第12話 次の約束
「わぁ、綺麗ねぇ!」
川沿いには白い花や紫の花が咲き誇っていた。
「白い花はスイセンとスノードロップ、紫の花はクロッカスだそうです」
「詳しいのね」
「教えてもらいました、ドーガ……うちの側近の魔法使いに」
「ああ、あの黒ローブの人ね」
(あの人、魔法使いなんだ。結構強かったりするのかな?)
魔王湊山くんの魔力の凄さはここ最近の出来事で十分に分かっている。
だが彼自身、魔法を使うことにはまだ慣れていないようにも見えた。
(色々教わったりしてるのかな)
「あ、あの、勇者ミリア……」
「なに?」
「川沿いにちょうどいい岩が……」
「岩?」
見ると花々に囲まれて平たい岩が川沿いにあった。
「はい、なので、その……」
(なるほど、一緒に座ろうってことね)
勿論、私から「じゃあ、座ろうか」と言っても構わないのだが、ここはやはり魔王湊山くんの頑張りに期待することにした。
私は何も言わずに魔王湊山くんをじっと見た。
「その、あの岩に……」
「……」
「い、一緒に座って、お、お話しませんか……!?」
魔王湊山くんの顔は真っ赤になっている。
(よしよし)
「うん、いいよ」
魔王湊山くんはポケットから大きめのハンカチを取り出して岩の上に敷いてくれた。
「ありがとう」
私は笑顔を返した。
顔を赤くしながらも嬉しそうに顔を綻ばせる魔王湊山くん。
「この並木も花が咲くのかしら」
私は並木を見あげながら言った。
「はい、これは桜の並木らしいです」
「そうなんだ。じゃ満開になったらきっと綺麗よね」
「はい、なので桜が咲く頃に、お花見ができないかと思ってます」
「いいじゃない、それ。ウチの魔法使いじいさんに聞いてみるわ」
「はい、お願いします」
こっちの世界でお花見ができるとは思ってなかったので、とても楽しみだ。
(まあ、それはそれとして……)
私は魔王湊山くんの次の言葉を待った。彼は何か言いたそうにもじもじしている。
(ほら、頑張れ)
「ゆ、勇者ミリア……」
随分経ったんじゃないかと思えるほど待ってから、やっと魔王湊山くんが言葉を発した。
「ん?」
「こ、これを……」
魔王湊山くんはポケットから手のひらサイズの四角い包みを取り出した。
「ほ、ホワイトデーの、贈り物、です」
魔王湊山くんは真っ赤になった顔を下に向けて、両手で持った包みを私に差し出した。
「ありがとう」
(やっぱ嬉しいな)
料理やデザートが盛り沢山だったので、てっきりあれがホワイトデーの贈り物だというオチなのかと思ったりもしたが。
包みを開けてみると中にはクッキーが入っていた。
「美味しそうーー!」
「はい、うちの菓子職人に作ってもらいました」
「菓子職人がいるのね」
「はい、ジャック・オー・ランタンというモンスターです」
「ハロウィンのカボチャの?てかこっちの世界にもハロウィンてあるの?」
「ハロウィンがあるかは分かりませんが……」
「そういえば」
ハロウィンの話で思い出した。私は前から気になっていたことを聞いてみた。
「湊山くんはこっちに転生してからどのくらい経つの?」
「はっきりとは分からないですけど……勇者ミリアが魔王城に来た時には、一ヶ月くらい経ってたと思います」
ということは前世は私と同じ頃に最期を迎えたということか。
「湊山くんが転生してくる前はどうだったの?」
「強大な魔王がこの世界を支配していた、と言い伝えられているらしいです」
「らしい?なんだか曖昧な話ね」
「はい……ドーガやアスウスも前の魔王のことは覚えていなくて、気がついたら俺が魔王城の玉座に座ったていたと言っています」
「変な話ねぇ」
(それにしても……)
こういう真面目な話をしていると、湊山くんはすらすらと言葉が出てくる。
前世の高校時代も、好きなマンガやアニメの話になると饒舌になっていたのを思い出す。
(どれ)
私の中にちょっとしたいたずら心が湧き上がってきた。
それまで私と湊山くんは適度な距離を置いて座っていた。
その適度な距離を縮めるべく、私は座る位置を湊山くんのほうにずらした。
ほんの少しだけ私と湊山くんの腕が触れ合った。
湊山くんを見ると、びっくりしたような顔で私を見ていた。
「あ、あああの、勇者ミリア……」
「なに?」
私はすっとぼけて聞き返した。
「い、いえ……なんでも、あ、ありません……」
「そっ」
私から視線を外した湊山くんは顔を真っ赤にして、足元に咲いている花を凝視している。
(さあ、次はどうするの?)
なんて思っていたら、
「ミリアさまぁああああーーーー!」
と、クリスが凄まじい形相でこちらに走ってきた。
「あらクリス、どうしたの?」
「いいところだったのに!」なんていう気持ちはおくびにも出さないで、何気ない感じになるように気をつけて私は聞いた。
「ミリアさまの危機と見てすっ飛んできました!」
クリスはそう言いながら魔王湊山くんを睨みつけた。
そして私の腕を掴んで魔王湊山くんから引き離した。
「私は大丈夫よ、クリス」
「ですが!」
「それにあなたも楽しんでたんじゃない?」
私はそう言って悪魔卿の方を見た。
「い、いえ、そんなことは!」
慌てて否定するところが怪しい。
「名残惜しいとは思うけど、そろそろお暇しようか」
「は、はい……」
名残惜しさいっぱいの表情でクリスが答えた。
(私だってもう少し湊山くんと話したかったけど……)
そのへんは頃合いというものもあるだろう。
湊山くんを見ると寂しそうな顔で私を見ている。
「今度花見でまた来るから」
私がそう言うと、
「はい、お待ちしてます」
と、答える湊山くんの前にクリスが立ち塞がった。
「さあ、帰るわよクリス」
そう言って私はクリスの肩に手を置いた。
湊山くんを見るとクリスの塩対応に切なげな顔をしている。
私はそんな湊山くんに「気にしなくていいよ」という気持ちを込めて、軽く微笑んだ。
湊山くんも軽く微笑みを返してきた。
(うん、今日のところはこれくらいでいいか)
多少なりとも手応えを感じながら、私はクリスを引き連れて王城へと戻った。
王国に戻って、魔王国との花見のことを魔法使いじいさんに話すとすんなりと通った。
やはり、王国と魔王国は一般的な意味での敵対関係とは違うようだ。
魔王湊山くんが話していた過去にいた強大な魔王のことは気になるが。
(聞いてみるか)
「あの、ひとつ聞きたいことがあるだけど」
魔法使いじいさんに聞いた。
「なんでしょう?」
「魔王に聞いたら、彼は私がここに来る一ヶ月くらい前に転生してきたらしいんだけど、その前ってどうだったの?」
「その前は、強大な魔王が君臨していた、と言い伝えられています」
「やっぱり言い伝えなんだ……てことは今の魔王が現れる前の記憶って……」
「ございません」
魔法使いじいさんはきっぱりと答えた。
「つまり、魔王が現れると討伐のために勇者が現れる、てこと?」
「そう思われます」
「てことは、言い伝えにある強大な魔王を倒した勇者がいる、てことになるのしら」
「そう考えるのが自然かと」
「で、その勇者のことは言い伝えられているの?」
「いいえ、勇者に関する言い伝えはありません」
「ふーーむ……」
そういう場合、勇者の言い伝えのほうが残りやすいのではないかと思うのだが。
(つまり、私が魔王を倒さなければこの世界は続くってことになりそうね)
王様から魔王を討伐せよと言われている手前「魔王を倒さない」とは口にしづらいが。
(まあ、魔王を倒さなきゃいけなくなることなんてなさそうだけど)
前のように、魔王湊山くんが魔力を暴発させそうになっても、ぶっ飛ばすか眠らすかすればなんとかなりそうだ。
(今はとりあえずお花見よね)
私は頭を切り替えて、花見の準備をどうするか考えを巡らさながら玉座の間を後にした。




