たい焼き屋の坂を登る5
5.
学校帰り、父親からメール。駅まで迎えに来てくれれば、近くの店でステーキを食べさせてくれるとのこと。一秒の迷いもなく返事を返す。
“200グラムでお願いします。”
そんなに食べきれるか自分でも分からなかったけれど、呆気ないほどにぺろりと食べてしまえて、父を驚かせる。
「学校はどうか?」
というありきたりな質問をされて適当に返事を返す。松田のことは、なぜか話さなかった。
松田と放課後に図書室へ行く。当たり前のように誰もいない。
「入学してから、俺図書室で人にあったことないな。」
と松田。教師たちから図書室を倉庫にしたらどうかという提案があったとか、ないとか、良く分からない話。
「誰か図書室に用がある人っていないのかな?」
「いないだろうな。俺たちも別に用があるわけじゃないし。」
ここの本は10年以上新しく買った形跡がまるでない。あるのは、古ぼけた世界文学シリーズだの昔寄贈されたらしいハードカバーだの。ちなみに部屋の日当たりも悪い。
「それじゃ、ご教授願います。松田先生。」
「よろしい。」
適当にテーブルに座って数学を教わる。松田は人に何か教えるのが得意だ。この頃本当に松田に頼りっぱなし。
「依存度が高まってるな。」
「何のこと?」
「うちの野良猫の話。」
母が餌付けした猫が今では近所で十数匹にまで増えて、あたりをやりたい放題駆け回っている。もっともわが家の餌付けだけでは、あんなに増えないだろうから他の人も餌を上げていたのだろう。そろそろ何か対処を打たないと近辺に野良猫特有の迷惑を振りまきかねないから母が捕獲しようとしているが、奴らなかなかすばしっこいらしい。この間私も捕まえようとしたのが、するりと腕を通り抜けていったことを思い出した。
「たい焼き屋に寄って帰ろうか?」
猫のことを思い出してびびっときた。猫とたい焼きの相関関係。
「宿題が終わったらな。」
しばらくして教室は飽きたし、手っ取り早いからと思って図書室で勉強することにしたのを後悔する。日当たりが悪いせいでなんだかカビ臭いのが気になる。こんなところに来たがる奴なんていない。どうせなら市立図書館にでも行けば良かった。
すると松田。
「ここ結構いいな。しゃべってっても迷惑にならないし。窓開ければクーラー入れなくても涼しいかもな。」
そんなことでどうにかなるか、と思ったけれど、窓を開ければ風が入ってきた所為か匂いが消えた。松田恐るべし。今後もここで勉強するかもしれない。
たい焼き屋へ寄る。私は今日はカスタード以外のものを頼もうとメミューを睨む。白あんにすべきか、黒あんにすべきか。松田は栗入り黒あん。飽きないのだろうか?
「たまには栗入りもいいぞ。」
ということで私も松田と同じものに決める。年中栗じゃなくて、たまには別なものをたい焼きに入れたらいいのに、と閃いたが具体的に何を入れたらいいのかは思いつかない。ということは、やっぱり栗がベストなのか?
「ミステリー以外の小説も読んでみようと思ってるけど、村上春樹ってどうかな?」
松田がしっぽに齧りつきながら聞いてくる。どう?と聞かれても、私も短編を読んだことがあるだけで村上春樹のことはよく知らない。
「うーん。村上春樹は辞めておいた方がいいんじゃない?」
「そうか、やっぱり辞めておいた方がいいか。」
松田も真に受けたわけではないと思うけれど、我ながらいい加減すぎる返事。
「今度、グレート・ギャツビ―を貸してあげるよ。」
「それ村上春樹?」
「違うけど。」
突然、何かがびびっと頭に電流みたいに流れ込んだ気がした。わかった!と思った。この間からひっかっかっていたことが解明されかけた…気がした。一体何だったのだろう。やっぱり何も思いつかなくて諦める。今度たい焼き屋に来たら、またカスタードを食べよう。それだけは決めた。