれない。

 一曲、また一曲とダンスを重ねるごとに周囲の気温が下がる。ダンスに集中していたのでシンデレラは周囲を意識してみることはなかったが、第一王子狙いの女性らがこの状況で何も思わないわけがないのである。

 内心かなり動揺しているシンデレラを余所に、第一王子は大変ダンスを楽しんだらしい。シンデレラが決してダンスが上手いわけではないので、難易度の高いダンスが踊れたとかそう言う満足感からくる楽しいではないはずである。表情も楽しんだといった感じで満足、とかそう言う気持ちとは違うようだった。下手くそな相手をそつなくリードしてやったぞ! という達成感とも違うようだ。『楽しんだ』のは確かなようだが、どちらかというと『面白かった』ようだった。その『面白かった』の中には、シンデレラをからかう事も含まれていたに違いなかった。何故ならダンスの合間、王子が身元についてシンデレラに尋ねた時、耳にかかった王子の吐息に「ひゃ」と小さく悲鳴を上げて、一瞬だが身を強張らせてしまったからである。思わず口元を緩める程に、王子には面白かったようだ。


 それで上手く誤魔化す事ができたわけではなかったが、シンデレラは個人情報の流出を阻止する事に成功した。


 着飾る事が許されるのは今夜だけ。


 仕事用の服以外、シンデレラは持っていないのだ。年頃の娘らしく綺麗なものを身に付けたいという願望を持つことは許されない。

 明日にはきっと、今夜ここに居合わせた誰一人、シンデレラがどこにいるか見つけられる者などいないだろう。義母と義姉達にはむしろ気付いてほしくないが。

(この方が彼だったらよかったのに……なんて)


「…殊の外粘るな」


 必死である事にちょっと疲れたのか、思考がまた幻想を抱いてしまった。

 そんな自分の状態に気付いたのは、シンデレラの傍で呟きが聞こえたからである。内容まではちゃんと聞き取れなかったが、ホール全体で音楽が奏でられているこの状況下でシンデレラの耳が小言を拾えるとしたら第一王子しかいない。

 自分に話しかけられたのかと意識を集中させたがもう遅い。終えてしまった呟きはそれで言い終わりらしく、第一王子は口を閉ざしてしまった。シンデレラよりもダンスに慣れている王子はホールのどこかへと視線を向けている。

 何か返答を求められたわけではない様だとホッとしつつも、第一王子の関心を引く何かを探して彼が向いているのと同じ方向に視線を滑らせた。

 が、すぐに見るんじゃなかったとシンデレラは後悔した。

 今夜は王子の花嫁を探すための目的で開かれた舞踏会だから、女性が圧倒的に多いのだ。ダンスに気を取られて忘れていた恐ろしい視線を肌で痛いほど感じて、シンデレラは震え上がった。

 名前も名乗っていないし、明日にはもう二度とこんな格好はできないだろう。

 だったら今、この場で多少失礼な行動をとっても、逃げおおせれば無かった事にはならないだろうかと打算的な考えが思考を占めたのは、

「名を教える気が無いなら帰したくないな」

 なんて本来の意味ならおそらく甘やかな、けれど聞こえたシンデレラには恐ろしく物騒な言葉が第一王子から聞こえたから。

 そんな王子の発言の後、すぐに聞こえたゴーンという鐘の音に、もうシンデレラは本当になりふり構っていられなくなった。

 聞こえた鐘の音は今宵の舞踏会が終了を迎える合図。

 招かれた者達のお引き取りを促す合図であり、シンデレラにとってはそれ以上に重要な、自身に掛けられた魔法が間もなく解けてしまう事を示す合図だった。


 一言も残さずに駆けだしたシンデレラの背に、第一王子の言葉が掛かる。けれどもシンデレラは構わなかったし、シンデレラが第一王子の気を引いた事をよく思っていない女性はそこかしこにしたので、シンデレラ一人が逃げる事はそう大変な事ではなかった。シンデレラの向かう先に居た娘達は速やかに道を開けてくれたし、どうやら王子の足止め…というか女性達の自身売り込み合戦が開始されたようだったからだ。完全にお開きになってしまう前の最後の売り込みに皆必死なのである。

 一生懸命にお城の中を駆けて、待っていてくれた馬車に乗り込んでお城を離れて、ホッと一息つく間もなく、掛けられていた魔法は全て解けて、シンデレラは地面へと放り出された。

 馬車となっていたかぼちゃはシンデレラの顔くらいの大きさに戻って地面に転がり、馬車を引いていた馬も、御者も元のネズミの姿に戻ってしまっていた。

 一瞬前まで着ていたドレスも綺麗に消え去って、見慣れた部屋着姿。

 戻ったというのが正しいのだが、あまりの変わりぶりに思わず涙がこぼれてしまった。

 はらはらと涙をこぼれるままに居ると、ネズミが一匹近づいてきて、シンデレラの部屋着を噛んで引っ張った。

 シンデレラが放り出されたのは路上。それもまだ城からそう離れていない所である。王子様が追っ手をかけるなんてことはありえないが、お城に招かれていた参加者がまだこれから家路へとつくのだ。シンデレラが今居る道を通る馬車が1台も無いとは思えない。このままいれば轢かれてしまうと立ち上がり、服を噛んでいたネズミを抱き上げた。どうやら残っているのは1匹だけで、あと2匹居たはずのネズミは逃げてしまったらしい。

「あ……」

 転がるかぼちゃを拾い上げようとして起こった痛みに思わず声をこぼした。

 道にあった小石を踏んだのだ。暗くて石があるかまでは分からなかった。今居る場所から自宅まで、まだ少し距離がある。義母と義姉達が帰る前にたどり着かなければならない。

 それまでにいくつの石を踏んでしまうだろうかとしょげ、シンデレラの顔はみるみる青ざめていった。

 シンデレラは足を傷つけることに恐怖したわけではなかった。

 なぜ裸足であるのかという疑問を抱いたためにシンデレラは青ざめたのだ。

 魔法使いを出迎えた時、シンデレラは確かに靴を履いていた。貴族令嬢が好んで履く様な華美なものではなく、長時間歩いたり荷を運んだりという肉体労働に向いたややくたびれた靴を履いて、出迎えたのだ。

 その靴は、魔法使いがシンデレラに掛けた魔法でガラスの靴に変わった。

 先程まで着ていた魔法使いが用意してくれたドレスは、魔法が解けて、魔法を掛けられる前に着ていた部屋着へと戻った。

 ならば今、シンデレラの足には履き慣れた靴を履いていなければおかしかった。

 ついでに言えば、履き慣れた靴を履いていた時には靴下だって履いていたのだから。

 素足であるのはおかしい。

 魔法使いの魔法が失敗したのだろうか? とは考えにくかった。

 だってシンデレラは実感していたのだ。

 お城から逃げる時に走りにくいと感じていたのは途中までだった事を。

「お、落としてきてしまったんだわ、どうしようっ!?」

 

 「忘れ物をしました」と、お城へ戻るわけにはいかない。

 だって今のシンデレラはどう見ても参加者には見えないからだ。

 人の厚意を踏みにじるような事をしてしまったと、ひどく悲しくなる。

 きらびやかな世界を垣間見た時に感じた幸福感はすっかり失い、魔法使いに一刻も早く謝罪せねばとシンデレラは裸足で駆けだした。











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