第9話 選び放題?
「勇者の育成?」
「そうニャ。まずはこのタブレットを見てほしいニャ」
そう言ってミケは慣れた手つきでタブレットを操作すると、そこに表示されたのはタクミにも見覚えのあるものだった。
「この辺りの地図、だよな? この中心の青い点は現在地を指してるとして、こっちの赤い点はなんだ?」
タクミの家を中心として、円形に表示された地図には2つの点が表示されていた。
1つはタクミの家の場所にある青い点、そしてもう1つは表示された地図の南の端近く、渋谷区のあたりに表示された赤い点だ。
地名もなにも表示されない白地図の中で異彩を放つそれら指さすタクミに、猫は機嫌よさげに尻尾を動かしながら答える。
「青はタクミ様が制覇したダンジョン。そして赤は未踏破のダンジョンニャ。未踏破のダンジョンは制御できない危険なダンジョンだと思ってもらえばいいニャ」
「マジかよ。東京のど真ん中だぞ」
「まあ私もそう思うけど、マジなんだニャー」
顔を引きつらせるタクミにミケが軽い調子で肩をすくめる。
2人がマジかよ、と思っているのは同じだが、その理由は全く違う。それは2人の表情の違いを見れば明らかだった。
「で、第一目標は、この未踏破のダンジョンをタクミ様に制覇してもらうことニャ」
「いやいやいやいや、なに言ってんの。俺、戦いなんて素人だし、体を鍛えてさえいないぞ。それにダンジョンの中には危険なモンスターがいるんだろ。そんな場所警察とかに封鎖されてるだろ」
「あー、それについては……あっ、そろそろニャ」
「何が?」
古い壁掛け時計が午後5時を指す。
その瞬間、威厳を感じさせる男の声が天から降り注いだ。
『傾聴せよ。我は神である』
「な、なんだ?」
驚くタクミの声にもちろんその神は反応することなく、まるで録音した話を放送しているかのように、その言葉は止まることなく続いていく。
『汝らに試練を与える。我はこの世界にダンジョンを創造した。それに挑むものは生物としての位階を上げることが可能だ。それを望む者を阻むことは何人たりとも許されん。愚か者、怠け者には罰が下される。さあ人の子らよ。この試練を乗り越え、新たな世界へと進むのだ』
「……」
短いその言葉だけを残して声は途切れた。
それは時間にして1分足らず。しかしそれを聞いていたタクミには、はるかに長い時間であったかのように感じていた。
それほどその声の圧は強く、まるで心臓を手で握られているかのようだったからだ。冷や汗を流すタクミに、ミケはコップに入れた水を差しだす。
タクミはごくごくと喉を鳴らし、空になったコップを机の上に置いた。
「大丈夫かニャ?」
「あ、ああ。これって本当に神なのか?」
「まあ私もよくわからないけど、神っぽいニャ。まあ全世界の人にこんな風にメッセージを届けるなんて普通はできないから、そう思っていいんじゃないかニャ?」
首を傾げながらそう答えたミケにどう返してよいのかわからなかったタクミだが、ブルっと震えたスマートフォンに気づきそれをポケットから取り出す。
そこにはニュースの速報が入っており、その題名は……
「『神からのメッセージ!? 世界規模で届いたか』か。普段ならどこのネタ記事だって笑うとこなんだけどな」
その通知をタップしたタクミが、内容を確認し苦笑いする。それは速報記事であり、書かれている情報は先ほど聞こえた言葉の転記と、それが各国同時に聞こえたという事実だけだった。
「こりゃ、しばらくネットがお祭り状態だろうな」
「そうだニャ。まあそれはそれとして、さっきの言葉にもあったとおり試練に挑もうとする人を邪魔すると天罰が下るニャ。だから規制は実質無理なんだニャ」
「天罰って具体的に言うと?」
「私も詳しくないけど、下手したら死ぬらしいニャ」
「怖っ!」
まるで自分を抱きしめるように両手を体に回し、タクミが少し冗談めかしながら悲鳴をあげる。
ミケの言葉が嘘だと馬鹿にしているわけではなく、死という普段身近にない脅威に、冗談交じりにしないと受け止めきれなかっただけだった。
「じゃあ入るのに問題はないとしても、モンスターって危険なんだろ。まともに武器も扱えず、鍛えてもない俺じゃあ厳しいと思うんだが」
「それについては問題ないニャ」
そう言って猫が画面をフリックして地図を消すと、代わりにずらりと文字が並んだリストが表示される。
そこに並んだ文字にタクミは目を丸くした。
「これって、もしかして……」
「特殊な力を得られるスキルオーブのリストニャ。ここに表示されてるDPと交換で手に入れられるニャ」
「へー、本当にゲームみたい……あの、ミケさん。なんですかこのとんでもないポイントは?」
画面右上に表示されたDPの数値に、思わずタクミが丁寧語になりながらミケに問いかける。
そこに表示されているのは15億余りの数値。そしてタクミがわくわくしながら見ていた火魔法や水魔法といったファンタジー定番のスキルの交換に必要なDPは10万。
「タクミ様が頑張ったおかげニャ」
「いや、俺は特になにも……」
「いっぱいビュビュっとした成果ニャ!」
「えっ、あれでDPって溜まるの?」
「そうニャ。タクミ様の精子は本来の役には全く立っていないけど、ダンジョンにはとっても有益なものニャ」
「ほっとけ!」
顔を赤くしたタクミのツッコミに、ミケは「ニャハハ」と笑ってすますと、どれにするの? と興味津々の眼差しを向ける。
タブレットを受け取ったタクミはじっくりとその内容を吟味しながら、質問を始める。
「魔法系のスキルを得たとして、それは無制限に使えるのか? それともMPみたいなものがあったりする?」
「MP制ニャ。モンスターを倒していくと人は少しずつ強くなっていくニャ」
「ってことは強力な魔法をいきなり覚えたとしても……」
「まともに使えないニャ」
「うっわー、これちゃんと聞かないと結構落とし穴がありそうじゃね?」
タクミは次々に質問を繰り返し、スキルを精査していく。
タブレットに表示されるスキルの種類はそれこそ膨大にある。
タクミの聞いた魔法についても、火魔法、氷魔法といった基礎だと思われる魔法から、獄炎魔法、氷結魔法といったその上位魔法と思われるもの、そして空間魔法や時魔法というファンタジーではチート扱いされるようなものまで存在していた。
「やっぱり基礎ステータスを上げる系のスキルは欲しいよな。死なないことが第一だと考えれば回復魔法も捨てがたい。直接戦うなんて無理だろうから遠距離攻撃を選ぶという考えも……あー、悩むなぁ」
「それなら必要そうなスキル全部とったらどうニャ?」
首を傾げながら聞いてきたミケの言葉に、タクミはタブレットから視線を外してミケを見つめる。
「スキルって複数取れる系なのか?」
「たぶんそうニャ」
「複数取ったらキャパオーバーで頭がパーンと破裂したりとか、そういうのはないよな?」
「少なくとも私はできたニャ」
「それなら安心って、そもそもミケは人じゃないだろ」
「ニャハハハハ。で、どうするニャ」
「……やる」
タクミが迷った時間はわずかだった。
もちろんタクミにダンジョンを攻略する義務はないし、危険があるかもしれない複数のスキル取得を試す必要もない。
だがレトロゲーム愛好家として幾多のゲームをたしなんできたタクミにとって、好きにキャラクタービルドしていいよ、という誘惑は危険を度外視するに十分な甘い香りを放っていた。
しばらくの間、タクミはタブレットをフリックしてスキルを吟味し、そしてたっぷりと10分程度考えた後に顔を上げる。
「じゃあ『身体強化』『剛力』『俊足』『状態異常耐性』『病気耐性』『水魔法』『土魔法』『自動回復』『マジックボックス』『幸運』の10個で」
「なんというか、堅実ニャ」
「いいだろ。本当はもっと色々なスキルを試してみたいけど、あまりとりすぎて頭パーンになっても困るしな」
「それは私も困るニャ。じゃあ用意しておくからタクミ様もご飯を食べ終えたらダンジョンに来るニャ」
タクミが悩んでいる間に、ミケは食事をとりおえていた。
空になった自分の食器をキッチンに運んだミケは、タブレットを受け取ると軽い足取りでダイニングから出ていく。
その後ろ姿を見送ったタクミは、自然と顔をにやけさせながら、冷めてしまったみそ汁とご飯をかきこむのだった。
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