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魔王城

《びーじんさん!もーしもし!止まりましょう!そして戻りましょう!》


寝巻きで割と立派な商店街を練り歩く。何この拷問。罰ゲームっていうレベルじゃねぇよ。

……うわぁ……道ゆく高校生っぽい子供達の視線が痛い。

いい大人がふりふりの寝巻きで道を歩いているとか…間違いなく職質…下手したら通報だぜ…?


恥ずかしさに涙が出そうになる。頬が熱いし、心臓が痛いほどドクドク言ってる……気がする。

こんなに恥ずかしがっている人を引っ張って、美人さんはどこに行く気だろう。


スタスタスイスイ軽快な足取りで人混みを避けているところを見ると、相当ここに慣れていると分かる。

美人さんお洒落そうだからなー。多分こんな洒落てる所よくきてるんだろーなぁ…。


ただでさえ場違い感がすごいここで、なんだか情けない感が俺を襲う!!


「アーリ!」

《はいっ!?》


そんなことをぐだぐだ考えつつ恥ずかしさに震えていると、不意に弾んだ声が耳に入ってきた。

なにこのひとこわい。自分が手を引っ張っている相手の精神状態ことも考えるべきだと思う。


「ここよっ、ついたわ!あたしの御用達洋服店っ!」


美人さんご用達。それだけで普通の店が、魔王城(リア充の巣窟)へと変わる。間違いねぇ。


…………俯いた顔を恐る恐る上げる。


《ひぃっ……!!》


見るんじゃなかった。


眼前に聳え立つは、とっても立派な店。煉瓦造りの高級そうな高い建物だ。

…………なんか、『おしゃれさん専用』って書いてある気がする。入ったら溶けるわ俺。ナメクジのように。

……ここまで見たことを後悔するのもなかなかないよなぁ……


美人さんの「ついたわよ!」というやけに弾んだ声に悪寒を感じたあたりで逃走すればよかった。

戦略的逃亡でもない、後先のことを一切考えない完全なる敵前逃亡だ。

泥棒だと思われてもいいからこんな魔王城(リア充の巣窟)に入りたくない!

つーか装備がひのきのぼうと布の服とおなべのふたより劣悪なんだが……主にたちが。


俺寝巻きのままここに突っ込むのか……大切な何かが吹っ切れてしまうかもしれない。

…………我が生涯一遍で台無し!なんちって……はは。


《……ちょっと待ってください、覚悟を決める時間をください》


深い深呼吸を二、三回して、心を落ち着ける。落ち着こう、その後考えよう。


《すーはーすぅぅぅぅーーーーーはぁーーーーーーー》


冷たい空気が胸の中に入り、荒かった呼吸が鎮まって…………いかねぇよ!無理だ!

もう布の服だろーが着ぐるみだろーがなんでもいいから着替えたい……


「遅い!」


無慈悲にも、美人さんの怪力に逆らえるほどの力を俺は持っていなかった。



店内はアウェイどころじゃない。例えるなら……うららかな春の日とゾンビ。違和感甚だしい。


「あっ!見て!これ良く無い!?」

《もうどうでもいいからまともな服を着させてください!》


赤いワンピースを俺の眼の前に掲げる美人さん。

そしてその僅か後ろにヒソヒソ話し合う店員さん。なんだこいつらみたいな視線が痛い!

そりゃこんな服装に気を使う人用の店に場違いなネグリジェゾンビがやってきたらヒソヒソもするわ。

それでけで店の売り上げが落ちそうだしなぁ……

だというのになんという胆力。なんか一周回って軽い尊敬……はしねぇが。して堪るか。


「どうでもいぃ〜〜?そんな生半可な覚悟じゃ服に失礼よ!」

《どうでもいい……!こんな生半可な格好じゃ店に失礼だ!やですよ寝巻きでくる客!あまつさえこんなおしゃれな店に!》


どんな綺麗な服のある店でも客が寝巻きだったらもう……もうこれ営業妨害の域だと思うんだが!


「あーもういいわ。この服試着してくる!」

《試着!?美人さん用に選んでたんですかその服!?私ここに来た意味あります!?》

「私のサイズ……うーん、どっちかしら?」

《知るかっ!》

「あ、アーリはこれ着てね!」

《もう既に選んでいた……だと!?》


そう言って試着室に消えてゆく美人さん。俺の手には、フリッフリの黒ワンピース。

なんだが釈然としない……が、んなこと知るか!服ゲット。試着!試着だ試着!そしてなんでもいいから即買って、そのまま着て帰る!



一ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『呪われし悪魔の令嬢、アナスタシア。』


父は国滅ぼしの裏切り者。狂気の科学者の一族。屍の血脈。

呪われた一族の口寄せ女。悪魔と声を交わすもの。囚われの贄。

彼女のせいで滅んだ貴族は、国は、五十をも優に超えるという。

しかし、喜ぶが良い。すでに彼女は、反乱により切り刻まれた。遠い遠い、屍山で。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「くだらない」


見ていた本を乱暴に閉じ、女中に直すように命じる。

この前アナスタシア、とかいう綺麗な服を入手したから調べてみたけど、ただの御伽噺の悪役だね。


ラキウス商店街一の洋服店、「氷山王子」シェース。それが俺。


……ここまでわかりやすい二つ名もなかなかないよね。なんだよ氷山王子って。

褒めてんのかけなしてんのか分かんないし。

なんか、出来がいいことと、冷たい態度を模して氷山で、大店の息子だから王子って。

……センスなさすぎて恥ずかしいよ。作ったやつ誰だよ、シバくぞ馬鹿。




「シェース様、あの……」

「何?」


そんなことぼんやり考えていると、女中の一人が声をかけてきた。

店に変わった客が来たらしい。なんでも、ネグリジェ着用だとか。

うっわぁ、迷惑っていうか、なんていうか……


「でも、なんで俺?父さんは?」

「今お忙しいようで……」

「あぁ、そーゆーこと」


一応跡継ぎだから、父さんが忙しい時は店の切り盛りは俺がやらなきゃいけない。

正直めんどくさいし、女客が煩いから行きたくないんだけど……行かなきゃ駄目だよねぇ……行くかぁ。



「分かった、すぐ行くよ」

「はい、お待ちしております」


めんどくさいし、詰まらない。なんか素晴らしい事が起きればいいのに……






「……美しい」


俺が、黒いワンピース姿の運命の人と出会ったのは、その数分後だった。

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