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脱兎の如く

《……うーん?これでいいのか?》


明るい照明が照らす高級店の、広く立派な試着室の中。

お洒落な店らしい甘い匂いがほのかに香り、外の喧騒がやや小さく聞こえている。


シパパっと出来る限りの速さで慣れない……と言うか着たことなど欠片も無いワンピースを着た。

あんまり必死に慌てたんで自分の裸とか見ていなかった。髪が邪魔だなぁ、ぐらいしか……。

まぁ見たとしても自分目線だし、別に変な気は起きないと思うぜ。


背丈を余裕で超える、磨き抜かれ輝く大きな全身鏡、に映る自分の姿。

フリフリ黒ワンピースを着た小柄な少女の姿は、やっぱり別人としか思えない。


じっと見ると向こうもじっと見つめる。……そういや初めてだな、自分の姿見るの。


自分だと思ってみると、ワンピース着てるのがまず恥ずかしい。ネグリジェよりマシだが……。

黒く長い髪は足首の所までまっすぐ流れ、大きな碧の瞳はジト目?がデフォルトらしい。

鼻筋は通ってるし、唇も形が整って……うん、まぁ、綺麗さだけだったら完璧な顔だ。でも排他的で……ロボットだけに鉄のような……うん、完璧な顔だけど鉄壁で潔癖な感じがする。ぺきぺきぺき。


《こんな顔をしてたのかぁ》


いい機会だからと、あちこち調べることにした。ペタペタと顔を触り、髪を撫で、くるりと回る。

瞳はビーズみたいにキラキラ透き通って、白い肌はすべすべしている。ロボットだって信じられない。

髪の毛はつやつやで綺麗な天使の輪を描いている、が嫌にひんやり……と言うか、コードっぽい。

クッと引っ張っても抜けなかったし、コードなのかもしれない。うわぁ、ロボだ!


《……うーん、でも、あれだな、声……渋いな》


口から出てくる知らない男の声はよく聞いたら若干渋味が掛かり……なんだろう、洒落たバーにいそうだ。

外見と見た目のミスマッチがすごい。凄いな低音ボイスの美少女。可愛くねェ。

渋い男の声で幼い女の体……って、不審者通り越して都市伝説レベルまで上り詰めるかもしれない。

見た目は子供、頭脳は大人、ならぬ見た目は幼女、ボイスは渋め!ってなんだよ。何の事件も解決しねぇよ。むしろこっちが事件だよ。

口裂け嬢さんならぬ声だけおっさんとか笑えねぇよ……なるべく人前では喋らんようにしとこう。


「アーリ、大丈夫?」

《おっとと……大丈夫です!》


方針を一つ決めたところで美人さんの声が聞こえ、慌てて試着室から顔を出す。

赤シャツのナチュラルカッコイイ私服に戻った、美人さんが前に立っていた。

赤いワンピースを手に持っていた。もう試着済ませ、買おうとしているらしい。


《うわ……》


手招きされ出ようとする。

うわっとと……なまじ試着室が段差で高い位置にある所為で、店内をもう一回見てしまった。


改めて見ても、柔らかな花の匂いが立ち篭めるキラッキラした店内。さっすが美人さんご用達だな。

耳に心地よい小洒落た音楽が、女性客、時々カップルの話し声に混じって聞こえて来る。

見える女性客に髪の乱れは一切なく、きっちり柔らかなウエーブを描き肩に流れていた。うっわ、いけてる系のオーラが見える……。


ば、場違い感!物凄く場違い感!

そのままそっと試着室に戻ろうとするのをぐっと堪えた。というか、戻ろうとして美人さんに腕を掴まれた。


「ふーんふんふん……似合う似合う♪」

《そんなに見ないで!恥ずかしいですよっ!?》


そのまま上から下までじぃいっと見られたというね。特殊な趣味もない普通な男にワンピースはキツイ。そして凝視もキツイ!

こんな切実な心の叫びをどうしてさらっと無視出来るんですか美人さん!

今誰かに見られたら普通に死ねる!会社の人とかにバレたら……多分いないけど!でも怖いんだよ!


「アーリにはこっちも似合うかもねぇ」

《え゛っ……まだ着るんですか私!?》


美人さんが、俺を散々凝視し辱めた挙句、再びハンガーを捌いて服を選び始めた!

俺としてはもう一刻も早く店から脱出して何もかも忘れたいんだが、聞きやしねぇ……だと……?


「んー……どれが良いと思う?」

《どれでも……あ!この男モノっぽいものとか……!》

「かわいくないわ」

《可愛さなどいらない!》


「お客さま、何かお探しでしょうか?」



…………そんな、ギャイギャイ小声で言い争う迷惑な俺たち、に……誰かが話しかけた!?


《!?》


慌てて振り返る、と……そこには美少女が……居た……。


《うわぁあああ……》


小さく悲鳴が出た。苦手な部類堂々の最前線に立っている種類の人が来た。


……イケテルヒトだ。制服を然りげ無くおしゃれに着こなしていやがる。


そこにいたのは、店員さん。とても可愛らしい少女であり……しかし、とても恐ろしいオーラをまとっていた。主にいけてる系の。

パッチりした瞳は愛らしく美しく、やわらかく微笑を浮かべいるのに何か立場が強い。

赤茶色の素朴なポニーテールなのに、何か目が潰れそうな光を背負っている……気がする。


「そりゃ服よ?」

「お客様はお美しいので当店の全ての服がお似合いとなると思います」


低音ボイスのため答えられない俺が黙っていると、美人さんが代わりに答えた。

いっそあっぱれ!と言ってやりたいぐらいの棒読みをいただいたんだがどうしたらいい。


「先に来ていらしたと云うネグリジェもお似合いになっていたと……」

《!?》


……ば、バレてた!

わざわざそれを言われたと云うその事実に“怒られる予感”を感じ動揺してしまった。


「……まずいことに、なったわね……!」

《そりゃなるわな》


こうなる予感しかしませんでしたよ、と、小声で耳打ちしてくる美人さんに耳打ち返す。

早くこのワンピースを買って着て帰って終おう……と美人さんの袖を引っ張……った、その瞬間!


「ごめんなさいね!あたしたちちょっと急いでるの!代金はここに置いとくわね!」


お会計は!?と言う俺など関係無しに、美人さんが走り出した!やめて!これ以上疲れさせないで俺を!


《!?美人さん、何を!》

「いや、めんどくさいからもうさっさととんずらかましちゃおっかな?って」


びっくりして問い詰めると、あっけらかんとした声が返ってきた。

こ、こいつ……どこまでフリーダムなんだ。


……しょうがないので追いかける。


《い、いや私たち今怒られかけてません!?戻りましょう!》

「めんどくさい、だから逃げる!」

《決断早えよ!》

「だって、もう買いたい物は買ったし長居は無用よ?」

《えっ》


その自由さに慄く俺……を、いつの間にか服がどっさり詰められた商品袋が美人さんの腕にかけてあった事実がさらに慄かせた。


《もう買ってあるし!?》

「アーリがちんたらしてる間にね〜」


買い物のプロってレベルじゃないガッツある技に、思わず小声で突っ込み……つつ走る。








「待ってください!」


出口まであと少しの時。しょうがないから店内を激走していると、喧騒の中、後ろから不意に声をかけられた。女の人の声じゃないのが珍しくて、思わず振り向く。でも……。


「げっ!氷山王子!?」


美人さんのうんざりしたような声と、素早く伸びた手に引っ張られて、声の主は見つからないまま店を出た。


「僕はあの美少女に懸賞金をかける!そこの店員!町中に写真を貼ってこい!」


店内から聞けた叫び声は、たぶん風の音と聞き間違えたんだと思う。


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