第10話 今日ってデート、だよね?
「〜〜♪」
私はクローゼットに入っていた服を片っ端から出して、着ては脱ぎを繰り返している。
魔王湊山くんから誘われた後、メイドのレギナが主導して私に新しい服を手配してくれたのだ。
(それにしても魔王、前にも私とデートしたいって言ってたけど……)
あそこまで真正面から誘ってくるなんて思いもよらなかった。
(前世の湊山くんからは想像もつかないなぁ)
「楽しそうですね、ミリア様」
私が取っ散らかした服を綺麗にたたみながら、メイドのレギナが言った。
「そ、そうかな」
「はい、鼻歌歌ってますし」
「マジっ!?」
(ヤバい!無意識のうちに歌ってたのかぁ!)
「ね、ねぇ、この服はどうかしら、レギナ?」
私は慌てて手にしていた明るい青のワンピースを体に当てて、レギナに見せてみた。
「ええ、素敵です、とっても」
ニッコリ笑顔でレギナが言ってくれた。
「ありがとう!でもさ、こっちの薄いピンクのもいいよねぇ、それとかぁ……」
と私は次から次へと服を当ててレギナに見せた。
「ところでミリア様、デートはどちらに行く予定なのですか?」
と、次から次へとまくし立てる私の話の合間をうまく捉えてレギナが聞いてきた。
「で、ででデートって、そんな……」
「違うのですか?」
「違わない……けど」
(そんなにハッキリ言われたら恥ずかしいじゃん!)
「どこに行くかは、聞いてないわ」
どうやら私は、魔王に誘われて浮かれてしまっていたようだ。
(やっぱり私、嬉しかったんだな、誘われて……)
騎士隊長を引き取りに行った日は、自分の方から「デートをしてあげる」と魔王を誘うつもりでいた。
きっと私の誘いに、魔王は飛び上がって喜ぶだろうと、上から目線で軽く考えていた。
なのに、いざその時になったら緊張して誘うことができなかった。
そして、魔王からのデートの誘いだ。勿論バレンタインデーのお返しなのだろう。
(そうよね、ホワイトデーだし、儀礼的にお返しをするってことよね、深く考えることないわよね!)
そう考えると、誘われて浮かれていた自分が急に恥ずかしくなってきた。
(意識しすぎよ、私!平常心、平常心!)
そして迎えたホワイトデーの当日。
あんなに取っ替え引っ替え服を試したのだが、結局はいつもの勇者の装いにした。
(気合い入りすぎなんて思われたら恥ずかしいし)
そして城門に向かったところ、
「お供いたします、ミリア様!」
と元気のいい若い女性、というより少女、が待っていた。
彼女のことは魔法使いじいさんから聞いていた。
王国騎士隊副隊長のクリス、というらしい。
聞いたところでは騎士隊長ギールの妹だということだ。
「えっと、もしかしたら、クリスさん?」
「はい!」
「一応聞くけど、なぜにあなたはここに?」
「勿論、ミリア様の護衛のためです!」
「いや、私、護衛なくても平気だし」
「いいえ!ミリア様が魔王に汚されることのないよう、私がしっかりと護衛させていただきます!」
「汚されることなんてないと思うけど」
「いけません!もしもの時は私が身を挺してお守りします!」
(うーーん、なんか、めんどくさい系の子かなぁ……)
無理に追い返したら色々と厄介そうだ。
クリスは、見たところ私より二、三歳下のようだ。
(てかそもそも私自身、今何歳か知らないけど)
自分で鏡を見る限りでは十八か十九だろうとは思っている。
(今度じいさんに聞いてみようかな)
――――――――
「あの、勇者ミリア、そちらの方は……」
城門の前で落ち合うと魔王は開口一番、
困惑顔で私に聞いてきた。
(まあ、そうなるよねぇ)
なんと言っても今日はデートなのだ、私と魔王の。
そこに関係ない者がいれば不審に思うだろう。
「私は王国騎士隊副隊長のクリスです!」
クリスは私と魔王の間に立って言った。
「その、クリスさんが、なんで……」
「決まってます、ミリア様を魔王の魔の手からお守りするためです!」
「ま、魔の手?」
「はい!ですのでミリア様とは三メートル以上の距離をとってください!」
「三メートル!?」
クリスの理不尽な要求に、魔王は泣きそうな顔になった。
「まあまあ、クリスさん」
私がなだめるように言うと、クリスはくるっと回って私の方を向いた。
胸の前で両手を握りしめて、頬を染めながら。
「私のことはクリスとだけお呼びください、ミリア様!」
そう言うクリスの目は妙に潤んでキラキラと輝いている。
「そ、そう……分かったわ、クリス」
(うーーん、なんだか怪しい雰囲気の子だなぁ……)
「そういうことだけど、いい、魔王?」
「は、はい……」
ガックリと肩を落として答える魔王。
(ごめんね、湊山くん)
そう心のなかで私は謝った。だがそれとは裏腹に、少しホッとしている自分もいた。
魔王湊山くんと二人きりだと緊張してなにかやらかしてしまいそうで不安だったのだ。
(前世の時はそんなことはなかったのになぁ……)
高校時代は、私から湊山くんに声をかけて一緒に帰っていた。そして普通におしゃべりをしていた。
(まあ、ほとんど私が喋ってたんだけど)
「ところでどこに行くの?」
クリスを間にして私が聞いた。
「国境の川の川辺で……」
話には続きがありそうだったが、クリスに「ギロッ」と睨まれて魔王湊山くんは口をつぐんでしまった。
「……川辺でどうするの?」
フォローするように私が聞く。
「えっと……そろそろ花が咲き始めてるので……」
と魔王湊山くんが答える。
ギロッ!
とクリスが睨みつける。
「あの、クリス……?」
「はい、ミリア様!」
私の呼びかけに、クリスは晴れやかな笑顔で答えた。
(コロッと変わるな、この子)
「そう睨んでばかりじゃ魔王が話しづらいから……」
「ミリア様が魔王の毒牙に害されないためには必要なことです」
「「毒牙!?」」
私と魔王の声がシンクロしてしまった。
するとまた「ギロッ!」とクリスが魔王湊山くんを睨みつける。
魔王湊山くんが怯んで話せなくなる。
(湊山くんに、これはキツいだろうなぁ……)
前世の高校時代の湊山くん、女子と話すことはほとんど無かったと思う。
とはいえ、彼も日直やらなんやらで女子と話さなければならないこともある。
だが彼は、女子と話すとなると緊張して吃りがちなってしまう。
それに苛ついた女子に睨まれる。
そして湊山くんは、そんな女子の塩対応に怯んで余計に話せなくなってしまうのだ。
「とにかく、話が進まないから魔王の話を聞きましょう、ね?」
「ミリア様がそう仰るなら……」
クリスは渋々といった様子で言った。
「じゃあ、魔王、続けて」
「はい。えっと、その川辺でピクニックをと思ってるんです」
「いいわね、ピクニック!」
「はい、うちの料理長が料理やお菓子を作って準備しています」
「魔王城の料理って美味しいもんね、楽しみだわ!」
お雛様騒動の時のことを思い出して私が言うと、
「魔王城の料理を食べたことがあるのですか!?」
クリスが驚いたように聞いた。
「あえ、あるわよ。凄く美味しいの」
「そんな……」
「クリスも食べてみれば分かるわ」
「……はい」
「それじゃ、勇者ミリア……」
そう言って魔王湊山くんは、何気ない仕草でサッと腕を振って転移魔法陣を地面に描き出した。
(うわ、すご!あんなに簡単にできちゃうんだ)
そして、魔王が私を転移魔法陣へと誘導しようとしたら、
「だめです!」
クリスが立ちふさがった。
「え……?」
困惑顔の魔王湊山くん。
「ミリア様は私と行きます!」
そう言いながら私の腕を取るクリス。
「三人で行けばいいんじゃない?」
「いいえ、私と二人きりでないと安心できません!」
「でも、これは魔族の魔法陣だから、魔族の人が一緒じゃないと使えないんじゃない?」
私が魔王に聞いた。
「そう、ですね……はい」
申し訳なさそうに魔王が答える。
「ね?三人で一緒に行きましょう」
諭すように私が言うと、
「……はい」
と、クリスは悔しそうに言った。
慕われるのは悪い気はしないが、クリスはちょっと度が過ぎる。
(これからが思いやられるなぁ……てか今日ってデートじゃなかったっけ?)
こうして、私たちは魔王が描いた転移魔法陣で、国境の川辺へと転移した。




