第26話 勇者のやるべきこと
闇妖精部隊副隊長ザルウと共に王城に戻った私は、先日も集まった会議室へと向かった。
私達が入ると既に主要なメンバーは集まっていた。
その中にトーラとグルヌの姿を見つけて、
「よかった、元気になったのね!」
と言いながら私はトーラの席に歩み寄って彼女の肩を抱いた。
「心配かけちまってすまなかったね、勇者様」
私に抱かれて照れくさそうにしながらトーラが答えた。
「グルヌとトーラから魔王軍の状況を聞こうと話していたところなのです」
宮廷魔術師が言った。
「悪魔卿に会っちまったんだよ」
苦い顔でトーラが言った。
防護結界の綻びから闇妖精部隊が突入した時、始めのうちは作戦通り順調に魔物たちを無力化していったようだ。
「目が届く範囲の魔物は全部無力化できたんだ、だけど悪魔連中が見当たらなかったから……」
「確認のために敵の懐まで入って、偵察したほうがいいだろうと判断したんだよ」
と、グルヌがトーラの言葉に続けた。
「えっと、それで……」
トーラにしては珍しく言い淀んだ。
「俺がそう決めたんだ」
落ち着いた様子のグルヌ。
(もしかしたら……)
今回のことはトーラの勇み足だったのかもしれない。
それをグルヌが言い繕ってトーラを庇っているのだろう。
「それで、他の隊員たちはその場で待機させて、俺とトーラで先を見に行ったんだ」
「もし悪魔が出てきてもあたしの対抗魔法で対処できる、って思ったんだ」
トーラの顔には悔しさが滲み出ている。
「それで、悪魔卿に会ったのね?」
私が聞くとトーラは首を振った。
「いや、最初はサキュバスや下位のデーモン達だった」
「そのへんの奴らは俺でも対処できてよ、ほぼ無力化できたんだ」
グルヌが続けた。
「すごいじゃない、グルヌさん!」
男性のダークエルフの魔力はたいしたことないと聞いてた私は素直に驚いた。
「だろう?そこまでトーラを温存できたしな」
「うんうん」
「だから俺も調子に乗っちまってな。そんなところで悪魔卿に出くわしたんだ」
と頭を掻きながら苦笑いするグルヌ。
「兄貴、やめてくれよ」
渋い顔でトーラが言った。
「違うの、トーラさん?」
私が聞くと、
「調子に乗って先に行ったのはあたしなんだよ……」
「それに気づけなかったんだから俺の責任だよ」
「そうだったのね」
どうやら、グルヌがサキュバスや低位のデーモンを無力化している間にトーラが単独で先に進んでいったらしい。
そこで悪魔卿アスウスに遭遇してしまったようだ。
「抑えられると思ったんだよ。前に会った時は私と同じくらいの魔力だったからね……」
悔しそうなトーラ。
「確かに前よりも強くなってたな。格が違うっていうか」
グルヌも同意した。
「それは、あの黒い靄の影響だと思うわ。魔物が強くなって防護結界が綻んだのもそれが原因みたいだから」
(それと魔王がすぐ近くまで来ているから、てこともあるだろうし)
「何度魔法をかけても全部返してくるんだよ。だからあたしもムキになっちゃってさ」
そう言うトーラはちょっとバツが悪そうだ。
「そのうちトーラの魔力が怪しくなってきてな。しかも悪魔卿の奴、俺達が無力化しておいた魔物を復活させやがってよ」
そう言ってグルヌは拳でテーブルを叩いた。
「復活って、睡眠や麻痺を解除したってこと?」
「そうなんだよ。しかも腕の一振りでやっちまうもんだからね」
「トーラさんもできるんでしょ?」
「できるけど、あんな簡単にはできないよ」
黒い靄のおかげで強化されていたとはいえ、やはりアスウスは強力な魔術師だということなのだろう。
(倒さなきゃいけないのかもね……)
アスウス自身からも言われていたとはいえ、やはりそれは何とかして避けたいと思ってしまう。
「それで、王城の防御はどうなのでしょうか」
私はエルファに聞いた。
「王城自体の防御力に防護結界の防御力が加わっていますので、相当な攻撃でも耐えられると思います」
エルファが説明してくれたが、表情には不安の色が浮かんでいる。
「それでも完全には防ぎきれない、そうお考えなのですね」
「ええ……国境での状況を見ると魔王軍はかなり強化されているようですので」
私の言葉に顔を曇らせるエルファ。
他のメンバーも一様に不安そうにしている。
そんな様子を見て私は先ほどのことを話すべきか迷った。
国境から撤退する時に見た、というよりは感じた、異様な黒い影のことだ。
だが、このような時は情報の共有はとても大切だ。
(……よし!)
私は心のなかで静かに気合を入れた。
「皆に聞いてもらいたいことがあるの」
私は全員の顔をゆっくりと見ながら言った。
「国境から引くとき、私あるものを見たの」
みな私の次の言葉を待って黙っている。
「黒い人影が近づいてきて、多分魔王だと思うけど。それがね……」
一旦言葉を止めて、私は呼吸を整えるように、ゆっくりと息を吸った。
「もう一つ別の影を背負ってるように見えたの」
「別の影、ですか」
エルファが私の言葉を繰り返した。
「ええ、その影がいきなり私の方に迫ってきたのよ」
「黒い人影がってこと?」
トーラが聞いてきた。
「いいえ、違うの。後ろの影が大きくなって、私の方に伸びてきたって感じ」
「影が……!」
そう言ってトーラは息を飲んだ。
「ほんの一瞬のことだったけど、恐ろしかったわ」
今思い出しても背筋がぞっとする。
「その影について、ミリア殿はどうお考えですかな?」
オローギルが聞いてきた。
「よくは分からない……けど」
私は言葉を探した。
「あの影には意思があるんじゃないかって思うの」
「意思がある影……ですか」
オローギルが私の言葉を吟味するように繰り返した。
「あの影のせいで魔王が正気を失って、魔物たちも……」
「より強力になっている、ということですね」
エルファが私の言葉を継いで言った。
「はい、私がそう感じるというだけですけど」
「それは的外れじゃないとあたしも思う」
トーラも私の考えに賛成のようだ。
「あたしは魔王は見ていないがアスウスには会った。強くなった魔物にも」
そう言ってトーラは唇をかみしめた。
「そう考えると、その影が魔王自身をも強くしている、と考えたほうがよいということですかな」
オローギルが言った。
「そう考えたうえで対処したほうがいいと思うわ」
私は頷いて答えた。
「ですが具体的にはどのように対処すればよろしいのでしょうか?」
騎士隊長ギールが聞いてきた。
「防護結界を張ったうえ、王城自体にも強力な防御魔法がかけられていると聞いております」
「確かにそのとおりです」
オローギルが答えた。
「ならば考えられる作戦は一つ、籠城戦ということになるのでは?」
ギールが決まりきったことではないか、というような口調で言った。
「それもいつまで保つかしら?」
私が聞くと、
「籠城戦は我慢比べです。戦いが長引けば魔王軍も疲れ隙が生まれるでしょう。その隙をついて一気に形勢をひっくり返すのです」
(うん、やっぱ脳筋だわ、この男)
「疲れるのは王国も同じことだろ?」
トーラがやれやれといった様子で言った。
「ご心配なく!そこは我ら王国騎士隊が城内を叱咤激励してまわります!」
「いや、叱咤激励ってもよ」
呆れ顔のトーラ。
「うん、叱咤激励はお願いしたいわ、ギール隊長」
私が言うと、
「はっ、お任せあれ!」
とギールは得意満面で胸を張って言った。
「でも、防護結界が破られた時のことも考えておかなければいけないと思います」
そう言って私はエルファを見た。
「そうですわね、状況次第ではいつでも避難できるようにしておかなければ」
エルファが言うと、
「そのへんのことは既に準備を始めてるよ」
ナアシュが言った。
「さすがですわね」
「仕事だからな」
エルファとナアシュが顔を見合わせて笑みを交わした。
「いずれにしても、防護結界が破られることも想定しておかねばなりませんな」
オローギルが私を見て言った。
「ええ、分かってるわ」
私はしっかりとオローギルを見て言った。
「でも防護結界が破られてから対処していては間に合わないと思うわ」
「かもしれませんな」
「ええ、王城にも被害が出てしまいますわね」
私の言葉にオローギルとエルファが答えた。
「では、やはり、打って出るのですね!」
ギールが立ち上がって言った。
「いいえ、違うわ」
私はすかさず否定した。
「では、どのように?」
と、クリス。
私は立ち上がって、テーブルに立てかけてある勇者の剣に手をかけた。
「私が勇者としてやるべきことをするのよ」




