第15話 武闘競技
いざ武闘競技が始まると私の心配は杞憂だということが分かった。
私と魔王湊山くんが見ているのは武器や魔法を使わない格闘技戦だ。
ドーガがかけたデバフ結界のおかげで、戦っている選手はあまりダメージは受けてなさそうだ。
とはいえ、今闘技場で闘っているギールは、
「痛えぇええーーーー!」
と、声を上げている。
それなりには痛いようだ。
見たところギールの相手をしているのは牛の魔物、恐らくはミノタウロスだ。
体格的に二倍かそれ以上ありそうな相手とギールは互角に闘えている。
勿論デバフ結界が優れものだということもあるだろう。
(あいつ、結構やるじゃない)
ギールのことはポンコツ属性だと思っていたが、少しは見直してやってもいいのかもしれない。
「どりゃああーーーー!」
ミノタウロスの長いリーチをかいくぐり、懐に入ったギールの突きが決まった。
カッ!
突きが入ったミノタウロスの腹部が明るく光った。
「決まりましたね」
隣りにいた魔王湊山くんが言った。
「決まった?」
「はい、クリティカルな一撃が入るとああいう感じで光るんです」
「そういうことね」
その後も王国騎士隊員たちと魔物との格闘技戦が行われた。
結果はほぼ互角、やや王国騎士隊が優勢
といった感じだ。
「向こうでは魔法戦をやってます」
そう言う魔王湊山くんと隣の闘技場に行くと、闇の女帝トーラと悪魔卿アスウスが闘いを始めるところだった。
「あなたのような魅惑的な女性と闘うなんて紳士の私としては気が進みませんが」
などと前髪をかきあげながら言うアスウスに、
「なに、スカしたこと抜かしてるんだい」
トーラは挑戦的な笑みで応えると、すかさず手のひらを突き出して魔法弾を放った。
アスウスは涼しい顔で魔法防護壁を展開してトーラの攻撃を弾き返した。
「では私からも」
アスウスはそう言うと素早く動いて、横からトーラに魔法弾を撃った。
「なかなかやるねぇ」
トーラも負けじとアスウスの魔法を弾き返した。
だが攻防を続けるうちに形勢が傾き始めた。
「トーラさん、少し押されてるかな……」
「速さでアスウスが上回っているようですね」
私と魔王湊山くんがそんな感想を言っているうちに、アスウスが放った魔法弾がトーラの顔を捉えるかに見えた。
「くっ……!」
トーラは魔法防護壁の展開が間に合わず、両腕を交差して魔法弾を受けた。
カッ!
トーラが明るい光に包まれる。
「トーラさん!」
私はすぐさまトーラのもとに駆け寄った。ダメージは無さそうだ。
トーラの顔を見ると、
「くそっ……!」
と、うつむき加減で悔しそうに唇を噛んだ。
「麗しいレディに申し訳ありません、ですがこれも勝負ですので」
と言う困惑顔のアスウスをトーラは睨みつけた。
「それじゃ、次は俺が相手をさせてもらおうかな」
と言うのが聞こえてきた。
見ると、トーラと同じ小麦色の肌のエルフが近づいてきた。
「やっぱ妹の仇は兄貴が取らないとな」
(へぇ、トーラさん、お兄さんがいるんだ)
話の流れからすると、トーラと同じく魔法戦に参加しようということなのだろう。
にしては、もろ肌にベストという魔術師には似つかわしくない格好だ。
しかも、見えている腕は中々の筋肉質で、いわゆる細マッチョ体型である。
「いいでしょう」
余裕の笑顔で答えるアスウス。
「ちょっと、余計なことするなよ、兄貴!」
腰に手を当ててプンスカなトーラ。
「何を言ってる。かわいい妹のために兄が戦うのは当然だろ」
「かわいい言うな!」
「はははは」
「相変わらずねぇ、グルヌは」
そう言って近づいてきたのは妖精女王エルファだった。
「トーラさんにお兄さんがいたなんて初耳です」
「トーラは鬱陶しがってるから」
「でも、お兄さんのグルヌさんは……」
「そう、妹がかわいくて仕方ないの」
「やっぱり」
そんな話をしているうちに、アスウスとグルヌの戦いが始まっまた。
(うわ、二人ともすごい!)
アスウスとトーラの対戦の時よりも遥かに動きが速い。
「魔力では私やトーラのほうが強いんだけど、速さではグルヌのほうが優っているの」
「そういうことなんですね」
「そのグルヌの速さについていけてるあの悪魔もすごいわね」
「すごい速さですね」
そう言うのは、私の隣に来た騎士隊副隊長クリスだ。
「そうね。で、あなたはどうだったの?」
格闘技戦の闘技場の方を見ながら私が聞くと、
「女子は殴り合いの試合になんか出ちゃだめだ、って兄さんが言うので」
と、憤懣やる方ない顔でクリスは言った。
「そこそこダメージがあるみたいだもんね」
(ギールも痛がってたし)
「私だって訓練を積んだ騎士隊副隊長なんですよ」
「まあまあ、兄としては妹を危険な目に合わせたくないんでしょ」
などと、私がクリスをなだめている間にも、アスウスとグルヌの戦いはどんどんエスカレートしていった。
「もうほとんど動きが見えませんね」
というのがクリスの感想だ。
私にはなんとか二人の動きを捉えることができた。
(やっぱ私には勇者補正みたいなのが入ってるのかな)
魔法弾を撃ちながら魔法防護壁を展開する。
そこに相手の魔法弾が当たる時には既に次の魔法弾を放っている。
そんな攻防を凄まじい速さで展開しているのだ。
やがてふたりは動きを止めて対峙した。どちらも肩で息をしている
「ふふ、見事ですね」
「あんたもな」
アスウスとグルヌは汗で輝く笑顔で言った。
そしてお互いに歩み寄ると、がっしりと握手を交わした。
そして、お互いの健闘を称えるように、笑顔で肩に腕を回した。
髪の毛までも汗で輝いているように見える。
(うーーん……カッコいいような、暑苦しいような……)
私的には微妙な光景だ。
だが、
「あ……!」
と隣で息を呑む声が聞こえた。
見るとクリスが頬に両手を当てて、目を輝かせてアスウスとグルヌを見つめている。
(そっち系が好きなのね、この子……)
「ところで、ミリア様」
「なに?」
「ミリア様は参加しないのですか」
「私は、どうしよう」
正直なところ、自分のことは考えてなかった。
「魔王はどうするの?」
「俺も、決めてないです」
「せっかくだから、対決とかしてみる?」
今は皆が闘技場の試合を観に集まっている。
「でも……」
「でも?」
「また、お花見の時みたいに魔力が暴発したら……」
そう言う魔王湊山くんに、
「今回はデバフ結界を張っていますのでご心配いりません」
魔王側近のドーガが請け負った。
「念の為に私も備えておくわ」
エルファもそう言ってくれた。
「それなら……はい、大丈夫かもしれません」
少し考えて魔王湊山くんは答えた。
「うん、やってみようよ、きっと盛り上がるよ」
私は励ますように魔王湊山くんに言った。
「はい……」
魔王湊山くんは、まだ多少の不安はあるようだ。
私と魔王湊山くんが闘うのは魔法戦が行われていた闘技場だ。
魔法結界の展開が済んだかどうか、私はドーガとエルファを見た。
二人とも頷いている。
今回の試合は物理攻撃も魔法攻撃もアリというルールにした。
私は魔力を付与した突きや蹴りでの攻撃、魔王湊山くんは魔法弾での攻撃。
武器は使えないことにしたので、やや私に不利かもしれない。
「結界も準備オッケーみたいだよ」
と言うと、
「はい……」
と、またもや魔王湊山くんの元気のない、というより心ここにあらず的な答えが返ってきた。
「大丈夫?」
心配になって私が聞くと、
「は、はい、大丈夫です」
ハッとしたように魔王湊山くんが答えた。
(これは早めに終わらせたほうが良いかもね)
「じゃあ、いくね」
「はい」
こうして、私と魔王湊山くんの武闘競技が始まった。




