子供と大人
うぅう……と美人さんの渋い声。歩く音が遠ざかっていく。
やっと行ったか、何て幼女さんが笑い、パタンと扉を閉めた。
「さて、アーリ!」
《は、はい。なんでしょう》
くるり、とこちらに向き直る幼女さん。
なんだか呼ばれた気がして、慌てて立ち上がった。幼女さんの方へ移動する。
パタパタと絨毯の音。俺の方が身長が微妙に高いため、幼女さんが俺を見上げる形になった。
「ほら、こんなもの外せ。……ふふっ、地味に似合って……いや、何でもない。お腹空かないか?食事にしよう」
《似合っているっていいかけましたよね。お腹……そうですね、空きまし……あ、でも、ええと》
話しながら、カポッと着ぐるみを外してくれた。揺れる銀の髪と、綺麗に整った顔が見える。
可愛らしく聞かれて思わず頷く、が重要なことを頭から飛ばしていた。
「ん、どうした?」
《あー……今更ですが、私、財布持ってないんです》
「またそんなことを。大丈夫だ、いくらでも食べていけ!」
《……ありがとうございます》
俺が奢ります!とも言えないし、ご飯はいつか食べなければならない。
でもヤッパリ情けくて、うつむいた。
幼女さんも美人さんも、衣食住全部確保してくれて、本当、申し訳ない。というか、情けない。
嵐が過ぎ去って、ちょっと落ち着いたらさっき俺がやったことも思いだして。着ぐるみ着せられたからって焦りすぎた。もっと、大人な態度を……。後悔が渦巻く。ああ、俺、ちょっと不安定になってるのかもしれない。
てなことを考えているうちに、しばしの間が空いてしまった。
あ、やばい、これじゃ失礼じゃねぇか。せっかく食べていけ、って言ってもらってるのに。
慌てて重く感じる頭を持ち上げようと、した。
その時。
「……あー、その、アーリ。あまり、重く考えるなよ?」
ポフポフと、髪に小さくて冷たい感触が当たった。
わしわし、と控えめに、優しく、髪を乱される。
「我はお前に何があったのか、詳しく知らないがな」
撫でられた、と気がついて固まった頭。
その視界に写っている幼女さんの唇が、柔らかく動く。
こんな可愛らしい人に励まされて、心配かけて、本当、馬鹿か俺……。
「お前は見かけより年を重ねているのだろう?」
《……!》
え、どうして、それを。
思わず動いた顔を、ぐっと手で押さえつけられた。
まぁまぁ動くな、見てたらそんな気がしたんだ、と笑う幼女さん。
口元しか見えないが、優しく笑っていた。何も言葉を返せなくて、ますます固まる体。
「だがそれは我だって同じだ、もう四十代」
いや、まだ、か……とかそんなことをごにょごにょ呟いて、わずかに下を向いた。
その動作になんだか儚いものを感じて、思わず撫で返そうと手が動いた。
しかし、それをする前に。
「─────しかし、人間に年は関係ない!」
明るく、強い声だった。パンっと、軽く叩かれた頬。
痛みはないが、ジンと響く衝撃があった。びっくりして体が跳ね、手が引っ込む。
ピアノの音はいつの間にか止んでいて、幼女さんの声だけが響いていた。
「重要なのは、経験だ。経験を積めば積むほど、学べば学ぶほど、人は大人になり──」
グニグニグニグニ〜!と手でほっぺをいじられる。
幼女さんの顔も、何もかも、天井しか見えないぐらい頰を上向きに挙げられた。
いや、何も見て欲しくないのかもしれない。わずかに震えている、幼女さんの声。
「───時に子供になる、そうだろう?」
《む……ムグっ》
ほっぺをいじられているせいで、何もしゃべれなかった。
俺は、子供なのか。あぁ……そうかもしれない。何もできないし、助けられてばかりだ。
……そして、そう思わない俺の行動の何かが、幼女さんの過去の傷を、えぐってしまったのかもしれない。
「子供になった時は、素直に甘えればいいんだ。そしたら周りの大人が、助ければいいんだから」
《……ムグ》
─────助けるから、と聞こえた気がした。言葉にすらならないような、小さな吐息だった。
でもそれが全てを物語っている気がして、何も返せなかった。3秒ほど、何かを引きずるように間が空く。
「ロレッタも心配してたぞ?今はお前は子供なんだから、変なこと考えるな……立派な大人になれないぞ☆」
下手に遠慮しても、凹んでも、どうせ子供なんだ。大人になるまで甘えておけ。
そんな言葉で締め、幼女さんがパッと手を離した。よし!と掛け声とともに、俺の背中を叩く。
やっと下を向けた俺の顔の前に、まぁ、我も少しふざけすぎてしまったが、なんて言う苦笑が見える。
その顔に少しも涙は浮かんでいなくて、ニッと、いたずらっぽささえ漂っていた。
励ましてくれたんだ。
「さぁ嵐も過ぎ去ったし、食べるか!」
《はい!》
それしか言えなかった。気をつかうことも、遠慮することも、できない。
俺の下手な気遣いが幼女さんを傷つけたかもしれないしな。
凹みすぎるのも、意味のないことだと言われた気がした。
「すまんな、説教じみて。こういうことはロレッタの方が得意なんだ」
《いえ、いろいろありがとうございます》
ニコッと笑う幼女さんに、ニコッと笑い返す。
あー……やばいな、今日初めて笑った気がする。思えば幼女さんも美人さんも、ずっと俺を笑わせようとしてたのかもしれない。申し訳ないことをした。
俺、幼女さんと美人さんを年下の人みたいに思っていたのだろうか。でも、この世界じゃ俺の方が年下。そういえば、そうか。
この世界の経験なんて一つもないんだし。まさに子供だ。
子供が大人ぶってただけか、俺の遠慮は。
……しょうがない、これからは遠慮しない!開きなおる!
あ、いや、遠慮はするが、あんまり、凹みすぎないようにするか。
「お前のありがとうございますは、ごめんなさい、だったぞ」
《すみませんでした。お礼ならお礼らしく、明るく言うべきでしたね》
さ、晩御飯だ、と幼女さんがドアを開ける。
綺麗な廊下を、手を引かれて歩き出した。
「まぁいろいろあって疲れただろう、今日はゆっくり休むといい」
《ありがとうございます。そうですね、今までが、長い一日みたいに感じました》
ニコニコと笑う。
うまく開き直れるかわからないが、まぁ、頑張ろう!
◆◇
「……なんか、あれだな」
《そうですね、なんか……》
しばらく経って。長すぎる廊下をまだ歩く。
俺たちの胸の中を、何かが足りないとそんな思いが渦巻いていた。なにこれ消えない。
ニコニコと、平和な話を続かせていた。なのになんだ、この違和感は……。
「《ボケがない……》」
そうだ、わかった、ボケの不在だ。
「さっきまでのロレッタの大暴走が、いきなりなくなったな」
《別にいいことですけど、気が抜けますね》
「うむ……なんだか、モニョっとする……というか」
《このギャップ。……あまり、慣れないですね》
「よしアーリ、ボケろ」
《幼女さんこそ頑張って下さい》
美人さんの暴走に慣れきってしまった被害同盟の悲しい性だ。この平和さに慣れない。
その空いた穴を埋めようと、ボケ役の押し付け合いが始まる。
「……ロレッタほどのキレのあるボケを、私が出せると思うか?」
《……キレっていうかなんていうか……割と幼女さん暴走するときは暴走しますよ》
「いい。フリルやるからボケろ」
《なんで持ち歩いてるんですか》
すっとポッケから出されたフリル。
それが幼女さんなりの友情の証だったと気がつくのは、もう少し先の話。
申し訳ございません、なんだか今用事が重なってしまい、もう少し更新が遅れそうです……。
決して、エタッたわけではございませんので、あしからず!見捨てないでください!ご連絡が遅れて申し訳ございませんッ!




