孤独とイジメとひっつき虫
彼女は今日も精一杯、なんの迷いもなく前に向かって、日の光にあたる人生を生きてほしい。僕は影だから。
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陽光を浴びた雑草達が、鉄線の網で作られたフェンスの下ですくすく育っている。僕たちの班は小学校に向かって集団登校していた。一列になって歩くと前から笑い声が聞こえた。
「まじ、くせ〜。なんか後ろ臭くない?ねえ」
誰かと話しているようだ。どうやら前方で歩いている三人が顔を見合わせて笑っているようだ。ちなみにこの班は全員で五人。リーダー格の人間に合わせるように周りも笑っているようだ。さげすむようなにやけた笑み。チラチラと僕の方を向いている気がした。
でも、それは気のせいだということを僕は知っている。
この視線の先は僕を突っ切って後ろにいる彼女にぶつかる。
その彼女は二歳ほど年の離れた後輩だ。前歯の一つが抜けていて、笑うと無邪気なさまが一層して際立つ。五年生の僕からしたら幼いなと感じる。名札には花農灯と書いてある。綺麗な字だから親が書いてくれたのだろう。
太陽みたいに彼女は明るく、今日も
「はうあー。もう歩くの疲れた〜。休みたい」
集団の先頭にいる最上級生に睨まれていることにも、気にしていないかのようだった。
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くすくす。
まただ。また陰湿な感じのする声がする。ここはどこだったっけ。ああそうだ。僕は学校に到着したんだ。そして、廊下を歩いている。
五年二組の教室はこの廊下を直進した先にある。
今歩いている場所は、五年一組の教室の真横に位置する廊下。もう少しで二組の教室に着く。そしたら重たいランドセルをおろすことができる。僕は早足で歩いた。
ひゅ
今、何か飛んでこなかった?
ん?
服に何かついてる。バカだ。バカが大量に服についてる。
バカとは僕たちの間で浸透している、呼び名だ。雑草と呼ばれる程、ひんぱんに道端に生えてる。よく登下校で子供たちが、他人の服につけて遊んでいた。「バカだー。バカだー♪」とかいいながら。
もちろんバカは正式名称ではない。本来コセンダングサと呼ばれなければならない植物をバカとか雑草とかいう意味のわかりづらい単語で呼んでほしくはないのだけど、みんながそういうのだから、しかたがない。
そう。しかたがないで済まして、この世は出来ていた。
相手を揶揄していることに気づいていない僕たちの方が、よっぽどバカなのに。
服に果実の乾いた突起がへばり付いていた。先端が小さく二つに枝分かれしている細長い黒い物体。それを、泣きながら指でつまんで、捨てた。
なんでこんなについてるんだよ。という衝撃が頭の中で渦巻いた。
この時、僕の中で真っ先に浮かんできた単語が「イジメ」だった。「それ」は学校全体によく馴染んでいる言葉であったし、真っ先にそれを思いついたのは、当然のことなのかもしれなかった。
僕は目を真っ赤にしなから、声を殺して泣いた。歩いて自分の教室に向かう。
黒いランドセルを机の上に起き、椅子に腰掛けた。
暗闇になった。なぜだかわからないけど視界が真っ暗で、思考だけがはっきりしていた。
なんてこの世界は。なんてこの世界は。なんで。なんで。こうにもこうなんだ。おかしいよ。なんでこんなに、孤独なんだ。もういやだ。もういやだ。
絶対に…してやる。絶対に…してやる。絶対に…してやる。絶対に…してやる。絶対に…してやる。絶対に…してやる。絶対に…してやる。絶対に…してやる。
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僕はあの時、決意を固めた。
頑固に頑なになったのはそのせいか。
あの一言を今も、思い出す。
胸が少し苦しくなり、目を閉じる。そしてまぶたの下に影がさす。それでも、その目を開いた先にはあの時の信念が、表われる。力強いまなざしで、今日も僕は生きている。
力強く歯を食いしばったあの時を忘れない。
「絶対に人に嫌なことをしないでやる」