たい焼き屋の坂を登る2
2.
7月中旬。最近夏休みの話題をちらほら聞く。そうだ、そろそろ夏休みなのだ、と思う。別にどうということもないけれど。どうせ8月も補習で学校に来ることになっている。あまり今と変わらないかもしれない。進学クラスを選んだことをちょっぴり後悔。この頃勉強も難しいし、休みは少ないし嫌だなぁとか愚痴をこぼしつつ古典の予習をさぼる。文庫本を読んでいたら急に隣から声を掛けられた。少し驚く。表情には出さないけれど。
「白坂さん、今日皆で放課後カラオケ行こうと思うんだけど一緒にどう?」
どうやら隣で話しこんでいた5,6人でたまの息抜きを思いついたらしい。私にまで声を掛けてくるあたりが律義。
「ごめんね。今あまりお金がないからやめておくよ。」
「そう。残念だけど、また行くとき誘うね。」
「ありがとう。」
入学してからつくづく思うことなのだけれど、本当にこのクラスに居る人間は人間性ができている。驚くほど出来上がっている。それはそれでありがたいことなのだけれど、本当に同級生なのだろうかと疑いたくもなる。もしかして私以外は定年を終えてから高校に来たんじゃないか?そのぐらいの穏やかさ。
放課後、なんとなく思いついて帰る前にたい焼き屋に寄ることにする。私はあの店のカスタード焼きがお気に入り。彼女たちがカラオケに行くのであれば、私もたまには買い食いしながら帰るのも気分転換できていいかもしれない。
学校の裏側の坂を登った先にそのたい焼き屋はある。たい焼き屋の先には畑しかないのに、不思議とその店は潰れずに営業していた。とはいえ流行っているわけでもないから、いつも客は少ない。
私がとぼとぼと歩いていると後ろから、誰かが声を掛けた。
「白石さん!」
振り向くと江戸川乱歩好きの男子生徒。誰だったか…、数秒考えて思い出す。松田だ!そう松田以外にあり得ない。
「白石さん、帰りこっちだった?」
「違うよ。たい焼きを食べて帰ろうと思って寄るところ。」
「そうかぁ、俺も行こうかな。久しぶりに。」
なんとなく松田と一緒に店に行くことになる。
「白石さんって読書家だよね。かなり本読んでるでしょ?」
「暇つぶしにちょっと捲ってるだけだよ。」
「謙遜しなくていいよ。俺も中学までは結構本読んでたんだけど、高校入ってから部活やってると時間がなくて全然読まなくなったんだよなぁ。けど、まぁ部活この間辞めちゃったからまた読もうかなって思ってるんだ。」
「部活辞めたの?」
「思いのほか部活と学業の両立が難しくてさ。成績がこれ以上下がるのは嫌だし、どっちもやれる奴もいるけど、俺には向かないって気づいたんだよ。どうにか辞めさせてもらった。」
「きっぱりしてるね。」
松田は意外としっかりした考えを持っていそうだと感心する。むしろクラスメイトで私が感心するところがない人間なんていないのかもしれないけれど。松田も定年上がりなのかもしれない。
「部活は辞めたけど、本を読むのは現代文の読解にも役立つし。白石さん見てたら中学の頃熱中して乱歩読んでたのを思い出したよ。」
奢ってくれると言うので、その場は取りあえず松田にたい焼きを買ってもらう。もうすぐお小遣いをもらえるだろうから、今度ジュースでも奢り返せばいいかなと思ってありがたくいただく。私はカスタード120円。松田は栗入りあんこ150円。ちょっと贅沢な奴かもしれない。ちなみに栗が入っていなければ130円。
「松田君はD坂以外に何を読んだことがあるの?」
「俺、乱歩はかなり読んでるよ。最初は少年探偵団シリーズから始めて有名どころは一通り読んだんじゃないかな?」
乱歩の話を振ると本当に食いつきがいい。よっぽど好きなのだろう。私は数作しか乱歩を読んでいないから、松田の方が詳しいに違いない。下手な感想を漏らせないプレッシャー。