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「エリフィア・アイザンセ! 魔法の能力を偽ったお前と婚約破棄し、ここにいらっしゃる王女メルリー様と婚約する!」
優雅な音楽が流れ、出来立ての料理の香りが漂う。美しいシャンデリアが輝く会場には、多くの貴族子息が集まっている。ここは、貴族の子息の通う学園だ。その学期末の夜会の最中、突然そんな声が響いた。その声に驚いたかのように音楽も止まり、会場は静まり返っている。
筆頭公爵家の令息、マリオット・バレンティの腕にぶら下がっているのは、王女メルリー。エリフィアが親友だと思っていた女生徒で、天真爛漫。皆に愛される優秀な王女だ。その鮮やかなピンク髪に王家の印である金色の瞳。眉目秀麗なマリオットと並ぶとお互いを引き立てあっていて、とてもお似合いだ。
元々メルリーに好意を抱いていたマリオットが、メルリーに言い寄られて簡単に乗り換えたことは、エリフィアからしても想像に難くなかった。
「ごめんなさいね、エルフィア。マリオットがわたくしのことを愛しているとおっしゃるから……。まぁ、あなたのように魔法の勉強しかしていない者が公爵夫人なんて、難しいと思うの。わたくしが代わりにその座についてあげるから、エルフィアは国外にでも出ていってほしいわ。でも、必要なものや人を連れて出ていくことを認めます。あなたに持っていけるものや、ついてきてくれる人がいれば、ね?」
酷く顔を歪めてそう言ったメルリーの言葉に、メルリーと関わりのある高位の貴族たちはメルリーを褒め称え、メルリーの素晴らしさとエリフィアとマリオットの釣り合わなさを熱弁している。メルリーと関わりのない低位の貴族たちは、誰にも聞かれないように小声でこう言っていた。
「王女殿下とアイザンセ子爵令嬢は、爵位に関わらない親友だと思っていたのに……恐ろしいことだ」
「承知いたしました。メルリー様。今までお世話になりました、マリオット様」
そう言って美しいカーテシーを披露したエリフィアは、衛兵に連れられるまま夜会の会場を出た。そんなエリフィアの横顔は、貴族令嬢らしく感情など読める者はいなかった。
「……幸せになってね」
そう囁いたのは誰の口だったのか。誰にも届くことのないその願いは、地面に落ちた。
「エリフィア様。我々が送ることのできるのは、ここまでです。どうぞお気をつけて」
森の香りが漂う中、馬車が止まり、国境門の中————本来、馬車で入れるのは王家の限られた者だけだが————の出入り口に下されたエリフィアは、御者に差し出された手を取って降りた。エリフィアに多大な温情をかけるメルリーのその様子が今までと変わらなくて、エリフィアは思わず笑ってしまった。
「メルによろしく伝えてちょうだい。ここまでありがとう」
「勿体なきお言葉です」
御者が戻っていく様子を見送ったエリフィアは、夜風の冷たさを感じて外套を胸元に寄せ、隣国に向けて歩き出したのだった。




