第32話 必要なのは
お腹を抱えて笑うミケをよそに、白衣の男にその名について説明を受けたタクミはなんとも言いづらい表情をしていた。
まさか自分がネットミーム化しそうになっているなど全く考えていなかったのだ。
しかし改めて自分の行動を鑑みれば、確かにネットのおもちゃにされてもおかしくない奇抜な行動をしていたことは間違いなかった。
「あー、まあいいや。使い勝手良くなさそうだし、そのうち寂れるだろ」
「いや、もうAAも作られてましたよ」
「早すぎるだろ!」
「これでタクミ様も有名人の仲間入り、ニャハハハハ」
「笑いすぎだ」
未だに笑いが止まらないミケの頭をぺしっとタクミは叩いたが、その顔はほんのりと赤く染まっていた。
やっとのことで笑いを止めたミケはそんなタクミの顔を見つめ、再び吹き出しそうになり慌てて顔を背ける。
「えっと、あの……」
「ああ、あいつはまあ気にしないでくれ。それで、ええっと木村君、だっけ。は木の上でなにをしてたの?」
「えっと僕、こんな感じで研究系配信者をやっているんですけど」
そう言って差し出されたスマホをのぞくと、そこには木村が動画を配信していると思われるサイトのスクリーンショットが映し出されていた。
おそらく記念としてとっておいたのであろう登録者数の欄に表示された200という数字。そして『K村なんでも研究室』という、なんとも言いづらいチャンネル名をタクミが見つめる。
「ダンジョンでリンゴの木が発見されたって聞いて、いてもたってもいられなくなって」
「木村君ってそっちが専攻だったりするの?」
「いえ、僕は文学部3年で……あっ、バリバリ文系です!」
「無理に使わなくていいから」
今のフリですよね! と嬉しそうに笑う木村に苦笑いを返しながらタクミは改めてその姿を確認する。
黒いズボンに白のワイシャツを身に着け、その上に白衣をまとった姿は医者もしくは研究者にしか見えない。
「その白衣は?」
「大学の生協で売っていたので買いました。ちゃんと保護マスクもあるんですよ」
「あー、確かに白衣売ってたな。物理化学実験かなんかの授業で使った気がする。懐かしい」
大学時代の記憶をよみがえらせながら、つまるところコスプレってことだなと結論付けたタクミに、木村はにこやかに笑いながら口を開く。
「で、まあこんな感じで大学2年から配信しているんですけど鳴かず飛ばずで」
「ちなみにどんな配信してるの?」
「塩水から結晶を作りだしたり」
「うん」
「レンズに光を当てて虹を作ったり」
「うん?」
「あっ、これが一番再生数が伸びたんですけど、密封された大きな注射器で雲を作ったりしました!」
ぐっ、と拳に力を込めて伝えられたその言葉を聞き、タクミは内心叫んでいた。
それ、全部中学校とかでやる実験だから!
だが、それを直接本人に伝えるほど、タクミの神経は図太くなかった。
木村の様子からして、その実験を楽しんでいるのだろうことは伝わるのだ。
いかんせん内容がちょっとアレではあるが、本人が楽しそうだからこそこの内容で200人も登録者がいるのだろうとタクミはなんとなく察していた。
「まあそんな感じで配信しているんですけど、ダンジョンにリンゴの木があるって情報を見つけまして、これは実験しないとって考えたんです」
「ちなみにどんなことをするつもりなんだ?」
「いちおうシリーズで考えているんですけど、とりあえずは味を比べようかなと。市販の物と比べる人はいるでしょうから、僕は実が生っていた場所で味が違うのかを確かめようかと」
「で、木に登って落ちたわけだな」
「はい」
そう言って木村は恥ずかしそうに頬をかいた。その表情からは木村の人の好さがにじみ出ているかのようだった。
それを見ていたタクミは、ふとあることを思いつきわずかに口角を上げる。
「そういえば木村君はなんで配信を始めたの?」
「なんで、と言われると難しいですね。しいて言うなら、僕が通っていた中学や高校は教科書中心の学習で、理科の実験とかは二の次だったんです。受験のための勉強、と言えばイメージしやすいですか?」
「まあなんとなく」
「僕自身それに疑問など抱かず、理科などは暗記科目だと思っていました。でも大学の友人に誘われて理学部の実験に参加させてもらって……なんで僕はこんなに面白いことを知らなかったんだろうって滅茶苦茶後悔したんです」
がっくりと肩を落とした木村が深いため息を吐く。
それはほんのわずか90分にしか過ぎない1コマの実験だった。それも別に特別なものではなく、学士が基礎の基礎として教わるような内容に過ぎない。
だがいくつもの物質を計り、水に溶かし、それを混ぜることで様々に性質を変えていく様は、まるで魔法のように木村には見えた。
最終的に得られる物質の理論値と、生成量の違いについて考察する理学部の友人をよそに、木村の目は当初の物質から大きく変貌した生成物に釘付けになっていた。
そしてその時に木村は思ったのだ。
「もちろん覚える勉強が悪とは言いません。でも子供たちに教科書だけじゃなくて新しいことについて実際に調べて、やってみて、知る楽しさを広められたらな、とそう思ったんです。まあ、僕が実験したかったからっていうのもあるんですけどね」
「そっか。じゃあせっかくだし、俺も後で登録しておくよ」
「バリバリニキさんに登録してもらえるなんて、光栄です」
「それはやめてくれ。じゃあ、俺たちは別のところを見に行くから。リンゴの配信、楽しみにしてる」
「はい!」
離れていくタクミたちにしばらく木村は手を振り続け、そしてリンゴの木の陰に消えていった。
ちらりと後ろを振り返りそれを確認したタクミは、未だにニヤニヤしているミケの肩をこづく。
「ミケ、今すぐにあのリンゴの木のところに鑑定メガネを設置できるか?」
「できるニャ。でも彼でいいのかニャ? あんまり影響力なさそうだニャ」
何の遠慮もないミケの言葉にタクミは苦笑しながら、もう一度リンゴの木をちらりと見る。
「最初はな。でも鑑定メガネって話題性だけでも、ほぼ確実にバズるはずだ。なら決め手は人柄だろ。木村君なら秘匿せずに情報を公開すると思う」
「んー、確かにお金儲けとか二の次っぽかったし、承認欲求も薄そうだしニャー」
動画を配信する目的は人それぞれだろう。
だが自分の利を最優先にする人は少なくないはずだ。それが金なのか承認欲求なのか、はたまたそれ以外の何かなのかは別にして。
その点で言えば、木村の動画配信への情熱は、実験してみたいというちょっと特異なものからきている。
実験に有用な道具を手に入れれば、それを有効に生かしてくれるだろうとタクミは予想したのだ。
ミケもちらりと後ろを振り返り、懲りずにリンゴの木を登ろうとしている木村を見つけて柔らかくほほ笑み、そしてタクミのカバンの中に手を突っ込んでタブレットを取り出す。
「わかったニャ。まあダメだったらまた次の候補を考えればいいしニャ」
「そうそう。あっ、ついでに警察とかのほうにも保険として1つ設置しておこうぜ」
「了解ニャ」
タブレットを操作してミケがリンゴの木のそば、そして暗闇の階層で一般人がいかない奥のほうにいる警察の近くに鑑定メガネが入った宝箱を設置する。
次の瞬間聞こえてきた「ふぉぉぉー!」という叫び声に、タクミとミケは顔を見合わせ、夢中で宝箱を撮影している木村の姿に手を打ち合わせて喜んだのだった。
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