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オタクになったダンマスは勇者を育てたい  作者: ジルコ


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第31話 現地視察

 1時間半後、猫耳や尻尾を消して20代前半くらいの大人の姿になったミケはタクミと共に、渋谷ダンジョンのある渋谷区文化センター大和田近くまでやってきた。

 そして2人して、そのあまりの変わりようにしばし立ち尽くす。


「俺たち、ここに入るのか?」

「でもここまで来てそのまま帰るのはないニャ」

「それは確かにそうなんだが……」


 明らかにタクミは乗り気でないが、それも仕方のないことなのかもしれない。

 ダンジョンの入り口には長い列ができており、その最後尾では警察官が手書きで『最後尾』という文字の書かれたプラカードを持って立っているのだから。


「タクミ様は並ぶのに慣れているんじゃないかニャ」

「いや、その先に喜びが待っている列ならどれだけでも待つけど、ダンジョンで待っているのはモンスターだしなぁ」


 そうちょっと文句を言いつつも、ミケに促されてタクミは慣れた様子で列に並び始める。

 プラカードを持った警察官に「本当に入るのか」と少し問答はされたものの、2人が少しだけ見て帰るつもりだと伝えると、それ以上話しかけてくることはなかった。

 次々とやってくる人々に同じような確認をしているため、それだけで終わったというのが正解かもしれないが。


「やっぱり男が多いな」

「女もいるけど、あの格好を見る限りちょっと入って出てくる感じニャ」


 周囲に並ぶ人々を眺めながら、2人はひそひそと言葉を交わす。

 列に並んでいるのはおよそ100人程度。その男女比は8対2くらいで男のほうが多い。

 女もいるにはいるが服装がスカートだったり、ひどい者になるとパンプスを履いている者までいる始末だった。


「まあ並んでいる男の半分くらいも、ちょっと見に来ただけだろうしな。やる気のある奴は恰好から違うし」

「攻略組だニャ。でもアメフトのヘルメットはちょっと違うと思うニャ」


 10人ほど前にいる、明らかにガタイの良い2人の男たちがかぶるアメフトのヘルメットを眺め、ミケが首を傾げる。

 他にもスコップを持っていたり、バットが入るような袋を持っていたりする人々はそこかしこに見られた。

 少なくとも準備をしてきた彼らはモンスターと戦う覚悟を持っているということだろう。


「そう考えると、俺たちは完全に観光目的だな」


 運動靴にジーパン、それぞれ白と黒のTシャツという無難な服装でミケとタクミはここにやってきている。

 ついでにダンジョン産のリンゴを収穫しようと考えているため、タクミはいつもの黒いリュックを背負っているが、その中に入っているのは財布とペットボトルの水2本だけだった。


 ただ2人の服は見た目普段着であるが、それらはダンジョン産のアイテムであり、性能という点で見ればここにいる誰よりも攻略向きの格好ではある。

 それを知らぬ者の目には、とても攻略目的とは思われない格好であることに変わりはないのだが。


「うーん、なんか視線を感じるニャ」

「まあ、そりゃあ、なあ」


 自らの服を見ていたミケが顔を上げ、どこかうっとうしそうにしながら視線を左右に振る。

 あからさまに目を逸らすような者はいなかったが、その視線が消えることはなかった。

 訳がわからないと小首を傾げるミケを、タクミは苦笑いしながら眺める。


 大人の姿になったミケは背こそ160センチ弱とそこまで高くないものの、その整った顔立ちと出るとこが出て引っ込むところが引っ込んだ均整の取れたスタイルをしている。

 それだけでも衆目を集めるのは自然なことだが、タクミはその理由がミケの放つ独特な雰囲気のせいなのではないかと思っていた。


 今のミケは人間の姿で髪の毛も三毛ではなくココアブラウンに統一しており、そこから猫耳が生えていることもない。

 だがその光を反射してときに黄金に見える瞳や、楽し気な口元、そしてしなやかな所作は、どこか気まぐれな猫を想起させるものだった。


 それは人の目を惹くのに十分すぎるほどの魅力を持っており、もし近くにタクミがいなければ、なにがしか理由をつけて声をかけられただろうことは想像に難くない。

 もし頻繁にダンジョンの様子を見に来るようなら何か変装させないとダメかもな、などとタクミが考えているうちに列は消化され、ついに2人はダンジョンに入る列の先頭になった。

 なったのだが……


「ダンジョンの中まで列ができてるな。これはダンジョンの探索と言っていいのか?」

「まあ仕方ないニャ」


 ダンジョンの中に入った瞬間、発電機のうるさい駆動音と独特な匂いが2人の耳と鼻を襲う。それに繋がれた投光器の明かりによってダンジョン内は照らされており、入り口付近の視界は確保されていた。

 だがそんな変化より2人の目を惹きつけたのは、壁際に用意されていた『渋谷ダンジョン』と書かれた看板を掲げた男女が2人並んでポーズをとって写真撮影をしている姿だった。


「もう商売してる奴がいるぞ。すごいな」


 写真を撮影していたニット帽をかぶった中年の男が出てきたフィルムを2人に渡すと、その男女は嬉しそうに声をあげる。

 続けて自分たちのスマホを男に渡し、撮影をしてもらった2人は男に500円を渡すと楽し気に話しながらダンジョンの外へ出ていった。

 そして男は順番を待っていた人々の撮影を続けていく。


「警察は止めないのかニャ?」

「ダンジョン内は警察の権限が及ぶ場所かも定かじゃないし、ここで撮影して満足して帰ってくれるならその方が都合いいから、わざと見逃しているんじゃないか?」

「……それもそうだニャ」


 ダンジョン内に入ってからのほうが格段に列の進みは速い。こうして並んでいる間にも、撮影を待つ列のほうに抜けていく者は少なからずいた。

 ちょっとした興味本位で寄ったような人にとっては、ダンジョンの中に入ったという実感とそれを明らかにする写真があれば十分ということだろう。


「ワンコインっていう値段設定もいいニャ。たぶん千円だったら躊躇する人もいるニャ」

「こんなすぐに商売を思いつくくらいだし、そういうところも如才ないんだろ」


 にこにこと笑いながらカメラを構える男を横目にしながら、2人は少しずつダンジョンの奥に向かって進んでいく。

 そしてしばらく歩いた小部屋で、人の流れが2つに分かれる。片方はそのまま奥の通路へ進んでおり、もう片方はその部屋にある階段を下りていた。

 どちらかと言えば階段を下りていくほうが多いかなというくらいの人の流れを確認したミケが、タクミの耳元に口を寄せる。


「どっちを先にするニャ?」

「とりあえず草原でいいんじゃないか? 後からにするとまた並ぶことになりそうだし」

「それもそうだニャ」


 そう結論を出した二人は、そのまま草原フィールドに続く階段を下り始める。

 二人は特に意識していなかったが、耳元に顔を近づけながら楽し気に何事かを話す姿は恋人同士のそれにしか見えず、タクミはいつの間にか周囲の男共から怨嗟の念を送られることになっていたのだが、当の本人はそんなこと知る由もなかった。





「おおっ。ダンジョンの中なのに空があるぞ。しかも地平線まで見える」

「不思議な光景ニャ」


 階段を下り、広がる一面の草原と青空を見つめてそう言ったタクミは、ぽかんと口を開けたまま動きを止める。

 ミケも同じようにモンゴルの大草原を思わせるその光景に圧倒されていたが、それでもタクミの背を押して歩き始めた。


 見渡す限り一面の草原ではあるが、その所々には2人が植えたリンゴの木が生えており、その青々とした葉とともに赤い果実を枝から垂れさげている。

 その一番近いリンゴの木々を目指して2人は歩き、そして20本程度の木が立ち並び、さながら畑のようになっているその場所へとたどり着いた。


「意外と大きいんだな。5メートルくらいか?」

「かもしれないニャ。でも思ったより実が残っているニャ」


 リンゴの木々の周りを歩き回りながら、2人はその状態を確かめていく。周辺にはあまり人がおらず、近寄ってきた人もリンゴの木を撮影するだけで去っていく。

 ここに来るまでの人の数を見てきたミケは、もしかしたらリンゴが狩りつくされているんじゃないかと危惧していた。


 しかし階段から一番近いここのリンゴの木々にも、まだまだ美味しそうなリンゴの実が生っている。

 お土産作戦は失敗したか? と残念そうに眉を寄せたミケに、タクミはリンゴの木々を見回して言葉を続けた。


「低い場所にあっただろうリンゴは全部狩られているし、単純に高い場所のリンゴを取る手段がなかったんじゃないか? 木登りしてまで取ろうとする奴なんてそこまで多くない……」


 バキッ


「うわぁあああー」

「んっ? うおぉぉー!」


 言葉の途中で聞こえてきた何かが折れる不穏な音にタクミは顔を上げ、自分に向けてまっすぐに落ちてくる白い物体を認識して悲鳴をあげる。


挿絵(By みてみん)


 自分とは違う悲鳴を耳にしたタクミは、それが人間であることを察し、慌てながらもなんとかその人を両手で捕まえようと手を伸ばした。


「ぐへっ」

「っつー!!」


 タクミの伸ばした腕がなんとか落下してきた人をキャッチする。ずんっ、とした重みにタクミは体を持っていかれそうになったが、なんとか転ぶことなく踏みとどまった。

 ただその衝撃はあまりに大きく、タクミの口から声にならない悲鳴がもれる。


「大丈夫?」

「「ああ、えっ?」」


 心配して駆け寄ってきたミケに、タクミとその人は同時に答え、そして驚いたように顔を見合わせる。

 タクミの胸に抱かれたその男は、着ていた白衣をドレスのスカートのように広げながらタクミを見つめ、ぱちくりと瞳をまたたかせた。


「あっ、どうも。ご迷惑おかけしてすみません」

「いえいえ。あっ、とりあえずおろしますね」


 なんとなく気まずい空気を醸し出しながら2人は言葉を交わすと、抱かれた男はその足を地面につけお姫様抱っこから脱却する。

 白衣を着た男の見た目はタクミよりも明らかに若く、まだ大学を卒業しているかどうか、というくらいの印象だった。

 少しずり下がっていたメガネをくいっと持ち上げ、白衣の男が改めてタクミたちに向き直る。


「本当にすみませんでした……って、バリバリニキ!?」

「えっ、バリバ……なんだって?」

「ぷっ」


 いきなり投げかけられた意味不明な言葉をタクミは困惑しながら聞き返していた。

 しかしタクミのインタビューの様子を見て何らかの名前が付けられるだろうと予想していたミケは、その言葉を正確に聞き取って理解する。

 それがタクミのネットミーム名であり、バリバリのスマホのことも含めてつけられたんだろうということを察したミケは、こらえきれずに思わず噴き出したのだった。

お読みいただきありがとうございます。


現在新連載ということで毎日投稿を頑張っています。

少しでも更新が楽しみ、と思っていただけるのであれば評価、ブクマ、いいねなどをしていただけると非常にモチベーションが上がります。

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