活版所
webページ文庫水族館の方で続きを書かせてもらってるので、気になる方はそちらから続きを読んで欲しいです。https://bunko-suizokukan.com/
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校門を出ると、桜の木の下に輪ができていた。
カムパネルラを囲んで、七、八人の同級生が肩を寄せ合っていた。
灯籠の青い灯りを流すために、川へ烏瓜を取りに行く相談をしているらしかった。
けれど、ジョバンニは立ち止まらなかった。
手を大きく振り、まっすぐ門を出た。
街の家々は、今夜の星祭に向けて支度を整えていた。
ひのきの枝に灯りを吊し、いちいの葉で玉を編む。
夕暮れのなかに、音のないきらめきが漂っていた。
三つ角を曲がり、大きな活版所の前に立つ。
入口の計算台には、だぶだぶの白シャツを着た男がいた。
ジョバンニは軽くおじぎをし、靴を脱いで上がる。
扉の奥は、まだ昼にもかかわらず電灯がついていた。
輪転機がばたり、ばたりと重たく回る。
頭に布を巻いた人たちが、歌うように、数えるように働いていた。
入口から三番目の高い卓に座る男のもとへ行く。
ジョバンニはまたおじぎをした。
男は黙って棚を探し、一枚の紙切れを手渡す。
「これだけ拾って行けるかね」
ジョバンニは返事のかわりに、卓の足元から平たい箱を取り出す。
壁際にしゃがみ、ピンセットを握る。
粟粒ほどの活字を、一つひとつ拾いはじめた。
青い胸あての男が背後を通りながら、声をかけた。
「よう、虫めがね君、お早う」
四、五人の作業者が、振り向かずに笑った。
声はなかったが、空気は冷たく動いた。
ジョバンニは眼を拭きながら、静かに作業を続けた。
六時の鐘が、遠くで鳴った。
それが静まったころ、箱の中は活字で満ちていた。
紙切れと照らし合わせると、ジョバンニは卓の男のもとへ戻った。
男は無言でそれを受け取り、小さくうなずいた。
再び計算台へ向かう。
白いシャツの男が、言葉もなく小さな銀貨を渡した。
ジョバンニの顔に、わずかに色が戻る。
鞄を手に、表へ飛び出した。
口笛を吹く。
パン屋に寄って、パンの塊と角砂糖の袋を買う。
そして、まっすぐに走り出した。