姦しいのか、文殊の知恵か
前話で好き勝手やりすぎたせいでとても遅れました。
ごめんなさい見捨てないでください。
ポロン、ロロロン、ボロン、ポロロロン……
低く甘い洋琴音が、耳に心地よい。時告げ針のメトロノーム。
紅茶に砂糖が香る部屋に、ピアノを弾くものは誰もいない。
さぁっ……と吹いたオレンジ色の風が、薄いカーテンを淡く羽ばたかせる。バタバタと偽りの白い翼。
冒険を夢見るように、窓の側で暴れた。
斜陽に染まる木々がざわざわと囁き、レトロなメロディは静かに話した。
ゆっくりと時の流れる静かな夕暮れだ。上品で、美しい時間。
そんな時の流れる部屋で、俺は。
《……本当に、何がしたかったんですか》
しょっぱい気持ちでいっぱいだった。
◆◇
眼前には、神妙な顔もちでバナナを持つ美人さん……と、反省しているような顔で俯いてフリルを構えている幼女さん。
その二人を正座で見つめながら、ゆっくりと話し出したゴリラが俺だ。
《……あのですね、そもそも着ぐるみ取り出した時点でおかしいんです》
「反論♪私にしては考えた方だと思うの」
「自覚があるなら治してください!」
さて、どこから話せばいいのか。
やるせない複雑な気持ちでいっぱいな心中を、察したように木枯らしが吹いた。
腹は立ってない。悲しくもない。だけど何だろうこの胸の苦しさは。もちろん恋とかではない。
《……アイマスクは、寝るためのものです》
「そうだな、心地よい眠りにつくために開発された素晴らしいものだ」
「そうね……でも、そうやって決めつけてたら何も生まなくない?」
「む、決めつけてはいない。しかし物事を最大限に役に立てるには……」
《違うんです……そこで話を膨らませたいわけではなくてですね》
「え?じゃあ、なにー?」
《……着ぐるみに、アイマスクをつけるのはどうかと思うんです》
「え?オシャレじゃない?」
着ぐるみの着こなしにまで精通している美人さん、すごいなって。
何だろう、着ぐるみには甘ロリアイマスク!とかが流行りなんだろうか。
こう、外しアイテム的な。
哀愁漂うゴリラを、美人さんが不思議そうに見る。
ゴリラの頭には、お察しの通りに、アイマスクが。アイアムゴリラが今日も光ってる。
「大丈夫、似合ってるぞ」
《違います!そういう不安とか持ってません!》
「わかってる、フリルが足りないんだな」
《それも違います。むしろもうこれ以上ゴリラを飾り立てないでください》
「じゃあ何が不満なんだ?」
《……いや、そりゃぁ……まず着ぐるみ着せられた時点で……その上、大きすぎて外れないし……》
頭が重いんだ。物理的な意味で。
「ゴリラが離れたくないって言ってるのよ」
《何ですかその無責任な解釈……本当だったら相当なホラーですよ!?》
「あぁ、いまあなたの顔面にへばりついてるよ、ってやつか」
無邪気さが斜め下を爆走している幼女さん、さらりと言ってのける。
間違いなく今新たな怪談が生まれた。「私メリーさん今あなたの……」を超えた。
《怖さを一周してもはや気持ち悪い!ゴリラさん今どういう状況ですか》
「ふふふっ、反応に困るよな」
《違います。困るとこそこじゃないです》
「そうね、そもそもメールが見えないわ」
「む?音声着信にすればいいのではないだろうか」
《携帯電話の存在意義……が……?》
そこで、ん?と気がついた。
そもそもこの世界メリーさんいるのか?つか、そもそも携帯電話自体が。
当然のようにメリーさんの話をしていたけど、よく考えると変だよな……?
「どうした?アーリ。急に固まったぞ?」
っと、やばい。不安そうにゴリラを覗き込む幼女さん。心配させちゃったな。
《……携帯電話って》
「あれ、知らないの?これよこれ」
ポケットから、チャッと。
美人さんがそんな音を立てて、手の平サイズのダイヤモンド……みたいなのを取り出した。
目の前でフリフリと揺れるたび、シャラシャラと音がする。すげえ。なんかすげえ。
《宝石……?》
「正確には魔方石だ。改造してあり、魔力を流し込めば使えるようになっている」
「ほれほれ。綺麗でしょう?」
《おぉ……!》
これがこの世界の携帯電話らしい。
くっと手に力を入れる美人さん。キラン!と石が煌めき、赤く染まる。
なんだこれ、今度はルビーみたいになった!
「これで通話。赤色になるの♪あとは、これでメール。これで時計。これで……」
「意外と多機能でな。使うにはコツがいるが、普及率は凄いことになっている」
確か、町民はほぼ全員が持っていた……気がする、と幼女さん。
前世の携帯電話と変わらねぇんだな、それじゃ。
《へぇ……すごいですねぇ!》
「うんうん……あれっ!?」
ニコニコとして画面?を触る美人さんが、ニコニコしたまま固まった。
さあっ……と顔が青く染まる。
「どうした、ロレッタ?」
「……仕事、忘れてた」
《……?》
携帯に何かあったのだろうか。手が震えている。
うむ、と幼女さんが笑う。
「行って来い」
「……嫌」
どうしたんだろう。美人さんが死んだ魚のような目をしてる。
「あの色ボケ王子に何で私が……」
「それも仕事だ!」
《……?どうしたんですか?》
恐る恐る聞いてみた。ガシッと肩を掴まれる。
「王国副騎士長には、剣技指導という、クソみたいな仕事があるの」
《は、はぁ》
ぐっと、拳を握った美人さん。不敬だぞ、とたしなめる幼女さん。
なんだか状況が飲み込めたような飲み込めないような……うーん?
と、その瞬間。
ボーンボーンボーン、と置き時計が6回なった。もう6時か?
よく見れば、ずいぶん空も夜めいてきた。
《あれ、もう6時ですね》
「ロレッタ、仕事は何時からだ?」
「……5時よ」
「遅刻じゃないか!?」
ぐっと、美人さんの服を握る幼女さん。
あれか?行きたくない仕事に気がついて、行かなきゃいけない、ってやつか?
うぅん、社会人だもんなぁ……。
「アーリ、ちょっとこいつは用事ができて帰らなければいけない」
《は、はい》
「私はもう帰るけど、アーリはこの館に泊まるからね〜!」
「客人用の部屋はもう手配してあるぞ!」
《いつの間に……ありがとうございます》
よくわからないが、泊めてくれるらしい。
ずりずりと美人さんがドアの方へ引きずられていく。
「行きたくないーヤダー!」
「さっさと行け!グダグダするな!」
本当、なんか、悪いな。
世話になりっぱなしだ。マジで恩返しがしたい。
学園にも行かせてもらえるらしいし……。
……二人が望むなら、やはりゴリラになるべきなのだろうか。
そんなことを考えながら、ホテルみたいな綺麗な廊下を引っ張られて、美人さんが消えた。




