たい焼き屋の坂を登る3
3.
松田としばらく乱歩について意見を交わす。たい焼き屋の前のベンチに二人で座った。相変わらずカスタードは旨い。
「俺、最近のミステリーはあんまり好きじゃなくて古い奴が好みなんだよ。ノスタルジックでエンターテイメント。乱歩の作品って、口に入れてすぐ上手いって分かる上手さだと思う。けど、それだけじゃないんだよな。」
松田の話に同意見で頷く。“それだけじゃない”というところには私にも思うところがあった。
「変態なんだよ。つまり。」
思わず自分の口から飛び出た言葉に自分で驚く、何を言っているんだ?私は。
「え?」
松田と変な硬直状態。慌てて言い繕う。
「いや、その変な意味じゃなくて、その。」
自分でも何をどう弁明すればいいのか分からなくて、わけのわからない言いわけをもごもごと。松田はそれで十分察したらしい。
「あー、いや言いたいこと分かる気がする。確かに乱歩の小説って変態的なところがあるよ。トリックとか犯人とか。聞いても理解できねぇよ。みたいな奴だろ?」
「うん。そう。別に変なニュアンスじゃなくって。」
「わかってるから落ちつけよ。」
「そうだね。なんかつい口から出ちゃった。だってD坂読んだ時にも思ったけど、トリックとか動機も変態的ならそれを推理する探偵だってド変態だよね?なんでそんな仕掛けが分かるんだよ?変態だからだろ?って思わず突っ込んだ。」
「確かに。」
松田が吹き出したから、なんとなくほっとした。
「けど、私は松田君とは違って乱歩の小説をそんなに語れるほど一杯読んでないから、いい加減な話しかできなくてごめん。」
「そんなことないだろ。乱歩の変態性って面白い話だよ。」
松田がこんな話で引いてしまう人間じゃなくて良かった。まぁ乱歩がよっぽど好きらしいし、定年後だからいい加減な話に付き合う度量もあるのかもしれない。
「面白がってくれてよかった。でも誤解を重ねてしまいそうだけど、ちょっと変態だなってくらいおかしいところがある小説が好きだな。やり過ぎれば気持ち悪くなるんだけど。」
たまには人と本について語るのも楽しくてちょっと饒舌になってしまっているらしい。自分の話はほぼ適当なのだけれど、出鱈目か本気かすれすれの話をするのはちょっと楽しかったりする。付き合ってくれる人間さえいれば。
「それってちょっとわかるな。」
なんて言ってくれるのだから、松田はいい奴だ。たい焼きも奢ってくれたし。
その後はお互いに好き勝手にミステリー小説の評論をしたりした。社会派ミステリーが苦手だということと、説教くさい動機が嫌いだという辺りで大いに盛り上がり意気投合。閑散としたたい焼き屋の前で、予想外に松田と親睦を深めてしまった。
少し遅くなった帰り道、松田との会話を回想する。久しぶりに長々と人と話し込んでしまったので、変なことを話していないか気になる。むしろ変な話しかしなかった気がして落ち込む。よくあることだけれど、ろくな知識もなしにあることないことあれこれしゃべったことに自己嫌悪。松田とは気が合いそうだけれど、ほどほどにしなければと自分に戒める。反省。
夕食後、家族でアイス・コーヒーを飲みながらくつろぐ。私は本当にコーヒーという飲み物が好きだ。昔から。母親が言うには幼稚園の頃には既にココアよりもコーヒーを好んでいたらしい。冷やしコーヒーという単語が頭をかすめる。レトロな言い回しはなかなか悪くない。