第30話 勇者パーティー
「王様……?」
確かに着ているものは王様と同じだ。だが明らかに体格が違う。
あんなに太っていたのが、シュッとしているのだ。
それに顔も、
(いや、顔はそれほど変わってないかな……)
やや細くなってはいるが、もともと顔自体は太ってなかったのかもしれない。
「俄には信じられないかもしれないが、とりあえずは受け入れてくれ」
そう私に言うと、王様ランベルは魔王を見た。
「ふむ、勇者の抜け殻か」
魔王が言った。
「抜け殻で悪かったな」
言い返すランベルは口ぶりほどには怒った様子はなかった。
(え、勇者……?)
意外な言葉を聞いて驚いてしまったが、今は何故とか聞いている場合ではない。
「抜け殻が来たところでどうなるものでもないぞ」
「そうかもな」
魔王の言葉にそう返すとランベルは肩越しにエルファを見て言った。
「オローギルとグルヌを頼めるか?」
「ええ、でも……」
「ああ、分かってる、だが頼む」
「分かりましたわ」
そしてランベルは私を見た。
「では、勇者ミリアよ」
「はい」
「魔王を討伐するぞ!」
「はい!」
ランベルは盾を構えて正面から突っ込んでいった。
「うりゃああああーーーー!」
魔王の注意を引きつけるためか、大音声を上げている。
ならばと、私は右側から攻めにいった。魔王が右手に剣を持っていたからだ。
ガァアアアアーーーーン!
ランベルの盾と魔王の剣が激突し、轟音が鳴り響いた。
私は魔王の左腕を斬りにいった。
「やぁああああーーーー!」
ザンッ!
手応えはあった。
腕を切り落とす事はできなかったが、切り口から黒い靄が吹き出した。
ランベルの盾を弾いた剣で魔王が私に斬りつけてきた。
私はそれを受けずに後方に飛び下がった。
すぐさまランベルが私の前に入ってきて魔王の剣を盾で受けた。
ガンッ!
そして魔王は続けざまにランベルの盾に斬撃を浴びせた。
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
(なんて速いの……)
私には魔王の斬撃はほとんど見えなかった。
だが、ランベルはその尽くを受け、盾ではね返している。
「ふむ、相変わらず防御だけは中々のものだ」
魔王は一旦剣を引いて言った。
「まあ、一応は元勇者だからな」
にやりと笑いながらランベルが言った。
「だが守るばかりでは我を倒すなど到底叶うものではないぞ」
「そりゃそうだ」
と、ランベルがおどけたように言った。
すると、
「ぬ……?」
と、声を上げて魔王が後ろを向いた。
「へへ、今度のは結構効いたんじゃねえか?」
いつの間にか魔王の背後をとったグルヌが不敵に笑いながら言った。
「じいさんとエルファにやべえ魔法をたっぷり付与してもらったからな」
グルヌが手にしているナイフは黒光りしていて、何やら禍々しい煙に包まれている。
「ふ、小癪な真似を……」
魔王がそう言って後ろを振り返ろうとした時には、既にオローギルとエルファが魔王の背後にいた。
「「はっ!」」
二人は同時に魔王の背に魔法を放ったようだ。
「グッ……」
背後からのゼロ距離攻撃にさすがの魔王も前方に飛ばさた。
そこに盾を構えたランベルが待ち構え魔王を弾き飛ばした。
「やった!」
私は思わず声を上げてランベルのもとに駆け寄った。
「倒せそうですね、王様!」
「勇者ミリアよ」
魔王から視線を離さずにランベルが言った。
「はい!」
「今のうちに逃げる準備をしておくのだ」
「え……?」
(逃げる?なんで?)
「魔王の強さはあんなものではない」
「それって……」
「俺たち四人は前に魔王と戦っているんだ。勇者パーティーとしてな」
「それで……」
「負けた」
「……!」
「くっくっくっ、一度ボロボロにしてやった割にはやるではないか」
そう言う魔王は全くダメージを感じて無さそうだ。
「だが、所詮は抜け殻、この程度が精一杯であろう」
そう言って魔王は剣を持つ手を上げた。
キィーーーーン!
考えるより先に私は動いていた。
私の勇者の剣が魔王の剣を真っ二つにした。
「偉そうなこと言うな!空太郎くんを返せぇっ!!」
私は続けざまに魔王に剣戟を浴びせた。
魔王は折れた剣で私の剣を受けたが、受けるたびに剣が折れた。
「いやぁああああーーーー!」
気合い一閃、私は渾身の斬撃を魔王に浴びせた。
(?)
間違いなく斬ったと私は思った。
だが、手にした剣には全く手応えがなかった。
「ふむ、抜け殻勇者よりやるではないか、小娘勇者よ」
上から魔王の声が聞こえた。
魔王が五メートルほど上空に浮いていた。
「卑怯よ、降りてきなさい!」
私は魔王に向かって叫んだ。
「魔王に向かって卑怯とは異なことを言う。卑怯でこその魔王であろうに」
そう言うと魔王はゆっくりと地面に降りてきた。
そして折れた剣を投げ捨てると、新たな剣を生み出した。
「さあ、望み通り降りてきてやったぞ、小娘勇者」
「小娘小娘うるさいっ!」
私は全身をあらん限りの魔力で強化して一気に魔王との間合いを詰めた。
私は全身全霊を剣に載せて魔王に斬撃を浴びせ続けた。
魔王も新たに生み出した剣で私の剣を受ける。
たが速さでは私のほうが上回っているのか、時折躱しきれない斬撃が魔王の腕や体を斬りつけた。
そして畳み掛けるようにエルファやオローギルが魔法弾を撃ち込み、グルヌが影のように忍び寄ってナイフで斬りつけた。
(よし、押してる!)
そう私が感じていると、魔王がさっと後ろに下がった。
「そろそろ降参したらどうかしら、魔王?」
私は思いっきり上から目線で魔王に言った。
「降参だと?笑わせてくれるわ」
そう言って魔王は再び宙に浮かび上がった。
「また上に逃げるのね」
私は思いっきり皮肉を効かせて言ってやった。
「どれ」
そう言うと魔王は掌を突き出した。手首から先が赤黒く光っている。
「まずい!」
ランベルが叫んだ。
その直後、魔王の掌から赤黒く光る球が飛び出した。
球は私たちの頭上を越えて、王城を守る防護結界に当たり炸裂した。
防護結界はあっさりと消されてしまった。
防護結界が突然消えたことで、王城内から悲鳴や驚愕の声が聞こえてきた。
「何をするのよ!」
私は宙に浮いている魔王に向かって叫んだ。
「そろそろお主らと遊ぶのも飽きたのでな。今度は家畜小屋を壊してやろうと思ったまでだ」
そう言うと、魔王は再び赤黒い魔法弾を王城に向けて放った。
魔法弾は城門に当たり、凄まじい轟音を上げた。
辺りには粉々になった石や木っ端が飛び散り、砂煙が舞い上がった。
城内からは大勢の悲鳴や泣き声が聞こえてくる。
「くそ!エルファ、城内の人を助けに!オローギル、グルヌは魔王を抑えろ!」
「分かりまし……くぁっ!」
ランベルの指示に応えようとしたエルファが、とんでもない勢いでふっ飛ばされ、城壁にたたきつけられた。
「エルファーー!!」
ランベルの叫びが響く。
空中の魔王を見ると、伸ばした左手が赤黒く光っている。
「このやろうーーーー!」
私は身体強化をかけて、魔王がいる空中に向かって跳び上がった。
魔王に身体ごと激突するつもりで突っ込み、思いっきり斬撃を打った。
だが空中では圧倒的に魔王が有利だ。私は三合ほど斬りかかるのが精一杯だった。
その、精一杯の私の斬撃をも軽くいなして、魔王は落ち始めた私に痛烈な剣の一撃を撃ち込んだ。
「くっ……!」
なんとか勇者の剣で受けたものの、通常の落下速度より遥かに速く地面に背中から叩きつけられた。
「ぐはっ……!」
身体強化をしていたとはいえかなりの衝撃だ。
肺の空気が全部出てしまったのではと思ってしまうほどだ。
激しい痛みを我慢して私が立ち上がると、魔王の両手にはオローギルとグルヌが刺さっていた。
ふたりともぐったりと頭を垂れてしまっている。
「くっくっくっ、我がちょっと本気を出せばこのとおりよ」
魔王は楽しそうに言いながら、手に刺さった二人を地面に叩きつけた。
「くそっ……!」
ランベルが悔しそう言うのが聞こえた。
見ると、城壁に叩きつけられたエルファを膝に抱えてしゃがみ込んでいる。
「さて、どうする。まだやるなら相手をしてやるぞ?」
そう言って魔王は私を見た。
「小娘勇者よ、もう降参か?」
さっきの私への意趣返しとばかりに魔王が言った。
「まあ、どっちでも構わぬがな。我はこれから家畜小屋を壊して遊ぶとしよう」
そう言うと、魔王は剣を持った手を真っ直ぐ上に向けた。
剣の先から黒い靄が吹き出して、一気に広がっていった。
すると、靄に覆われたところからむくむくと無数の魔物たちが立ち上がってきた。
「さあ、わが奴隷たちよ、食事の時間だ。小屋は餌で溢れておるぞ!」
魔王の言葉に、魔物たちはゆっくりと王城へ向かって歩き出した。
「王様……!」
私はエルファを抱えているランベルを見た。
ランベルはエルファの乱れた髪を整えている。
「すまん、エルファ……すまん、みんな……また守ってやれなくて……すまん、勇者ミリア……」
独り言のように呟くランベル。
今や無数の魔物は目の前まで迫ってきている。
魔王はそれを空中で満足そうに眺めている。
私はがっくりと膝をついた。
(もう……終わり、なの?)
自らの手で魔王湊山くんを滅ぼしてしまった上に、王国まで滅ぼされてしまうことになるとは想像もしていなかった。
(助けて……)
湊山くんの顔が、最後に少し微笑んでくれた湊山くんの顔が浮かんだ。
「助けて……」
私はいつの間にか声に出していた。
「助けて!湊山くん!!」
私はあらん限りの声で叫んだ。
「はい」
「え?」
顔を上げると、目の前の空中に淡く光る光の球が浮いていた。
中に誰か立っている。
その誰かが肩越しに振り返った。
湊山くんだった。




