第33話 不確定な未来へ
2人は草原の階層の後、レンガの階層についても現地視察を行った。といっても特に宝箱を探すでも、モンスターを倒すでもなく、なにか問題が起こっていないか歩き回っていただけだったが。
所々に制服を着た警察官が立っているおかげか、小競り合いのようなことはあれど本格的な喧嘩にはなっておらず、2人は少しほっとしながらダンジョンを後にする。
ダンジョンの入り口には2人が並んだときよりも長い列が出来上がっており、そこに並ぶ人々の格好も動きやすいものが増えているようだった。
それは様々な情報が拡散しているという証左でもあった。
列に並ぶ人々の騒めきに耳を傾けながら、2人は渋谷駅に向けて歩いていく。
「やっぱりポーションのことが広まっているみたいだな」
「そうだニャー。たしかに500万は大きいし、タクミ様も売ってみるかニャ? 今ならウハウハのぼろ儲けニャ」
なにせレベル1ポーションにかかるDPは300でしかないのだ。今の2人が保有している量からすれば端数のようなものであり、タブレットを使ってそれを自由に手に入れることが可能なのだ。
今であれば簡単に1億以上の金を稼ぐことも可能であろう。
にんまりとした悪い笑顔を浮かべるミケに、タクミが苦笑しながら首を横に振って返す。
「いざとなったら考えるけど、今じゃないな。目立ちすぎるし、悪徳業者に当たる可能性もある。ほらっ、見てみろよ」
「どれどれ……うわぁ、なんというか」
差し出されたバリバリに割れたタクミのスマホに表示されていたのは、「ポーション 買い取り」で検索された結果の一覧だった。
そこにはいくつものサイトが既に存在していた。そしてその中にはSNSで募集しているような怪しげなところも少なくない。
全てが全てそういうわけではないだろうが、このうちのいくつかは後ろ暗いものだろうと容易に想像のつく検索結果だった。
「んっ、あれっ。でもなんでそんな検索結果が出てたニャ?」
「ぎくっ」
「わかりやすい反応、ありがとニャ」
「いやなあ。やっぱり現在進行形で無職に向かってまっしぐらな身としては、気になるよな」
ぽりぽりと鼻をかきながら、タクミがスマホの画面をスワイプして消そうとし、片手ではうまく消せずに仕方なく両手を使ってそれを消し去る。
「バリバリニキ。さすがにトレードマークでも、そのバリバリスマホは変えたほうがいいと思うニャ」
「バリバリニキはやめてくれって。でもスマホは確かに変えないとな。使いにくいし、いつ別のところが故障するかもわからないし」
「リチウムイオン電池にまで影響してたら、発火するかもしれないしニャ」
「嫌なこと言うなよ」
スマホをポケットに入れようとしたタクミが、ミケの忠告にそれをやめる。
スマホに使われているリチウムイオン電池は高温の場所に放置したり、強い衝撃を与えたりすると爆発したり、発火したりするのだ。
タクミの場合、スマホを強く握りしめてしまったために画面がバリバリに割れてしまったのだが、その圧力がリチウムイオン電池にまで及んでいないとは断言できなかった。
「仕方ない。新しいスマホを買いに行くか」
「あっ、私も欲しいニャ。タクミ様との連絡手段として必要ニャ」
「そういえば泊まりの連絡できなかったもんな。家の電話はとっくに解約しちゃってるし」
そうなると2台か。結構な出費だなと自らのリュックに入った財布の中身と、貯金通帳にタクミは思いをはせる。
ただミケの言うように、何かの時のための連絡手段は必要だった。
機嫌よさげに、はいはーい、と手を上げたミケを見つめながら、ふとタクミが気づく。
「そういえばミケってスマホの契約できるのか? いやそれより、そもそもミケの身分ってどうなってるんだ?」
「ふっふっふ。それはこれを見るといいニャ」
不敵に笑いながらミケがポケットから1枚のカードを取り出す。
桜色と緑が混じった背景の左隅にあるぼんやりとした枠の中にはミケの顔が映っており、その右上にはウサギのキャラクターと「個人番号カード」の文字が書かれていた。
「えっ、マイナンバーカード? ってミケ、その名前……」
ミケの顔写真の上、住所と氏名が表示されるそこには、タクミの家の住所と、福原美希という名が書かれていた。
それはタクミの名前、福原匠と同じ苗字であり、それが示すことは1つしかない。
「いちおう美希と書いてミケと読むニャ。ポイントをかければちゃんとした身分も手に入るから、ダンジョンって便利だニャ」
「それはそれですごいと思うが、俺と一緒の苗字ってことは、つまり……」
その先の一歩を踏み出せず言葉を止めたタクミの手を、ミケがそっと握る。
その柔らかな感触に鼓動を早めるタクミに向けて、ミケはとびっきりの笑顔を浮かべてみせた。
「私とタクミ様は家族ニャ」
「えっ、ああ。うん。家族、家族ね」
「これでスマホの家族割も適用されるニャ。だからすぐに契約にレッツゴーニャ。あっ、どうせだからついでにアキバにでも寄っていくニャ」
手を引いて軽い足取りで歩き出すミケの背中を見つめながら、「家族、まあそうだよな」などとタクミが少ししょんぼりとしながら呟き、苦笑いしながら顔を上げる。
そんな漏れ出た声をミケは後ろに聞きながら、タクミには届かないほどの小さな声で
「それがどんな関係になるかは、タクミ様次第だけどニャ」
と言うと、目を細めて楽しそうに笑ったのだった。




