第5話 妖艶!闇の女帝
――いつデートしてもらえますか?
魔王湊山くんの空気を読まない言葉が妙に頭に残ってしまっている。
(ほんと、あいつって……)
とはいえ、
「今度、デートしてあげるから」
と、私から言ったのだから仕方ないのだけれど。
素振りをしながらそんなことをボンヤリ考えていると、いつものごとくドアにノックがあり、王様からお呼びがかかった。
「勇者ミリアよ、魔王を討伐するのだ」
(はいはい)
王様のいつものセリフを軽く流していると、
「新たな協力者がいます」
と魔法使いじいさん。
(へぇ、今度はどんな人だろ)
じいさんが指す方を見ると、そこにいたのはなんとも魅惑的なお姿のエルフだった。
妖精の女王たちとは違い、ボンキュッボンな体型で、着ているものもそれを強調するような装いだ。
(女王様達より肌の色が濃いかな……)
「どうやら魔王は中々に手強い相手だと女王から聞いたもんだからね、あたしの出番ってことになったんだ」
小麦色のエルフのお姉さんが前に進み出て言った。
(手強い……?普通にぶっ飛ばしてたじゃん、女王様)
なんて私が思っている間も、小麦色エルフは続けた。
「あたしは妖精界では『闇の女帝』なんて呼ばれてるダークエルフのトーラさ」
(うっわ、闇の女帝とかなんかメチャ怖そう!)
「で、またの名を『天下無双の男たらし』、あたしの魅力になびかない男なんてこの世にはいないのさ」
闇の女帝は髪をかき上げながら誇らしげに言った。
(それって、自慢するような二つ名なの?)
私はツッコミを入れたくてムズムズしたが、勇者の忍耐力でなんとか堪えきった。
「じゃあ、さっさと片付けに行こうじゃないか」
早くも扉に向かって女帝は歩き出した。
(どうなるかな……)
女帝の後を歩きながら私は考えた。
ここ何回かの出来事で、魔王湊山くんがかなりの天然だということが分かってきた。
(前世の時はおとなしくて優しい男子、て印象しかなかったけど……)
もしかしたら、前世の私の前では色々と抑えていたのかもしれない。
だが、転生して魔王となってからは、そのたがが外れて素の湊山くんが表に出てきた、ということか。
(ま、悪いやつじゃないってのはよく分かったけど)
――――――――
「さあ、魔王、今日はあたしが相手だよ」
魔王の間に着くと、闇の女帝は魔王の前に仁王立ちして、挑むように言い渡した。
「えっと、あなたは……」
妖精の女王の時もそうだったが、今回はそれ以上に怯えているのが、魔王湊山くんの声と表情に表れていた。
「あたしは闇の女帝トーラ、またの名を天下無双の男たらし!」
(うわーー恥ずかしくないのかな、あの名乗り)
「闇の……天下無双の……えっ……?」
魔王湊山くんはどう反応してよいか分からないようで、口を開けて目をパチクリさせている。
「早速いくよ!【女帝艶舞】!あたしのダンスにひれ伏しな、魔王!」
そう言うと、闇の女帝は妖艶さと婀娜っぽさ満載のダンスを披露した。
魔王湊山くんはといえば、女帝のダンスを座ったままじっと観ている。
(へぇ、案外冷静じゃん)
「ふ、中々やるね、魔王」
そんな魔王湊山くんの様子を見て女帝はダンスを止めた。
(うん、私もそこは同意)
「それなら、これはどうだい!」
そう言うと、女帝は羽織っていた薄いドレスを芝居じみた仕草で脱ぎ捨てた。
(え!それヤバくない?)
女帝はドレスの下に鮮やかな色の水着のようなものを身に着けていた。
(下着じゃないよね?水着だよね?)
ハラハラしながら私が見ていると、
「おおーー!」
と、魔王湊山くんが反応して身を乗り出した。
(え、まじ……?)
今回も魔王湊山くんが天然を発揮するものと思っていた私は意外に思った。
(反応、してほしくなかった、かな……)
なんてことが私の頭の隅をよぎった。
「どうやらあたしの術中にはまったようだね、魔王……」
と、勝ち誇って言う女帝に、魔王湊山くんが早足で近づいた。
そして、あろうことか、女帝の水着をしげしげと間近に検分し始めたのだ。
「これは、まさか!」
魔王湊山くんの言葉に、
「な、なんだい……」
さすがの女帝も怯んでいる。
「あの伝説の勇者の鎧にも匹敵する防御力を誇る【あ〇ない水着】では!」
「え……?」
顔を引きつらせる女帝。
「あ、でも、デザインが少し……」
「そうです、魔王様!」
いつも魔王のそばに侍っている黒ローブの男も魔王湊山くんのもとに駆けつけた。
「伝説の【あ〇ない水着】はビキニタイプではなく、ワンピースです、しかもハイレグ!」
「あ、そうだよね、うんうん!」
「おまえら、一体……」
始めはたじろいでいた女帝も、気を取り直して怒りを滲ませながら言った。
「こうなったら奥の手だよ!」
そう言いながら女帝は後ろに飛び下がり、魔王湊山くんに向かって手を突き出した。
ボンッ!
という音ともに煙が立ち、魔王湊山くんの目の前の床に一組の布団が現れた。
「ははは、どうだい!これぞ必殺奥義【女帝同衾】!お主といえどこれには抗えまい!」
(うわ、生々しい!)
布団にはご丁寧に枕が二つ置かれている。
魔王湊山くんを見ると、見事に頬を赤らめている。
(あ、ヤバい、このままだと湊山くんが……いや、ヤバくないか、そのために女帝が来たんだし……)
私は心の中でせめぎ合った。
(いや……やっぱり、止めなきゃ……止めよう……止めたい……!)
私は布団に向かって足を踏み出した。
すると、
「勇者ミリア……」
と魔王湊山くんが頬を赤らめたまま私を見た。
「な、なに……」
(なんで震えるの、私の声……!)
「今日は魔王城に泊まっていくんですね」
と、顔を赤らめた笑顔で魔王湊山くんが言った。
「はいぃーー?」
意表を突かれすぎて私はとてつもなく変な声で返してしまった。
「こうして、布団まで用意して、しかも枕が二つなんて」
などと魔王湊山くんがもじもじしていると、
「何言ってるんだ、魔王。お前はあたしと……」
と女帝が言った。
だが魔王湊山くんは女帝に最後まで言わさず、
「え、俺は勇者ミリアと一緒に寝たいです」
と、さらっと言い放った。
(こいつは!)
私は大股で歩み寄り魔王湊山くんの胸元を両手で掴んだ。
「え、勇者ミリア……?」
そして私は、訳が分からないといった顔の魔王湊山くんをぐるぐると振り回した。
そして、
「世界の果てまで吹っ飛んでろーーーー!」
と叫んで魔王の間の壁に向かって投げ飛ばした。
「わぁああああーーーー!」
例のごとく魔王の間の壁をぶち破って、魔王湊山くんは遥か彼方に吹っ飛んでいった。
「やはり手強い相手だったな、魔王は……」
渋い顔で女帝が呟いた。
(手強い、のか?)
まあ、女帝の思い通りにいかなかったという点ではそうなのだろう。
「さあ、帰りましょう」
そう女帝を促す私の声は軽やかだった。




