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恋愛作品たち。初恋・切ない恋・日常の恋。

大事な話

作者: ぽんこつ

「待ち合わせ、午後三時ね」

そう言った彼が最後に付け足したのは――

「大事な話がある」


そりゃあ全力でおしゃれするでしょう。

髪は巻き、ヒールを履き、香水も多め。

だって、もしかしたら今日が”その日”かもしれない。

頭の中で勝手にファンファーレが鳴っていた。


駅前に着くと、すでに彼が立っていた。

噴水のキラキラした飛沫を背に、

その視線がまっすぐこっちを射抜く。

(やば……映画のワンシーンみたい)

思わず歩幅が半歩小さくなる。


「お待たせ」

私は、両手を後ろに組んでにっこり笑う。

「おう、じゃあ行こっか」

(え? 手、つながないの?)

視線だけで右手をちらっとアピールするも、彼は気づかず歩く。

(この右手、今日はヒマらしい)


途中、彼が立ち止まった。

「な、なに?」

「いや、あの自販機の新作ジュース、めっちゃ気になってて」

「……私じゃなかったんだ」

「え?」

「なんでもない」

口を尖らせ、空気を蹴った。


缶を買って一口飲んだ彼が言う。

「うん、微妙」

「感想も微妙!」

彼は、私に勧めてくる。

(微妙なのに……)

一口飲んで、やっぱり微妙。

そんな私を見て、彼はニヤニヤしている。

そして、微妙は全部私の胃袋の中へ……


そのまま歩いて着いたのは、花束の似合うレストランでも観覧車のある公園でもなく――

彼の部屋。

(家でか……それは、それでありかも)


「ちょっと手伝ってほしいんだ」

「まさかのプロポーズじゃないの?」

「なんでそうなる」

「“大事な話がある”って言ったじゃん」

「あー、冷蔵庫届くって話」


玄関にあった段ボールを指さされる。

「今日、電気屋さん来れなくなったってさ」

「で、私が電気屋?」

「いや、助手」

「格下げされた!」


ヒールを脱ぎながら言う。

「これ、今日の服装、完全にミスマッチなんだけど」

「大丈夫、冷蔵庫は見た目気にしないから」

「いや、冷蔵庫じゃなくて私が!」


彼はニヤッと笑って、段ボールの上に乗せた軍手を差し出す。

「ほら、“婚約指輪”」

「軍手でプロポーズする人いる?」

手に持った軍手でパシパシと彼の腕をはたくと、彼は痛がるフリをして「いたたた」と笑う。


結局、午後三時から二時間かけて、私たちは冷蔵庫を運び入れた。

途中、汗が首筋を伝って、巻いた髪が少しずつほぐれていく。

(おしゃれの意味……ゼロ)

息を切らしながらソファに沈むと、彼がペットボトルの水を差し出してきた。

「はい、“大事な話”」

「……何?」

「結婚してほしい」

口にした水を吹き出しそうになり、慌てて手で押さえた。

心臓まで跳ねた気がする。

「……え、急に?」

「うん。新しい冷蔵庫ってさ、これから二人で作る生活の最初の家具になる気がして」

「家具目線のプロポーズって初めて聞いた」

「だから、これからも隣で一緒に運んでくれない?」

「……重いもの限定?」

「もちろん、人生も」

彼の口元が、からかうみたいにゆっくり上がる。

その言葉が、冷蔵庫よりもずっと重く心に置かれた。

私は唇を軽く噛んで、笑いをこらえるふりをしながら――

結局、黙って頷いた。

拙文、お読み下さりありがとうございます。

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