第7話 ミッションスタート
時は来た。午前9時を回り、現実世界にダンジョンが現れる。
それを今か今かと待っていた猫は、あらかじめ生体エネルギー、タブレットに切り替えてからはDPと表示されるようになったそれを消費して作った、液体の入った瓶を持って地下の小部屋から出ていった。
小部屋にあったはずのクリスタルはどこにもないが、猫はそんなことは気にも留めずにさっさと階段を上がっていく。
「だいぶ疲れていたみたいだし、まだ眠ったままかニャー?」
準備時間でまだ自由にダンジョンと地上を出入りできた1時間ほど前にこっそりと見に行ったときには、タクミは着の身着のままの姿でベッドに倒れこみ寝息を立てていた。
目の下にできたクマから、タクミがかなり過酷な仕事をこなしてきたんだろうと猫にもわかっていたが、せっかくタイミング良くタクミが帰ってきてくれたのだ。
少し申し訳なさを感じるが、今後の方向性を考えるうえでも計画の実行は早めのほうがいい。
「まあ元気になるお薬を浴びてもらうだけだしニャ」
そんな風に言い訳しながらタクミの部屋に入った猫は持っていた瓶のふたを開けると、先ほど見たときと全く同じ格好で眠り続けるタクミの背中に中の液体をぶっかけた。
その液体はタクミの体に触れるやいなや、まるで揮発性の液体であったかのように服や布団を濡らすことなく消え失せる。
それと同時にタクミの目の下にできていたクマは跡形もなく消え失せていた。
「これでよしっと。後は変身して……」
猫は人の姿から本物の猫へと姿を変える。
そしてしなやかな動きでベッドの上に乗ると、タクミの耳元で「ニャー」と何度か鳴いた。
小さなうめき声をあげながら、タクミが顔を歪め、その瞼が細かく震える。
それを確認した猫は、音もなくベッドから飛び降りると、するりと部屋を抜け出して階段を下りて行った。
ダンジョンに戻った猫はクリスタルの中に入ってタクミがやってくるのを待った。
そして中華鍋と包丁を持ってやってきたタクミの姿ににんまりと笑みを浮かべる。
猫がタクミを選んだのは、なにも恩のある友人だからというだけではない。
秋葉原の街の常連とも言える者は他にもいたし、コスプレのためか筋肉こそパワーと言わんばかりの鍛えられた肉体をした者も少なからずいた。
それなのに猫がタクミをわざわざ選んだのは、タクミの好奇心の強さが大きな要因だった。
1つのことに執着するタイプのオタクもいるが、タクミはその界隈全般に対して興味を示していた。
交友関係が浅く広いタイプで、どんなジャンルについてもちゃんと話を聞いて合わせてくれるタクミがよく声をかけられる姿を猫は見ていたのだ。
(良くも悪くも、好奇心が強いんだニャ。だから変なことが起きてもまず自分で確かめようとするニャ。まあ持ち家で1人暮らしっていうのも都合よかったんだけどニャー)
タクミがゆっくりとクリスタルに手を伸ばす姿を眺めながら、猫はタイミングを計る。
これまでの経験から猫はクリスタルに触れた人間に、神からなんらかのメッセージが送られるんだろうと予想していた。
クリスタルに触れる前はお宝を見つけたようにはしゃいでいた者が、いきなりそれを壊そうとする姿を猫は何度も見てきたのだ。
(だからそれを邪魔するニャ。意識を書き換えられる系じゃないといいけど……それでもタクミ君ならなんとかなる、はずなんだけどニャー)
一抹の不安を覚えながらも、猫はその時を待ち、そしてついにタクミがクリスタルに触れる。
放たれ始めた強い光に照らされるタクミ目掛けて、クリスタルから飛び出した猫はその身を躍らせた。
「じゃじゃーん。私、登場ニャ」
思ったよりも勢いが強かったのか、倒れこむタクミの上にくっつきながら、少しでも自分に意識を向けさせるために猫が楽し気に宣言する。
タクミは痛みのせいで顔をしかめており、なにかメッセージが送られていたとしても聞こえていないだろうと猫はにんまりと笑っていたのだが……
(ふ、ふわぁぁぁ)
手探りでなにがぶつかってきたのか探っているタクミにお尻を触られても、触られているなぁくらいにしか感じていなかった猫だが、その手が尻尾に伸びてきたことで状況が一変する。
ぞわぞわっとした何とも言えない感覚が全身に走り、思考がよくわからない何かに浸食されていくのだ。
(これは、まずい)
語尾にニャをつける余裕さえなく、自分の口から艶やかな声が漏れるのを猫は止められなかった。
自分の息が荒くなっていくのを感じながら、なんとか口に出した「やめて」という言葉にタクミが反応する。
息を整えながら猫は顔を上げ、驚愕に目を見開くタクミと見つめあう。
次の瞬間、タクミは猫の下から抜け出し、脱兎のごとく壁際まで離れた。
体育座りして落ち込むタクミを見て、猫は深く息を吐いて冷静さを取り戻し、にんまりと笑みを浮かべる。
(まあちょっと色々想定外ではあったけど、クリスタルを壊されないという目標は達成できたニャ。となれば次に狙うのは……友好関係を築いて、射〇ニャ)
一番危惧していたクリスタルの破壊を免れた猫は上機嫌だった。ゲームから脱落しなければ、目論見が外れたとしても取りうる手段はいくつもある。
タクミという協力者を得られれば、道は広がる。オタク歴の長いタクミであれば、ダンジョン経営に関して新しいアイディアを出してくれる可能性は高いと猫は考えていた。
とは言え第一優先は精子でDPが得られるかどうかの検証だ。もしこれがうまくいけばかなりのアドバンテージを得ることができる。
その目標を達成するために、猫は二次創作の薄い本やゲームなどで得たエロ知識を動員してタクミを誘ってみたのだが……
(うーん、意外と身持ちが硬いニャ。盗賊なら何もしなくても襲ってくるんだけどニャー?)
タクミは明らかに反応している。でも最後の一線を越える寸前で止まるのだ。
仕方なく猫はダンジョンについての説明を始め、警察への通報という道を塞ぎ、射〇をしてほしいとあからさまな誘惑までしたのだが、タクミはそれでもその手を猫に伸ばそうとしなかった。
「だ、だめだ。さすがにロリに手を出すのは……」
なんとかそう言って誘惑を振り切ろうとするタクミの様子に、猫は理解する。
タクミは常識的な変態紳士なのだ。二次元を見てロリ最高ー! などとノリで言うものの、実際の子供には手を出さない。
踏み越えてはいけない明確なラインがタクミにはあり、それを踏み越えることはないのだと。
(タクミ君らしいニャ)
その姿勢に猫の顔に自然な笑みが浮かぶ。
そして同時に猫の頭には、タクミのラインをどうしたら回避できるのか。その方法が浮かんでいた。
猫は即座に姿を大人の女性へと変化させる。その変化先のイメージはオネショタと言われるジャンルの、少年を性少年へと導くエッチなお姉さんである。
それは数多くあるタクミの性癖の1つだった。タクミに即売会に連れて行ってもらい戦利品の一部を見せてもらった猫は、それをよく知っている。
手を出しても問題ない大人の女。余裕を感じさせながら迫ってくる存在を、現実でそっち方向にうといらしいタクミが拒むことは難しい。
初めてそういったことをする相手が良く知りもしない女という点はネックだが、猫耳、そしてクリスタルから出てきた存在であるという非日常はタクミの頭を鈍らせている。
そして顔を豊満な胸で包めば、タクミの理性など吹けばすぐに消えるろうそくの炎のようなものだった。
(勝ったニャ)
成すがままに体を委ねるタクミを眺めて微笑みながら、猫は種が尽きるまでタクミに夢の時間を過ごさせたのだった。
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