第28話 心の深層
『勇者、ミリア……』
『よかった、聞こえるのね!』
やっと魔王湊山くんと話ができる、そう思うと涙が出そうになってしまう。
だが今は泣いている場合ではない。
『ねえ、湊山くん、どうしちゃったの?』
私はそう言いながら魔王湊山くんに近づいて行った。
『だめだ……来ちゃ、だめだ』
『なんで?』
『自分が……自分じゃない……』
『自分じゃない……って?』
『分からない……』
『なんとかできないの?』
『……できない』
『そんなこと言わないで、考えてみて。ううん、考えてみようよ、ふたりで』
『アスウスにも……ドーガにも……言われてた』
『言われてたって、何を?』
『この世界を残すためには……ぐっ……』
苦しそうに頭を押さえる魔王湊山くん。
『湊山くん!』
『勇者に……倒されなきゃ……て』
『え……何言ってるの?』
『お願いです……勇者、ミリア……』
『……』
『俺を……倒して、ください』
『そんなことできないよ!』
『そうしないと……ぐっ!』
またしても魔王湊山くんが下を向いて両手で頭を押さえた。
『湊山くん、しっかりして!』
『ぐぁああああああーーーーーー!』
顔を上げた魔王湊山くんの目は、漆黒の闇に戻ってしまっていた。
「ミリアさん、もう繋がりを解かないと危険ですわ!」
エルファが私の肩に手を置いて叫ぶように言った。
「でも、でも……!」
私は食い下がったがエルファが強制的に魔王湊山くんとの繋がりを解除した。
その直後、魔王湊山くんがこちらに魔法弾を放とうと手を向けた。
(来る!)
そう思った途端、魔法弾が放たれた。
私はもちろん、エルファも通話魔法の解除で防御が間に合わない。
私はエルファを庇うように抱いて、魔王湊山くんに背を向けた。
カッ!
魔法弾の光が弾け飛んだ。私は背中へのダメージを覚悟した。
だが、ダメージは来なかった。
振り返ってみると、宮廷魔術師オローギルが光る防御壁で私たちを守ってくれていた。
「ほっほっ、こんな老いぼれの魔法でもなんとか耐えられましたわい」
と、好々爺然とした笑顔で言った。
「もう、止めないでくれよ、勇者様!」
そう言って横からグルヌが飛び出したかと思うと、
フッ!
と姿を消した。
そして次の瞬間魔王湊山くんの脇をすり抜けて、
ザンッ!
とナイフで斬りつけた。
「ちっ、浅かったぜ、やっぱ速えや魔王は」
グルヌは目にも留まらぬ速さで魔王湊山くんの周囲を動き周り何度も斬りつけた。
一見するとグルヌが優勢のように見える。だが、魔王湊山くんはグルヌに斬られていることなど全くお構い無しのようだ。そして彼は何気ない仕草で手を上げた。
「グルヌさん、逃げて!」
私が叫ぶと同時に魔王湊山くんの手から魔法弾が放たれた。
「ぐあっ!」
見事魔法弾を命中させられたグルヌが水平方向にふっ飛ばされた。
「グルヌさん!」
私は駆け寄ろうとしたがグルヌが手で制して、さっと立ち上がった。
「危ないですわねぇ、もう」
「全くですな」
私の横にいたエルファとオローギルはやれやれといった様子だ。
「助かったぜ、エルファ、オローギル」
照れくさそうに頭を掻きながらグルヌが言った。
「今のって……?」
私が二人に聞くと、
「グルヌに防御魔法をかけましたの」
「わしは魔法弾の弾道を変えようとしたんですが、ほんのちょっと変えられただけでしたわい」
(すごい連携ね……)
まさに戦い慣れてるといった感じだ。
「ですけど、魔王はほとんどダメージを受けてないようですわね」
「そのようですな」
エルファとオローギルが真剣な面持ちで言った。
グルヌも戻ってきて、
「悔しいが、そのとおりだ」
と苦い顔だ。
そうしているうちにも魔王湊山くんは近づいてきている。
そして再び魔法弾を撃ち始めた。
今度は散発的ではなく連続して撃ってきた。しかも正確に私たちを狙ってだ。
私は身体強化をかけているので腕を振って魔法弾を弾き返した。
エルファ達もそれぞれの得意なやり方で避けたり、受けたりしている。
魔王湊山くんの放つ魔法弾がどんどん数を増していく。
初めのうちこそ躱していたものの、段々とそれも苦しくなってくる。
私も弾き返している余裕がなくなってきて、勇者の剣を盾のようにして防御した。
「うっ……!」
「ぐっ……!」
「がっ……!」
エルファ達も躱しきれなくなり、少なからずダメージを受けているようだ。
(このままじゃ、やられるのも時間の問題ね)
覚悟はしていたが、そろそろ心を決める時のようだ。
「皆、一旦引きましょう!」
私は飛んできた魔法弾を勇者の剣で弾いて叫ぶように言った。
私は三人が後方に引くのを横目で見ながら、魔王湊山くんが放つ魔法弾に備えて勇者の剣を構えた。
魔王湊山くんは私の正面、数メートルのところで立ち止まった。
「ミリアさん……」
後ろからエルファの心配そうな声が聞こえた。
「大丈夫、私に任せて」
魔王湊山くんから視線を離さずに私は言った。
(本当は全然大丈夫じゃないけどね)
『あなたはやるべきことをやってください――勇者としてやるべきことを』
悪魔卿アスウスにそう託されたのだ。
『勇者ミリアよ、魔王を討伐するのだ』
王様の決まり文句が頭に浮かぶ。
じっとしていた魔王湊山くんが動き出した。
ゆっくりと腕を上げると私に照準を合わせて、ピタリと止めた。
その瞬間、開いた掌から魔法弾が飛び出してきた。
私は勇者の剣で受けた。
また魔王湊山くんが撃つ。
私が受ける。
そうしながら魔王湊山くんは少しずつ私との間合いを詰めてくる。
(このままだと……)
いずれは剣が届く距離に魔王湊山くんが来る。
そうしたら迷わずに勇者の剣で撃つのみ。
(できるの?私……)
今まで何度も自問自答した。
だが答えは出ていない。
『勇者ミリア……俺を……倒して、ください』
忘れようとしていた湊山くんの言葉が湧き上がってきた。
(せめてもう一度話したい、湊山くんと……)
その時、アスウスとドーガがやっていたことを思い出した。
(確か魔力を、って言ってたっけ)
魔王湊山くんは自分が自分じゃないような、とも言っていた。
(何かに操られてるってことなの?)
とすれば、アスウス達が魔王湊山くんに魔力を注ぎ込んだのも分かる。
魔王湊山くんを操っている何かとは異質の魔力を媒体にすれば、意思を疎通させることができる。
エルファの通話魔法がうまくいったのもそういうことなのではないか?
とすれば、私の魔力を魔王湊山くんに流し込めば、一時的にでも彼と話すことができるのではないか?。
(ダメ元でやってみよう!)
私は魔法は使えない。なのでアスウスのように魔力を飛ばすことはできない。
つまり直接触れて魔力を流し込むしかない。
魔王湊山くんの魔法弾攻撃は続いている。この攻撃を受けながら間合いを詰めるのは至難の業だ。
(一瞬でも攻撃を止めることができれば)
ほんの少しではあったが、さっきは話すことができたのだ。
ということは、表面的な意識は操られているものの、深層の部分には正気の部分が残っているということではないだろうか?
その深層に触れる何かをするか、あるいは言葉として伝えれば、一時的ではあっても正気に戻ってくれるのではないか?
魔王湊山くんの心を惹きつける言葉を私が言えば。
それを私が言えると考えるのは、はっきり言って自惚れも甚だしい事だ。
だが、今はそんなことは言ってられない。
(よし……!)
私は心を決めた。
「湊山くん、ううん……」
魔王湊山くんが放った魔法弾を弾いて私は言った。
魔王湊山くんの動きがわずかに緩んだ、気がした
「空太郎くん、お話しよう、ね?」
魔王湊山くんの動きが止まった。
(やった……!)




