第17話 ふたりで訓練
(大丈夫かな、湊山くん……)
昨日の運動会でのことが気になって、昨夜はあまりよく眠れなかった。
(あの場は何とか取り繕ったけど)
周囲の者たちには、ちょっとした手違いということで納得はしてもらえたと思う。
たが、私は直接闘って魔王の異変を感じたのだ。
(湊山くん、まだ魔力の制御が上手くできてないのかも)
考えてみれば、昨日まではボケ・ツッコミ的な遊び半分でしか闘ったことがなかった。
昨日の武闘競技は、いわば私と魔王湊山くんの初めての真剣な勝負だった。
(様子、見に行ってみようかな)
私は、朝食を済ませると玉座の間に向かった。
呼ばれもしないのに王様の前に出るのは初めてだ。
「あなたから来られるとは珍しい」
玉座の間に入ると魔法使いじいさんに言われた。
「まあね……ちょっと相談事というかお願いがあって」
そう言って私は玉座に座る王様の前で跪いた。
「王様にお願いがあります」
「……」
無言の王様。
「願いとは?」
代わりに魔法使いじいさんが聞いてきた。
「魔王のことなんですけど……」
私は言葉に詰まった。
(今この場所で話していいのかな)
私が今気にしていることは、捉え方によっては王国の重大な危機につながる事柄だ。
「ミリア殿?」
魔法使いじいさんが、次の言葉が出てこない私を促した。
「その……魔王の様子を見てこようかと思いまして、その許可をいただけないかと……」
なんとも曖昧な申し出だ。
「ふむ、で、その理由は何ですかな?」
魔法使いじいさんが最もな疑問を呈してきた。
端的に言えば、魔王湊山くんのことが心配、ということにはなる。
だが、勇者という立場からすれば、それ以上に憂慮すべきことがある。
魔王が、現実的な意味で王国の脅威になるかもしれない、ということだ。
(ここは正直に言ったほうがいいよね)
「昨日の運動会で気になることのがあったので、それを確かめたいんです」
「何が気になったのかね?」
「魔王の様子が今はまでと違っていたのです。少なくとも私にはそう感じられました」
「ふむ……」
私の話を聞いた魔法使いじいさんが判断を仰ぐように王様を見た。
「勇者ミリアよ」
王様は私を呼ぶと、そこで言葉を止めた。
「……はい」
私は頭を下げたままで返事をした。
「魔王を討伐するのだ」
「……」
私は返事ができなかった。
今までは気軽に答えていたのに。
ここで肯定的な返事をすれば、本当に魔王湊山くんを倒さなければならなくなる、そんな気がしたのだ。
(ていうか、そもそも私に湊山くんを倒せる力があるのかな……)
魔王湊山くんの強さは武闘競技の前にも、所々で垣間見られた。
だが、昨日の武闘競技の時の魔王湊山は、私の想像を超える強さだった。
「ミリア殿、大丈夫ですか……?」
魔法使いじいさんが考え込んでしまっている私に声をかけた。
「あ……ええ、ごめんなさい」
そう言って私は顔を上げた。そして王様の顔を見た。
王様は静かな目で私をじっと見ている。
(王様ってこんな人だったっけ?)
私の記憶にある王様は、太っていて穏やかな表情した人の良さそうなおじさんだ。
今目の前で私を見ている王様も太った穏やかな感じの中年男性だ。
それなのに、なぜだか同じ人ではないように見えてしまう。
どこがと言われると困るのだが、あえて言うなら、今までとは存在感が違うといったところだろうか。
「それでは、魔王の様子を見に行ってまいります」
私はお茶を濁したような返答した。
(怒られるかな……)
不安に思いながら王様の顔を見たが、私の返答に特に気を悪くした様子はなかった。
私は立ち上がると、王様に一礼し、玉座の間を後にした。
(それにしても、あの時の王様……)
玉座の間を出て廊下を歩きながら私は思い返した。
この世界に転生して初めて顔を合わせたのが王様だった。
その王様が言うことといえば「勇者ミリアよ、魔王を討伐するのだ」ばかり。
判で押したように同じことしか言わないモブ王様だと、正直なところ大して気にもしていなかった。
(だけどさっきの王様は違ってた)
そんな事を考えているうちに、私は転移の間に来ていた。
(よし!)
一瞬躊躇する気持ちが湧き上がったが、私は気持ちを奮い立たせて転移方陣に足を踏み入れた。
「勇者ミリア!」
私が魔王城前に転移して間もなく、魔王湊山くんが魔王城から出てきた。
「私が来たのが分かるの?」
「はい、なんとなく感じるんです」
そう言う魔王湊山くんはいつも通りだ。
「調子はどう?」
「はい、大丈夫です」
魔王湊山くんは笑顔で答えた。
「昨日はちょっと調子がいつもと違ってたからさ、心配しちゃったよ」
「ごめんなさい」
「ううん、魔王が大丈夫ならいいの」
「はい、ありがとうございます!」
(見たところは大丈夫そうね)
「やっぱりさ、もっと魔力を制御する練習をしたほうがいいんじゃないかな」
「魔力の制御、ですか?」
「そう、魔王はすごく魔力が強いんだから」
昨日の武闘競技で受けた一撃はかなりの威力だった。
私が勇者としての特別な能力を与えられているからこそ受けられたのだろう。
(もし、デバフ結界がなかったら私だって……)
「だからさ、魔力が暴走しないように私も一緒に練習してあげるから」
「勇者ミリアと、一緒に……!」
またしても魔王湊山くんの顔が赤くなりだし、彼の魔力が増幅し始めた。
「ほら、それ!」
「……はっ!」
私の言葉で我に返った魔王湊山くんは、ゆっくりと深呼吸をした。
ということで、私と魔王湊山くんの魔力制御訓練が始まった。
訓練をしようと武闘競技の闘技場に行くと、既に魔物たちが試合をしていた。
「昨日の舞踏競技で皆に火がついてしまったようでして」
魔王側近のドーガが苦笑いしながら言った。
「デバフ結界は緩めにしてあります。肉体を鍛えるという意味で」
「なるほどね」
ある程度身体に負荷をかけたほうが、肉体強化に役立つだろう。
「そうしたら私たちは少し離れた所でやらない?」
「はい」
私と魔王湊山くんは国境の川の方へ歩いていった。
川沿いにもそこそこの広さの平地があったはずだ。
そもそも、魔王湊山くんは既に十分強い。彼に必要なのは強くなるための訓練ではなく、強さを抑えて手加減をする訓練だ。
広い場所での格闘訓練は彼に必要ない。
「魔王は、魔力を抑える訓練をしなきゃね」
「はい、でもどういう訓練をしたらいいでしょう」
「そうねぇ……」
魔王湊山くんとふたりで国境の川沿いを歩きながら、私は考えを巡らした。
(興奮したりすると魔力がぐんと上がるのよね、湊山くん……あ)
私の頭にいい考えが浮かんだ。
「魔王ってさ、慌てたり、興奮したりすると魔力が一気に上るよね」
「はい……」
「そこら辺から訓練してみない?」
「そこら辺?」
私の中にちょっとしたいたずら心が湧き上がった。
私たちはこの前の花見の時に座った岩の前に来ていた。
「ここに座ろっか」
「座るんですか……?」
訳が分からない顔をする魔王湊山くん。
「座って訓練て、どうやって……」
「こうするの」
そう言って私は魔王湊山くんの手に自分の手を重ねた。
「えっ……!」
案の定、魔王湊山くんは顔を真っ赤にしてあたふたした。
「ほら、魔力が膨張してるよ!」
すかさず私が指摘する。
「は、はい……!」
魔王湊山くんは、肩を上下させて何度も深呼吸をした。
膨張した魔王湊山くんの魔力が落ち着いてきたところで、私は重ねていた手を離した。
「これを繰り返していけば魔力を抑えるコツが身につくんじゃない?」
「そう、でしょうか……?」
まだ赤みが残る顔で答える魔王湊山くん。
「それとも私とこんなことをするのは嫌なの?」
私はわざとツンとした物言いで言った。
「そ、そそそそんなこと、ないです、はいっ!」
と、慌てて弁明する魔王湊山くんの魔力がまたもや膨張する。
「ほら、また!」
「はいぃいいーーーー!」
真剣な顔で必死に魔力を抑えようとする魔王湊山くんを見ていると、可笑しくて笑いそうになってしまう。
この調子で魔王湊山くんの魔力制御力を高めていけば、彼が王国の脅威になるようなことにはならないはずだ。
(そうすれば、湊山くんを討伐する必要なんてなくなるわよね!)
私は、先ほどまで感じていた重苦しい気持ちを振り払うように、そう自分に言い聞かせた。




