第14話 運動会
「ねえ、あれはズルくない、魔王?」
「そんなこと言われても……」
今日は王国と魔王国の運動会の日だ。
私と魔王湊山くんは間もなく始まる短距離走に参加する者たちを見ている。
その短距離走の魔王国の選手にケンタウロスがいるのだ。
「ケンタウロスって基本、馬だよね」
「そうかも、知れません」
「人が勝てるわけないじゃん」
「はあ……」
なんてことを話していると、
「我らを見損なわないでもらいたい、勇者ミリア!」
と威勢のいい声が聞こえてきた。
見ると腰布一枚を身に着けただけの、なかなかの偉丈夫がそこにいた。
「えっと、あなたは?」
「俺はアキルス、王国一の俊足、韋駄天アキルスとは俺のことさ!」
(韋駄天てインドの神様だったような……ま、いっか)
「う、うん、頑張ってね、アキルスさん」
「うむ、任せてくれ!」
そして――――
「魔王様、やりましたぁーーーー!」
見事勝利したケンタウロスが魔王湊山くんに向かって拳を突き上げながら雄たけびを上げた。
一方アキルスは、
「負けた……」
と、まるでこの世の終わりのような顔をしている。
「まあまあ、次にまた頑張ろう」
私はアキルスの肩をポンポンと叩いてやった。
「そうだよアキルス、あとはこのへーメスに任せてくれ給え」
という声の主を見ると、何やら派手な服を着た男が進み出た。
「僕にはこの空飛ぶ靴があるからね」
「空飛ぶ靴?」
見ると確かに彼の靴には翼のようなものが生えていた。
「あの、それは反則では……」
魔王湊山くんが異議申し立てを言いかけたが、
「ケンタウロスだって四本脚だったでしょ」
と、私は彼に最後まで言わせなかった。
「それじゃ、次の選手は……」
と言う魔王湊山くんの言葉を受けて進み出たのはまたも四本脚の選手だった。
「ヒッポグリフくんです」
「てか、もうほとんど鳥じゃん!」
そう、進み出たのは鷲のような猛禽類の頭と体に、馬の脚がついている魔物だった。
「大丈夫です、勇者ミリア」
と、私の後ろから出てきたのは翼が生えた馬、ペガサスだった。
「おおーーペガサスくん!頼もしいわね!」
私はペガサスに駆け寄ってなでなでしてあげた。
こんな感じで次から次へと空を飛べる者達が集まってきた。
もはや短距離走ではなくなってしまっている。
「わはははははーーーー!」
「しゃああああーーーー!」
「うぉおおおおーーーー!」
と、皆で大騒ぎをしながら楕円形のトラックの上をムキになってぐるぐると飛び回っている。
もはや競技とは言えない状況になってしまった。
「まあ、これはこれで、いいかな……みんな楽しそうだし」
「はい……そういうことにしておきましょう」
私と魔王湊山くんはそう言って顔を見合わせた。
「それはそうと、競技場の整備は大変だったでしょ」
私が言うと、
「大変ではありましたけど、魔王国には土木工事に優れた魔物がいますので」
魔王湊山くんは照れながらも誇らしげに私に言った。
今回の運動会に合わせて、魔王国の国境近くに競技場が整備された。
私も何度か工事現場を見に来ていた。
工事はオークが中心になって進められていた。
土木作業は重労働だ。私の前世では様々な重機が活躍していたが、この世界にはそういうものはない。
したがって体が大きく力があるオークが作業の中心になるというわけだ。
競技場の整備に合わせて、国境の川に橋も架けられた。
これには、王国内に反対の声も上がった。
(まあ、そうよね、表向きは敵対しているんだし)
私をはじめ、魔王国と交流することが多い者からすれば、魔王国の存在が王国の脅威になることはまず考えられない。
だが多くの国民にとって、未だに魔物は人々の生活を脅かす恐ろしい存在なのだ。
(私たちが間に入って少しずついい関係にしていかなきゃね)
とはいえ、この運動会の前に王様から、
「勇者ミリア、魔王を討伐するのだ」
といういつものお達しをいただいてはいたのだが。
しかも、心なしかいつもより王様の目が真剣だったように思えた。
(まあ、運動会は誰だって燃えるものだから当然か)
国境の川は、幅が二十メートルほどだ。そこに幅が十メートルほどの木橋が二箇所かけられた。
「いずれは石でできた幅の広い大きな橋を架けたいと思ってます」
魔王湊山くんがそんなことを言っていたのを思い出していると、
「向こうで別の競技が始まります」
という魔王湊山くんの言葉で私は我に返った。。
彼が指さす少し離れたところで、ボール競技が始まるようだ。
四角く描かれた白線の両側にネット付きのゴールが置かれている。
「あれは、サッカー?」
「はい」
魔王国チームは主にゴブリンで編成されてる。
王国チームはというと、
「王国騎士隊の名誉のためにっ!」
「「「「おおーーーー!」」」」
拳を突き上げる騎士隊長ギールの掛け声に、騎士たちが応えている。
「期待できそうね、騎士隊チーム」
などと私は思っていたが……。
勢いでは騎士隊チームは負けていなかった。
だが、ゴブリンの動きは予想を超えて速かった。
「待てコラァーーーー!」
「キキキキ」
ゴブリンチームにボールを支配される時間が多くなる。
騎士隊も懸命に追うが素早いゴブリンの動きについていけてない。
「サッカーは魔王国の圧勝っぽいわねぇ」
「ですね……」
なんて話を魔王湊山くんとしていたら、
「「「「団体戦なら私たちにお任せを!」」」
と妖精十二使徒が進み出た。
「あなた達はどんな競技をやるの?」
「妖精の舞です」
「妖精の舞、素敵ね!」
私は魔王湊山くんを見て、
「で、魔王国は誰が出るの?」
「女性の悪魔が出ると思います」
「女性の悪魔?」
「はい、サキュバスとか……」
と魔王湊山くんが言いかけたところ、
「魔王様、どうか私達にご期待ください」
と艶めかしい女性の声が聞こえてきた。
見ると、黒を基調とした非常に露出度が高い衣装を着た女性が近づいてきた。
彼女の後ろには同じような衣装を着た女性達が控えている。
「えと、あなたは、サキュバスの……」
と魔王湊山くんが彼女に聞いた。彼もその女性の名までは知らないようだ。
「はい、サキュバスのリリスでございます」
そう言いながらサキュバスのリリスは、そっと魔王湊山くんに寄り添った。
「え、えっと……」
またもやオロオロする魔王湊山くん。
「ふーーん」
そんな魔王湊山くんを見て、ついそんな声が出てしまう私。
「あ、あの、勇者ミリア……」
「よかったじゃない、女性にモテてさ」
そんな私の言葉に、なぜか泣きそうな顔になる魔王湊山くん。
すると、
「今日は私たちサキュバスと王国の妖精のどちらが魔王様をより魅了できるか勝負ですわ!」
と、リリスが高らかに宣言した。
「え!?そんなこと聞いてな……」
「面白い、その勝負受けてたとうじゃないか」
と、いつの間にかそばに来ていた闇の女帝トーラが、魔王湊山くんを遮って言った。
「そんな簡単に受けちゃって大丈夫、トーラさん?」
私が聞くと、
「天下無双の男たらしの私が指導すれば、魔王なんてイチコロさ」
思いっきりドヤ顔のトーラ。
(その天下無双の男たらし、この前は効かなかったけどね)
私は一応心のなかでツッコミを入れておいた。
そして、妖精十二使徒とサキュバス軍団の魔王魅了合戦の舞が始まった。
どちらの舞も言うだけあって中々のものだった。
妖精十二使徒はあざとさと全開、かわいらしさを前面に押し出している。
一方のサキュバス軍団は妖しく艶やかな魅力を前面に押し出してグイグイ魔王湊山くんに迫っている。
魔王湊山くんはというと、困惑しながらも律儀に両チームの舞を見ている。
(まあ、ここはサキュバスを選ぶよね)
なんと言っても彼は魔王なのだ。自分の配下に軍配を上げるだろう。
だが、魔王湊山くんは何やらチラチラと私のことを見ている。
「なに?」
「いえ、あの……」
と、いつものもじもじが始まった魔王湊山くん。
「あ……私に気を使わなくてもいいよ」
「気を……?」
「うん、サキュバスを選ぶのが普通でしょ、あなたの立場的に」
「あ……いえ、そういう訳では」
そう言って魔王湊山くんは私をじっと見た。
「サキュバスでも妖精でもなくて、俺は……」
(あ、こいつまた私を、とか言い出すんじゃ)
「魔王」
私は魔王湊山くんに向き合って彼の肩を両手で掴んだ。
「はい」
「ここはサキュバスを選びなさい」
「でも……」
「でも、じゃない!」
「はい……」
魔王湊山くんはがっかりした様子で答えた。
「「「「きゃあああーーーー魔王さまーーーー!」」」」
魔王湊山くんがサキュバスの勝利を伝えると、サキュバスたちは黄色い声を上げてに彼を取り囲んだ。
一方妖精たちは当然のことながら、
「納得いきませんわ!」
「依怙贔屓はずるいですわ!」
「邪悪な魔王がやりそうなことですわ!」
と、サキュバスに囲まれている魔王湊山くんを睨みつけるようにして、不満を爆発させている。
「魔王に何か言ったのかい、勇者様」
トーラが私に聞いた。
「え、ええ、少し」
「ふーーん、そうかい」
トーラは訳知り顔で言った。
「ごめんなさい」
「別にいいさ」
トーラは表情を緩めた。
「大方、魔王が空気を読まずにあんたを選ぼうとでもしたんだろ?」
「まあ、そんなところです」
「ほんと、あいつはあんたのことが好きなんだねぇ」
トーラは私に流し目をくれながら言った。
「え……?そんなことは……」
「ない、かい?」
「……」
私は答えを返すことができなかった。
(私のことが好き、なのかな……)
多分そうなのだろう。転生して初めて会った時には告白までしてきたのだから。
心優しいけれど、気が弱くて優柔不断だった湊山くん。
女子に話しかけられると、おどおどしてまともに話すこともできなかった湊山くん。
そんな湊山くんが、この世界では私に気持ちを伝えようとしている。
気が弱くてオドオドしたところはそのままだけれど。
(でも私だって……)
前世で私は、親の紹介で良い縁に恵まれて幸せな結婚ができた。
その反面、恋が始まる時のキドキや、恋の駆け引きをしたりという経験がほとんど無かった。
そう考えると、高校時代の湊山くんとの関係が最も恋愛に近い経験だったかもしれない。
(私もある意味恋愛初心者なのかな)
「ほら、次の競技が始まるみたいだよ」
物思いに耽っていた私に、トーラが声をかけた。
「あ、はい……!」
「次は何をやるんだい?」
トーラが魔王湊山くんに聞くと、
「武闘競技です」
と、魔王湊山くん。
「武闘競技なんてやって、大丈夫なの?」
私は心配になって聞いた。
ここまでは運動会らしく平和で和やかに進んで来た。
だが、武闘競技となればつい力が入ってしまうこともあるだろう。
感情的になったり、大きな事故になったりなんてこともありうる。
「闘技場には魔力や攻撃力を低下させる、いわゆるデバフ結界を張りますのでご心配に及びません」
魔王側近のドーガが進み出て言った。
「私とトーラも十分に注意して見ることにします」
妖精女王エルファが申し出た。
「そう、なら大丈夫、かな」
一抹の不安はあった。だが楽しい雰囲気に水を指すのも野暮だろう。
「わかったわ、私も気をつけてるわ。あなたもね、魔王」
「はい、勿論です」
「闘技場の周りには観覧席もあります。皆でお食事などをしながらご覧ください」
ドーガが言うと、案内役らしいコボルド達がやってきて皆を闘技場へと誘った。
(大丈夫だよね、うん)
私は、心の中でそう自分に言い聞かせた。




