第4話 とるべき指針はどこにある?
ネットという集合知に勝利の鍵を見出した猫はひたすらにその作業を続け、1週間ほど経ったところで、あるサイトを見て動きを止める。
それはあるダンジョンマスターが主人公のフリーゲームに関する考察が載ったサイトだった。
しかもその内容は、物語の核心に迫るようなものではない。
ゲームの中でダンジョン拡張やアイテム作成、モンスターの生成などに使われるDPと呼ばれるポイントを取得するときの内部計算式に関するものだった。
ニッチすぎる需要ではあるが、各種ゲームのダメージ計算式などがずらりと並んだそのサイトには、この作り手の強烈な探求心と作品への愛が感じられ猫はその頬を緩める。
「そっか。ポイントの稼ぎ方か」
いかに地上の被害を防ぐか、どうすれば他のダンジョンを攻略できるかに主眼を置いて調べていた猫にとってその視点は新しかった。
名称はついていないが猫たちが現実で行うゲームにおいても、ダンジョンの拡張するためには対価が必要になる。
大規模な拡張、強い武器や魅力的な宝、強力なモンスターの生成などには大量の対価が必要となり、その対価が一定の水準に達して初めて地上にモンスターを送り出せるようになるという最低限の知識は猫ももっていた。
その対価がなにかと言えば、生き物が放つ生体エネルギー。地球の概念で言うのであれば魂に近いものだった。
ダンジョンはそれを得るために魅力的な資源で生き物を引き込む。
もちろんその生物の命を奪うことが最もエネルギーの回収効率が良いが、ダンジョン内で生き物を過ごさせるだけでも生体エネルギーを回収できることを猫は知っていた。
「そういえば盗賊の拠点にされたときはちょっと長かったなー」
かなり昔の記憶を思い出し、猫がわずかに顔をしかめる。
それはまだ猫がこのダンジョンゲームに参加し始めてすぐのころの話だ。
最初から世界の神になどなる気の全くなかった猫は、少し見晴らしのいい丘の上にダンジョンを作った。
森に囲まれて空気がよく、日向ぼっこに最適だったからという理由だけだったのだが、人里離れていたせいで1年ほど発見が遅れ、猫のダンジョンを初めて見つけたのは粗野な姿をした盗賊たちだった。
盗賊たちはすぐにダンジョンの核となるクリスタルを破壊することなく光源として活用し、そこを拠点に活動し始めた。
猫としてはさっさと帰りたかったので早く壊してくれよ、と願ったものだが盗賊たちにそんな様子は全くなかった。
そうして過ごすうちに、盗賊がダンジョン内で過ごすだけで生体エネルギーが得られることを猫は知ったのだ。
猫は盗賊の討伐がてら誰か壊してくれないかなと思いながら、盗賊たちの生体エネルギーが回収され少しずつ増えていくのを眺めて過ごしていた。
暴飲暴食に近い宴や仲間同士の喧嘩、裏切りに処刑、そしてさらってきた女たちへの強姦やうっぷんばらしの暴行。
それらがあるほど生体エネルギーは多く溜まったが、勝つ気など全くない猫にとってはどうでもいいことだった。
ゆっくりと眠ることもできず、むしろ見たくもないそれらを眺め続けなければならなかった日々は退屈であり、その忌々しい記憶を猫は奥底に沈めていた。
ポイントのことに関連してその記憶を呼び起こした猫は、同時にその時に起きた不可思議な現象を思い出す。
それはある日のこと、いつもどおり盗賊たちはどこからか女をさらってきた。
その女は人間でいえばまだ18歳程度の年若いエルフであったが、盗賊にさらわれてきた女の結末は変わらない。
エルフという種族が連れ込まれるのも初めてではないため、猫はいつもどおりにおこなわれるそれをクリスタルの中からただ眺めていた。
盗賊たちは自らの欲望のままにその性をエルフの女へとぶちまけ、ずたぼろにされたエルフの女は部屋の片隅で鎖に繋がれる。
今度は何日もつんだろうな。繋がれたエルフが重要な人物で、強い捜索隊が編成されて盗賊を討伐してくれたりしないかな。などと猫はありえない希望を抱きながらただ時が過ぎるのを待っていた。
そんな風にただぼーっと天井を眺めている最中、猫は自分の中で生体エネルギーが急速に高まっていく感覚を覚え、慌ててその量を確認する。
それは目まぐるしい量の生体エネルギーだった。これまで数年、盗賊などの生体エネルギーで溜まってきた量が端数と呼べるようなとんでもない量だ。
普通の盗賊がダンジョン内で1日寝て過ごしたときに得られる量を1とすると、得られた量は数億を超える。
これだけあればそこそこ強い竜を呼び出すことが出来るほどの膨大なエネルギーだった。
なぜこんなことが起こったのか猫には理解できなかったが、これだけのポイントが得られればこの状況を脱する方法はいくつもあった。
生体エネルギーを使って猫の姿の分身を作り出し、床で死んだように倒れ伏すエルフにこっそりと近づいた猫はその耳元でささやく。
「ねぇ、君。盗賊たちに復讐したい? もししたいならそれができるだけの力をあげる。その代わりに部屋にあるクリスタルを壊してほしいんだ。どうかな?」
その問いに、エルフの女はゆっくりと、だが確かに首を縦に振った。涙さえ枯れ果てたその充血した瞳に憎悪の炎をたぎらせながら。
そして猫は約束通りに生体エネルギーを利用してエルフの女に力を与え、女は盗賊たちを蹂躙しつくすと、クリスタルをその拳で破壊した。
全身を血に染めたエルフの感情のない瞳と乾いた笑顔が、猫がその世界で最後に見た光景だった。
「そういえばあれってなんであんなに生体エネルギーが溜まったんだろう」
そう言いながら口に片手を当て、物思いにふける初老の男の姿からは、何とも言えない大人の色気が漂っている。
ただ眼前に開かれている計算サイトの美少女ゲームの広告バナーと、素に戻っている口調のせいで色々と台無しになっていたが。
そんなことは気にも留めず、猫は必死に原因を探っていく。サイトの主が、ゲームの計算式を探し求めたのと同じように。
「エルフだったから? いや、でもエルフは初めてじゃなかったはず。以前はそんなことは起きなかった。だったらなにが違った?」
記憶の彼方へと追いやっていたあの日の状況を猫は必死で思い出す。
ここが鍵になる。猫の直感がそう告げていたからだ。
「いつもどおり盗賊たちは全員でエルフを……いや、全員じゃない。たしかあの日は……」
猫の脳裏に、エルフが襲われる前に起きた、盗賊のうちの1人が鉄拳制裁される光景が思い浮かんだ。
強盗現場でその下っ端の男がエルフを襲おうとし、親分よりも前に手を出そうとしたということで、ぼこぼこに殴られ、さらにエルフに指一本触るなという罰を受けていたという記憶を。
その下っ端のことを猫はよく覚えているから人違いはありえない。
なにせその世界で猫のクリスタルを最初に触ったのがその下っ端だったからだ。
「その後そいつは仲間たちがエルフを犯す姿を見ながら悔しそうに自慰していた。その姿を仲間たちが笑う中、射〇して……もしかして!」
その下っ端が放った白い液体が放物線を描いて地面に落ちる光景を思い出しながら、猫はある可能性に気づく。
その液体の中には何億という精子が存在している。その生体エネルギーが原因ではないのかと。
「いや、でも。精子がエネルギーになるとしたらもっと前に気づいていたはず。他の要因か、これだとしてもまだ何か見落としがある。どんな計算式で生体エネルギーは得られる?」
汚い話だが、それまでも精子ならダンジョンの地面に何度もこぼれていたはずなのだ。なにせ何十人もの女が盗賊たちにさらわれてきていたのだから。
なにか手がかりはないかと記憶を探りながら、猫は何気なくタブレットの画面を見つめる。
もちろんそこに書かれている計算式はゲームのものであり、今回の計算に当てはまるわけがない。
しかしこのゲームと同じように、神が猫たちに行わせるダンジョンによる世界の神の地位争奪戦は彼らにとってゲーム感覚のはずだ。
その根幹となる生体エネルギーの取得は、ゲームとと同じで何がしかの基準があるはず。そしてそこにはこの現象が起こった原因があるのではないかと猫には思えた。
それを猫たちが見つけることも含めて、神は楽しんでいるのではないだろうかと。
サイトの主は、主人公のステータス、倒した相手の種族値、倒した階層、倒した方法、それらを複雑怪奇に掛け合わせ、端数を切り捨て、正解を導き出している。
幸運なことに猫は正確な計算式を求める必要はない。おそらく切り捨てられて0になっていた精子1体の生体エネルギーが、1に変わった理由を探ればいいだけなのだから。
そしてそのキーとなるのは……
「やっぱり『先駆者』の称号を保持しているってことだよね。確かにあの男が洞窟で過ごすといつもより生体エネルギーが多く入ってきていたような気がする。それが男の精子にも反映された、とか?」
確証はない。再現することもできない。
だが記憶と現状の知識を総合すると、最も可能性が高いのはその仮説ではないかと猫は考えた。
ふぅ、と息を吐き、猫は窓の外を見つめる。カラオケ店の看板の猫がこちらを手招いている姿を眺め、猫は椅子を少しだけ傾ける。
「色々考えてきたけどまともにやっても私は勝てない。だったら奇策に出るしかない」
その猫に向け手を伸ばし、手招くようにして猫は拳を作り決意する。
「私は勇者を育てて人間を勝たせる。神の娯楽でこの世界を終わらせたりなんかさせるもんか。ふぉおおー」
傾けすぎた椅子が倒れそうになり、情けない悲鳴をあげながら猫が体を前に倒してそれを防ぐ。
ふぅ、と安どの息を吐いた猫は、これ以上生体エネルギーの計算に頭を割くのを止め、その推測が正しかった場合、そして正しくなかった場合に自分が取るべき道を探すため、ネットの海へと再び潜っていったのだった。
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