十話
カーテンの隙間から光が覗き、鳥の声がする。
あ、もう朝か。どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
まどろみながら、うっすらと明るくなったセオリアの部屋を見渡す。
眠気を払うように大きく伸びをするといくらか頭が冴えてきた。
隣には昨日の少年が寝ている。が、いまだに顔色は良くなっていない。
さすがに睡眠薬だけでは回復せんか。
『うむ。..........暇だ』
切実に。
外に出てもいいが少年が気になるしな。
そういえばあれからセオリアは戻ってきたんだろうか。
まぁ、外もだいぶ明るいしそのうち部屋に来るだろう、と再び体を丸めかけた。
すると隣の塊が、もぞもぞ、と動き出す。
しばらく様子を伺っているとパチリ、と視線が合う。
「.....?......っ....ここはっ!?」
がばっ!と布団を勢いよくはね除ける。
おっと.....今度は転がらなかったぜ、ホッ。いや、そんな場合じゃなかった。
慌てながらフラフラとした身体で動こうとする少年をなだめるため、再び頬に軽く一回ネコパンチをする。あくまで軽く、だ。ここ重要。
「うわあっ!?なんだ!?」
「ニャア」
呆然とオレを見つめる少年。
おはよう少年、まず落ち着きたまえよ。
「あ、ああ.....お前か.....」
うっすらと目が赤いのは昨晩大泣きしたからだろうか.....ふむ。
「おわぁっ!き、急に肩に乗るなよ.....」
え、驚いたって?スマンスマン。
いや、こうしないとオレの必殺癒しの間合いに入らないんで。
すこしでも空気を和らげるため、くわ~っと呑気にあくびをして見せると、少年はちょっと呆れながらも、少しは落ち着いたように動きを止めた。
気遣いのできるオレ.....ふふふ。
..........はっ!いやいや!
べ、べべ別にホントに気を遣ってる訳じゃないんだからな!
けっして心配とかしてる訳じゃないんだからな!.....他人だし。
オレはけして誰にでも心を許す安い猫もとい、魔獣ではないっ!
「ここ.....一体どこなんだ?」
少年は不安げに呟く。
まぁそんなに不安がらずともここは安全だ、多分。いや、問題はあるな.....主に一名。
『ここは大丈夫だって。.....多分』
どうにも不安要素が抜けきらないが、そう鳴いておいた。
しかしあれだなー、コイツも大変だ。
でもあんな目にあえば不安も当たり前か。今だって知らない部屋にいるわけだし。
なんとなくまだ赤みの残る目元を舐めてやると、少年はくすぐったそうに目を細めた。
あ、面白い。
ちなみにどこでこんな人間の扱い方を学んだかというと、やはり前世のじいさんの孫娘である。
ちなみに。異性との関わり方は前世の愛すべき彼女で学んだ。毛並みは白くそれはそれは美しいネコだったんだぜ.....。ああっ!会いたいっ!グスッ!
まぁ美しい思い出は一旦箱にしまうとして。
「お前、励ましてくれてんのか.....?」
「ニャ」
一鳴きすると、少年はありがとな、とぎこちない笑み浮かべてオレの頭を撫でた。
そんなこんなしていると、不意に扉に近づく足音が聞こえた。
この足音は。
「誰だっ.....!?」
『..........どっちも起きてるぞー、セオリア』
オレは少年の肩に乗ったまま鳴いた。
すると、案の定セオリアの声が聞こえた。
「起きてるなら入るわよ」
がちゃり、と部屋の扉を開けると一瞬彼女は目を丸くした。
「.....って、アンタ何で肩に乗ってんの.....?」
「え?」
肩.....?と呟く少年の肩には当然、オレがいる。
少年の呟きはスルーしてセオリアの問いに返した。
『知ってるか?心のケアって大事なんだよ』
「え、つまりヒーリング猫?」
『オレは猫じゃない!元猫だ!』
「あーはいはい、ネコもどきだったわねー。これは失礼」
傍から見ればオレとセオリアの会話は奇妙に見えるだろう。
なんせオレはニャーニャー言ってるだけなのだから。
現に今度は少年が目を丸くし、呆気にとられている。
そんな様子に気づいたようだが、彼女は何事もなかったように少年に声をかけた。
「ごきげんよう少年。気分はいかがかしら?.....といっても顔色はまだ悪いようね。私のことは覚えてる?」
「.....?知らない。だ、誰だよ、あんた」
僅かに警戒心を滲ませる少年の言葉から察するに、昨日セオリアの不意をついたことは忘れているようだ。
苦笑いをするとセオリアは少年に近づき、自己紹介をした。
「私の名前はセオリア・ハッシュベル。昨日あなたを森で拾った者よ。なにか質問はある?」
.....ざっくりすぎる。
いきなり来て「質問は?」って言われたって少年も何から訊けばいいか困ってんじゃねーか!どんだけ面倒くさがりなんだよ!
『オイ.....もっとちゃんと見つけた状況とか場所とか腹の呪いのこととか話してやれよ』
「あら?そう?.....じゃあ、あなたの状況を一通り説明するわ。長引くかもしれないから楽にしていなさい」
そう言って少年に負荷のかからない体勢をとらせると、セオリアは森に入ってからの経緯などを一通り説明した。
発見した時のこと。その近場で亡くなっていた女性のこと。連れ帰った理由等々。
「つまり、ここは八区のスタルではなく、十区のヲルドマよ。背後に『境目の森』を守る、辺境と言えば辺境ね。そしてこの場所は私の住処であり私のお店。さらにいうと私の部屋の私のベッドにあなたは寝ていると言うわけ」
「なっ.....!!」
「冗談よ、普段はあまり使わないわ。安心して休みなさい」
セオリアは悪戯げに笑っている。
そうだよなー、お前いつも実験室のソファーで寝てるもんなー。
一方で顔をわずかに赤らめている少年。完全に弄ばれている.....
頑張れ少年。
そして話はいよいよ呪いの話へ。
「ま、冗談はさておき。あなたに刻まれた呪いのことだけれどね、それ死霊使いの印だと思うわ」
「.....え?」
『なんだって!?』
死霊使いの呪い.....!?
なんて物騒な響きのモンかけられてんだこのがきんちょは.....。
『あのぉー死霊というのは.....』
「死霊とは、いわば死んだ後の魂なんだけどね。死霊使いはそれを使役して死んだ体を操ったりすんのよ。全くやってられないわよね」
「つまり.....それが、俺にかけられている、と言うこと.....?」
揺れ動く瞳を真っ直ぐ見返し、セオリアは頷く。
「ええ。放っておけば呪いが宿主の身体をじわじわと侵食し、最期にはただの死の傀儡として死霊使いに使役される。つまり.....放っておけばあなたは死に、その死体は死霊使いに弄ばれるわ」
「そ、んな..........」
少年の瞳が絶望に染まっていく。
オレもあまりの酷さになんと言えばいいのか分からない。
いずれお前は死に自分が死んだ後も死体は使われ続ける、と聞いて冷静になれるやつがどれたけいるのだろうか。
部屋の空気がどんよりと沈んだとき、一羽の鳥の影が窓に止まった。
呑気に歌ってやがるぜ.....そういやカーテンも閉めっぱなしだ。
するとセオリアはつかつかと窓に歩みより、カーテンを勢いよく開き、窓を解放した。
鳥のはばたきとともに、部屋にはたくさんの光が差し込む。
いきなりの強い光に目が眩んだ。
少年も眩しそうに目を細める。
「まあ、全部放っておけばの話よ」
「.....え?」
ふわりと優しくも力強い風が吹く。
振り返ったセオリアの顔は朝日に照らされていた。
「あなたの呪いを、私が解いてあげましょう。.....あなたが生きたいと願うのならばね」
どう?生きたい?という質問に対して少年は俯いた。
答えを探るようなその様子に迷いがあるようにも見えた。
しかし、少年は震える拳をぐっと握りしめて顔をあげた。
「まだ.....死にたくない。生きたい」
「そう?じゃあ決定ね。対価はとくに要らないわ。ようこそ『悠久の休日』へ」
良かったな。セオリアにしては信じられないが無料だぞ、少年。
ところで少年の名前って何て言うんだ?