第8話 目覚めの勇者
目を開けると見覚えがある天井が見えた。
「ん……私……?」
目をパチクリさせながら独り言を言ってると、
「おはようございます」
と横から声がした。
見るとそこには妖精の女王エルファが腰掛けて穏やかな笑みを浮かべていた。
「……おはようございます」
(エルファ様がなんで……)
寝たままで顔を動かして見ると、ここは確かに王宮内にあてがわれた私用の部屋だ。
「あの、私は……」
「あなたは魔王城で倒れてしまったのですよ」
「倒れて……」
(あ、そうか……足元がふらふらして)
「そうしたら王城までは誰が……?」
「あなたをここまで運んできたのは魔王です」
「魔王が……?」
(あの時……)
魔王が猛ダッシュで走ってきた。そして、私の肩に手を当てて……。
(そこまでしか覚えてないな……あ、騎士隊長がぶっ飛ばされてたっけ……)
「それがですね『妖精の女王はいるかぁーーっ!』てとんでもない大声が聞こえて私とトーラが見に行ったら、魔王が城門の前に立ってたのです、あなたを抱きかかえて」
「て、だ、抱きかかえて!?」
「ええ、お姫様だっこで」
「お姫様抱っこぉ!?」
どこか面白がるような笑みを浮かべながら言うエルファに、私は顔が火照るのを感じた。
(なんて恥ずかしいことをーー魔王のやつ今度会ったらぶっ飛ばす!)
「とにかく私たちは王城を出て魔王に事情を聞いたのです」
そう言いながらエルファは私の額にそっと手を当てた。
「まだ少し熱っぽいかしら」
「熱……?」
「ええ。あなたは風邪で熱を出して魔王城で倒れてしまったのです」
「そうだったんですね」
「魔王も部下に治癒魔法を使わせようとしたらしいのですが、治癒魔法は怪我にしか効きませんから」
「それで……」
「ええ、魔王が血相を変えて王城まであなたを運んできたのです」
そこに、ドアをノックする音がした。
「勇者さまは目覚めたかい?」
私も聞き覚えがある闇の女帝トーラの声が聞こえた。
「ええ」
エルファが答え、扉を開けてトーラが入ってきた。
「やっと帰ったよ、魔王のやつ」
そう言いながらトーラは手近な椅子にドサッと座った。
「え、来てたんですか?」
「ああ、もう昨日から三回目くらいか?」
「昨日からって……」
私がエルファを見た。
「あなたはまる一日以上眠ってたのです」
「まる一日……!」
(そんなに眠ってたんだ、私……)
「明日来た時には顔を見せてあげられたらいいんだけれど」
「もう少し焦らしてやってもいいんじゃないか?」
トーラが意地悪そうな笑顔で言った。
「それは可哀想よ、ねえ、ミリアさん」
「え、と……その……」
エルファに振られてなぜか私はドギマギしてしまった。
話を聞くと、魔王の大声は凄まじかったようで「王国中に響いた」などと言う人もいたらしい。
「多分、無意識に魔力で増幅しちゃってたんでしょうね」
「子供達は泣き出すし失神する年寄りが続出するしで大変だったよ」
エルファとトーラが言う。
やはり魔王が持つ魔力は相当なものらしく、間近で彼の魔力の圧に耐えられるのは勇者である私と、妖精の女王エルファと闇の女帝トーラくらいらしい。
「とにかくしっかりと休んでくださいね、ミリアさん」
「また魔王が来たらあたし達が適当に相手しておいてやるからさ」
「はい……」
エルファが私の額にそっと手を置く。
それが合図だったかのように私はまた眠りについた。
翌日の朝になると私はベッドから起き上がれるようになった。
「まだしばらくは部屋で休んでいてくださいね」
と様子を見にきたエルファに言われ、食事も部屋に持ってきてもらった。
(今日も来るかな、魔王……)
朝食を食べながらも頭に浮かぶのは魔王のことだった。
―――お姫様だっこで
エルファの言葉を思い出すと顔が熱くなる。恥ずかしいことこの上ない、のだが……
――魔王が血相を変えて王城まであなたを運んで……
「ふふ……」
私を抱えて血相を変えている魔王湊山くんを思い浮かべると、なんだか可笑しくなってしまう。
(まあ、とりあえずは感謝しなきゃかな……)
その日の午後、魔王がやってきたとエルファが知らせに来てくれた。
「まだ休んでたほうがいいんじゃないかしら?」
心配そうにエルファが言ってくれた。
「城壁の上から見るだけなら」
と言って私はエルファと共に城壁に向かった。
渡り廊下を通って城壁に行くと、城門の前に魔王湊山くんと黒ローブ男が立っているのが見えた。私たちが見ていることには気づいていないようだ。
「エルファさま」
「はい?」
「ここから、叫ばないで魔王と話ができる魔法ってありますか?」
「ええ、ありますわよ」
そう言うとエルファはサッと手を振った。すると、目の前に仄かに光る玉が現れた。
「この光に手を触れてください」
エルファにそう言われ、私は恐る恐る光の玉に手を触れた。
「そうしたら、話したい相手、魔王を指差してください」
言われた通りに人差し指を魔王に向けると、指の先から細い糸のような光の筋が延びていき、魔王の胸を淡く輝かせた。
光に気づいた魔王が顔を上げてこちらを見た。
彼の表情がぱぁーーと明るくなったのが遠目でも分かった。
「さあ、もう話せますよ」
微笑みながらエルファが言った。
「はい」
(なんだか緊張するな……)
私は軽く深呼吸をして、城門の前にいる魔王に話しかけた。
「魔王、聞こえる……?」
『え、なんで!?』
と返す魔王の声が頭の中でガンガン響いた。
「ちょっと、もう少し抑えてよ!」
どうやら魔王は興奮すると何でも魔力で増幅してしまうようだ。
『あ、ご、ゴメンなさい!』
「まだ大きい!魔力を抑えて!」
魔王はラジオ体操のように両手を上げたり下げたりしながら深呼吸をした。
『こんな感じでどうですか?』
「うん、まあまあね」
『元気になったんですね、よかった……』
「ここまで私を運んでくれたんだってね、抱きかかえて」
「はい」
「しかも、お姫様抱っこなんていう恥ずかしい格好で」
『え、そ、それは、その……』
多分彼のことだ、どうやって私を運んできたかなんて覚えていないのだろうな、とは思ったのだが、ついいつもの調子でぶっきらぼうになってしまう。
「それと、魔力を抑えることも覚えてよね。この前は魔王の大声で子供たちが泣き出したり、お年寄りが失神したりしたらしいわよ」
『ごめんなさい……』
「あらあら」
見ると、隣に立っているエルファが困ったような笑顔で私を見ていた。
『あの時は無我夢中で……』
遠目でも魔王が泣きそうな顔をしているのが分かった。
「ま、まあ、いいわ」
(ヤバい、私、嫌な女になってない?)
「もう少し優しく」
そう言ってエルファは私の肩にそっと手を載せた。
私は無言で頷いた。
(恥ずかしい……)
「と、とにかく、あなたのお陰で助かったわ、魔王」
『はい……!』
魔王の顔がまた明るくなる。
(分かりやすい)
思わず笑ってしまいそうになる。
そして一呼吸おいて私は言った。
「ありがと」
(微笑んだつもりだけど……)
いい具合の笑顔になったか心配だ、などと思っていると、
『!』
魔王の顔が真っ赤になって、例のごとく魔力が急激に膨れ上がった、
「魔王!魔力!!」
私の言葉にハッとした魔王は、何度も深呼吸をして膨らみだしていた魔力を抑えていった。
「うん、それでいいわ」
『……はい』
「あの、ミリアさん、そろそろ……あまり長いこと続けるとあなたに負担がかかってしまいます」
エルファが心配そうに言ってくれた。
「はい、わかりました」
エルファに笑顔で答えて、私は魔王に視線を戻した。
「またね」
『はい、また……』
エルファが通話の魔法を解いた後も、私は魔王湊山くんから視線を外さないでいた。
彼も同じように私を見ている。
(またね、湊山くん……)
心の中で私は呟いて彼に背を向けた。




