第1話 転生勇者と転生魔王
幸せな人生だった。
良き夫に巡り会い、かわいい子供、孫にも恵まれた。
そして私は家族に看取られながら最期の時を迎えている。
その最期の時に私は思い出した。
ただひとつの心残りを…………。
………………。
そして今―――
私は勇者として、魔王と対決すべく魔王城の前で仁王立ちしているのだった。
――――――――
家族に看取られて一生を終えた私は、気がつくとどこかの王宮らしいところにいた。
そして目の前には豪奢な椅子に腰掛けて偉そうに冠などをかぶった、メタボにご用心といった恰幅のオッサンが私を見ている。
オッサンは、
「勇者ミリアよ、魔王を討伐するのだ」
と、のたまった。
「えっと……何のこと……?」
そもそも私は勇者じゃないしミリアという名でもない。
「勇者ミリアよ、魔王を討伐するのだ」
(あんたはそれしか言えんのかい!)
と、私は心の中でツッコミを入れた。
改めて状況を観察してみると、ここは玉座の間でオッサンは多分王様かなんかだろう。
同じことしか言わないなんてRPGゲームのモブキャラのようである。
私自身はどうかと言うと、鏡がないので顔はわからないが女であることは間違いなさそうだ。
しかも、手を見るとシミもシワも全く無い。
二十代か、もしかしたら十代後半位かもしれない。
(後で鏡を見てみよう)
「でもね、私は勇者じゃないから、魔王討伐なんてできないから」
ややキレ気味に私が言うと、
「勇者ミリアよ、魔王を討伐するのだ」
予想通りの言葉が返ってきた。
(やっぱり同じことしか言わんわ、こいつ……)
ということは、誰か他の人に話しかけなきゃいかんてことなのかと思い、王様のオッサンの横に立っているトンガリ帽にローブを羽織り胸まで白い髭を伸ばしているいかにも魔法使いでござい、といった風貌の爺さんに話しかけた。
「あの、私は勇者なんかじゃないんだけど」
「ご心配には及びません、勇者ミリア殿」
「だから違うっつうの!」
今度は声に出してツッコミを入れたが、とりあえずは話しが進みそうだ
「勇者の剣、勇者の鎧、勇者の兜と揃えてありますので」
「あ、そ」
(とりあえずは話を合わせておこう)
とにかく今はこの場を去りたかった。
「お部屋へご案内いたします」
いつの間にかそばに来ていたメイドがそう言って私を別の部屋に案内してくれた。
部屋には確かに剣と鎧、兜が用意されていた。
「お召し替えを」
とにこやかに言うメイド。
「あ、うん……分かった」
(とりあえずは言うことを聞いておくか、面白そうだし)
なんて思いながら私は羽織っていたコートを脱いだ。
メイドはじっと私を見つめている。
「あの、さ……」
「はい」
「着替えるから……」
「はい」
「ずっとそこにいる気?」
「はい」
貼り付けたような笑顔のメイドが言った。
「そう……」
色々と確かめたいこともあったのだが、とりあえずは言うことを聞いておくことにした。
着替えを始めながら、ふと思いついて、
「あ、そういえば……」
と、お風呂には入れるのかと聞こうとしたが、
(お風呂の間もずっとそばにいそうだよね……)
と思い私は言葉を飲み込んだ。
「あ、いや、なんでもない」
「はい」
着替えを終えた私は、壁際においてある化粧台の鏡に自分の姿を映した。
まずは顔だ。
(若いっ!)
人生が終わりに近づいてきた頃に、懐かしんでよく見ていた高校時代の写真の自分そのままだった。
(これって夢?それとも……)
流行りの転生というものなのかしら、と思いメイドに聞いてみようかとも思った。
だが、却っておかしいと思われそうな気がしたので、とりあえずは黙っておくことにした。
部屋を出ると、さっきの魔法使いでござい爺さんが廊下で待ち構えていた。
「ではこちらへ、勇者ミリア殿」
「どこに行くの?」
私が聞くと、
「転移の間、でございます」
「転移……ってどこかに行くの、ここから?」
「はい、勿論、魔王城でございます」
「いきなり?」
「はい」
(普通は弱いモンスターを倒してレベルを上げたりしてから、満を持して挑むもんだろが!)
と爺さんの胸ぐらをつかんで揺さぶってやりたかったが、ぐっとこらえて私は冷静を装って聞き返した。
「ちょっと、急すぎないかしら?」
「いえ、そんな事はございません」
(いやいや、そんな事あるだろ!)
イライラは募る一方だが、なぜか言われたとおりにすべし的な強制力が働いているようで、それ以上は反論できなかった。
転移の間はロウソクが何本かあるだけの、薄暗い部屋だった。
部屋の中心には魔法陣らしきもの(私にそっちの知識は無いが)が描かれている。
「では、魔法陣の中心にお立ちください」
爺さんに言われ、
(もう、どうとでもなれ!)
という半ばヤケクソな気持ちで私は魔法陣の中心に立った。
そして私は光りに包まれ、魔王城の前に転移してきたというわけだ。
(仕方ない、やることをやって、早く帰ろう)
と、散らかった部屋の片付けモードよろしく、私は魔王城の巨大な扉をくぐった。
魔王城の通廊は一直線で、途中でモンスターやボスキャラが現れることもなく、難なく魔王の間にたどり着いた。
(開けっ放しかい!)
どうぞお入りくださいと言うかのように開け放たれた大扉から、私は大股で魔王の間に入っていった。
魔王の間の奥には玉座があり、おそらくは魔王であろう、黒っぽい服にマント、頭からは角を生やした男が座っていた。
「よく来たな、勇者ミリア」
玉座の肘掛けに肘を乗せて魔王が言った。
「別に来たくて来たわけじゃないけどね」
とりあえずはこちらの意向も伝えておかねばならない。
「ふん、俺だって、好きで魔王をやってるわけじゃないさ」
魔王は捨鉢な様子で言った。
「何、それ?」
「気がついたら魔王だったんだ」
「え?」
「で、勇者が来るって言われてさ」
「……」
「魔王は勇者に倒されるってのがお約束だろ?」
「まあ、そうかもね」
「せっかく転生したと思ったら魔王とか……前世だって陰キャ非モテで彼女いない歴イコール年齢のまま死んじゃったのにさぁ……」
半泣き状態の魔王。
(なんか、魔王らしくないわね……て、ん……?)
魔王をよく見ると、どこかで見たことがあるような気がしてきた。
(うーーん……あの暗い目とか声とか……)
「あのさ、魔王、さん」
「なに?」
「ちょっと髪を上げてみてくれる?」
「髪を……?」
訝しそうにしながらも、魔王は髪の毛を上げて顔を見せた。
「……!」
(まさか……!)
私の中の古い記憶が、ただひとつの心残りの記憶が鮮やかに蘇った。
「なに……?」
訳が分からない様子の魔王。
「あなた……湊山、くん……?」
「え!?」
魔王の目が大きく見開かれた。
そして私をじっと見つめるその顔に理解の色が浮かんできた。
「さ、桜川さん!?」
玉座から立ち上がって魔王が叫ぶように言った。
「なんで、こんなところに?」
「それは、私のセリフよ」
(なんで……なんであなたがここにいるのよ……!)
これも宿命ってやつなのかという思いが私の頭をよぎる。
湊山空太郎くん。私、桜川美華の高校時代の同級生だった男子だ。
そして……
「で、どうするの、魔王の湊山空太郎くん?」
「どうするって言われても……」
と困ったようにそわそわしだした。
(ああ、やっぱ湊山くんだわぁーー)
湊山くんは心優しい男子だったが、気が弱く優柔不断だった。
「魔王と勇者といえば、やっぱ対決して決着をつけなきゃでしょ」
私はそう言いながら腰から勇者の剣をすらりと抜いた。
「そうだね……」
魔王湊山くんも、そう言いながら玉座に差してあった大きな剣を抜いた。
(決着、か…………)
高校時代、湊山くんと私は一風変わった関係だった。
友達に囲まれて賑やかにしているのが好きな私と、ひとりで本やマンガを読むのが好きな湊山くん。
接点など無さそうなのに、ふとした気まぐれで私が声を掛けると、なぜか話が弾んだ。
気が向いた時に私が話しかけて盛り上がる。ただそれだけの関係だった。
やがて、話す頻度は増えていき、話せない日が続くと落ち着かなくなってきた。
ある日、話の弾みで、
「一緒に帰らない?」
と私がポロっと言った。
一瞬驚いたように見えた湊山くんだったが、
「……うん」
と、戸惑いがちに答えた。
それからは、一緒に帰る日が増えていき、私は湊山くんからの言葉を待つようになっていった。
けれど、湊山くんは相変わらず控えめすぎて私が望む言葉を言ってはくれない。
卒業間近のある日、下校の道すがら私は彼の目を見つめた。私の気持ちの全てを込めて。
けれど、彼からの言葉はなかった。
そして彼との距離は縮まらないまま、切ない想いを残して、私と湊山くんはそれぞれの道に進んだ。
やがて年頃になり、私は親の勧める相手と結婚し、子宝にも恵まれ幸せな人生を送ったのだった。
(私の初恋、だったのかな……)
そんな想いが私の頭をよぎった。
「よし、決着をつけよう」
そう言って、魔王湊山くんが剣を手に玉座の台座から降りてきた。
彼の目には、魔王として勇者と対決しなければいけないという強い意志が映っていた。
(本気……なのね)
私も手にした剣を構え、魔王湊山くんを待ち受けた。
彼は私から三メートル程のところで立ち止まり、両手で剣を構え、剣先を私に向けた。
私も勇者の剣を構え、剣先を魔王湊山くんに向ける。
すると、どういうわけか彼は手にしていた魔王の剣を床に置いた。
「……どういうつもり?」
私が聞くと、
「勇者ミリア……いえ、桜川美華さん」
「な、何よ……?」
魔王湊山くんの目は血走っている。相当な覚悟なんだろう。
(もしかしたら肉弾戦で決着を、とか言い出すんじゃ……)
微妙な沈黙。
そして……
「好きです!」
「はぁーー!?」
「お付き合いしてください!」
そう言って魔王湊山くんは、私に向かって深々と九十度お辞儀をした。
(こいつは……!)
頭に急激に血が昇っていくのを感じた。
私は大股で彼に歩み寄り、彼の胸ぐらを掴んで上を向かせた。
「なんで……!」
私は食いしばった歯の間から言葉を絞り出した。
「さ、桜川さん……?」
「なんで、その度胸をあの時に出さなかったぁああーーーー!」
「え……?」
ドゴォオオオオーーーーン!
私の会心の一撃が彼に炸裂した。
「ぐぁああああーーーー!」
私にぶっ飛ばされた魔王湊山くんは、魔王の間の壁を粉々に破壊して、遥か彼方に吹っ飛ばされていった。
「ごめんなさぁーーーーい――……」
と、謝罪の言葉の尾を引きながら。
「ふん」
私は踵を返して魔王の間を後にした。
「また来るわ」
魔王湊山くんには聞こえなかったかもしれないが、とりあえず私は捨て台詞を残しておいた。
「ふふ……ふふふ」
魔王城を後にする私の口から自然と笑いがこぼれ出てきた。
「なんだか、楽しくなりそう!」




