五話
よう、寅之助だ。
いや、今はラヴィッドだったな。
ときに、だ。
天気がいいと人は換気をしようと窓を開ける。それはいいことだ。
新鮮な空気は身も心もすっきり爽快にしてくれる。それもいいことだ。
だが問題は。
『 セオリア…… 』
「 ん? 」
『 この部屋の惨状はなんだ!? 』
セオリアは別段たいしたことないという顔をした。
いや、シラを切っているともいえよう。
「 何といわれてもなぁ。 んー、じゃあ参考までに。 何だと思う? 」
『 殺人現場 』
「 うん。 ただの実験よ。 新商品の 」
『 いや、うんじゃねぇよ、人の話聞いてたか 』
「 え? あんた人じゃなくて魔獣でしょ 」
『 そういう突っ込みだけは細かいなオマエ! 』
色々とげっそりと削がれる不毛な会話はここでやめよう。疲れた……。
『 一体なんのホラーかと思ったぞ! 部屋が赤く染まるほどの実験とか……もし誰かに見られたら騒ぎになるんだからな!! 』
「 大丈夫よ。 ここ奥の部屋だし? 」
『 いま。 窓。 開いていたが? 』
おれは思わず半眼になった。
いつもの魚を漁る習慣を終えて、町の散歩から帰ってくるといきなりこれだ。
開いていた窓から入るや否やまるで人ひとりをある意味"消して"しまったかのように赤い飛沫が部屋中に飛び散っていた。そしてこの嫌な臭い……
『 早めの自首を勧めておく 』
「 なによ失敬ね。 人なんかに手は出してないわよ。 ふふっ、消してやりたい人間はいるけど 」
『 ……で? 新商品の実験がなんでこんな惨状になるんだ? 』
にこやかに告げたセオリアの近くの空気が一段下がったので会話をそらす。
藪から蛇を出したくはないからな。
「 惨状って言われてもねェ。 しょうがないじゃない? せっかく新しい薬の開発をしてミュッド( 実験体の魔法生物、ちなみに手のひらサイズ )に投与したら膨張して破裂しちゃったんだから 」
『 やっぱり血なのかよ!! 』
セオリアは至極当然のような顔をして言うが、やっていることは変態科学者のようだ。恐ろしい……。
『 実験体とはいえ膨張して破裂する薬なんて……あれか? オマエはあらたな殺戮兵器でも開発してるのか!? 』
頼むからそんな物騒なモン作るな!切実に!
いつもきまって被害者になるのはオレなんだからな!?
一方でセオリアは心外そうに反論した。
「 だからぁ、そんな薬作ってないですぅ、失敗しただけですぅ 」
あぁ、反省の色がない……。
悲壮感漂うオレをよそに彼女は、すぐに片づける、と言って指をぱちんと鳴らし部屋の汚れを一掃した。
飛び散った血がみるみる綺麗になっていく……こちらとしてはなんだか複雑な心境だ。
ああ、自分もいつかこの哀れなミュッドのようにあっけなく終わる運命かと思えてならない。
『 んじゃあ、なに作ってたんだよ 』
「 あ、聞きたい?聞きたい? 」
どうやら、話したくて仕方ないらしい。正直少し鬱陶しいが、こっちの心境などお構いなしに彼女は目を輝かせている。
「 んーじゃあ成功したら教えてあげる。 だからちょっと出かけようか 」
『 は!? 今から 』
今はちょうどお昼過ぎ。
せっかくこれからの時間をだらりと満喫しようと思っていたのになんという事だ。
ほら、窓辺には日光浴向きのほどよい日なたができ、オレを誘っている……。
「 あとで高級菓子もあげるから 」
『 ……どこに行くんだよ 』
高級菓子か、しかたがない。
高級菓子をくれるというのであればついて行ってやってもいいか。なんせ高級だからな。
「 んーちょっとね? お散歩に 」
嫌な予感しかしない。
セオリアはすがすがしい笑みを浮かべていた……。
******
『 で、こんな山のなかに何の用が? 』
セオリアと共に訪れた場所はオレ達が住む街の付近の山だ。
鬱蒼と生い茂る木の隙間を縫うように細い道がある。が、勇ましいことにこの魔女は大胆に道から外れて、元猫のオレでさえ歩きたくない歪んだ地面を危なげなく進んでいく。
「 はぁー.....さ・ん・さ・い 」
『 は? 』
サンサイ.....3歳?年齢か?
『 馬鹿な、見た目こそ19歳の設定だがお前の実年齢はにひゃく... 』
「 黙りなさいアホ猫ッ!!だれが私の年齢だと言った!?山菜よ!山の幸よ!!.....どうせ私の中身は年寄りよ、本物の若年寄よ!! 」
ヒステリックに叫ぶと、なにやらぶつぶつと呟き出した。若いのに年寄りくさいのではなく、若く見えるが年寄り.....略して若年寄かなるほど。
そういえば歳に関する事は禁句だった。よしほとぼりが冷めるまでおとなしくしとくか。
『 .....ってちょっと待て。薬草摘みに来たんじゃないのか? 』
「 薬草も摘むけどとりあえず昼食調達って感じ?だから宜しくね。ラヴィ 」
『 は?何を... 』
なんか、ロクデモナイ予感が.....
「 まずは、これと、これの匂いを辿ってほしいの 」
なに!?
「 あ、なんならこの森の動物達に教えてもらってもいいのよ?彼等ならよく知っていそうだし 」
『 いつも言うがオレは犬じゃねぇッ!! 』
「 高級菓子 」
『 うッ..... 』
いらないのね?と暗に告げられれば何も言い返しようがない。
それだけ大事なのだ!!なんせ高級だからな!(二回目)
『しょうがねぇな!探すぜッ!!山菜どこだああああ!!』
この日、山には虎のような声の雄叫びが響き渡ったという。