第30話 残された懸念事項
2人の協力によってわずか10分足らずで草原フィールドは最低限の準備を整え、不備はないかをざっと確認し終えたタクミが小さくうなずく。
「接続はダンジョンに入って2つ目の部屋にするけどいいよな。まだ分岐がないから絶対に通るし」
「いいと思うニャ。今の階層に向かう途中で見つかれば、ある程度こっちに引き込めるはずニャ」
「あとは……なにかあるか?」
出来上がった草原フィールドの階層にタクミが目を走らせる。
大人数が入ってきても問題のない広大な面積。降り立った階段付近には数多くのスライムを配置し、獲物の奪い合いが極力起きないように配慮した。
ポーションの入った宝箱をフィールドのそこかしこに点在させ、そのうちの1つをあえて階段を下りてすぐに配置することで目立たせ、すぐに発見されるようにもしている。
次々と人がダンジョンに入っている現状なら、新しい階層への階段を見つけるのは1人ではないだろうし、見つけた人々はこぞってそちらに向かうだろう。
そして草原フィールドに降り立った人々は宝箱を見つけるはずだ。
そこで奪い合いが起こる可能性はあるが、この階層にもポーションがあるという情報を拡散させる必要があることを考えればそれは仕方のないことだった。
「何かあったら後で対応すればいいニャ。しいて言うならダンジョンに入った記念品とかがあればこっちにもっと誘導できるんじゃないかニャ?」」
「記念品、か」
ミケの言うことに一理あると考えたタクミはタブレットを操作し、ダンジョンに設置できるものを探っていく。
スライムからドロップアイテムが出る確率は低いし、宝箱を見つけてポーションを得られるの幸運な者はごく一部の人間だ。
そうではない大多数の人間がダンジョンに行っていない者に話すときに、記念品があるとないとでは食いつきが違うだろうことは想像に難くなかった。さらに言えば……
「それが共有できるならなおよしって考えると、やっぱ食べ物だよな」
シャドウブルの肉のおいしさを思いだしたタクミが指を止めたのは、ダンジョンに植えることが可能な果樹が表示されている場所だった。
そこにはリンゴやミカン、ブドウなどを始め、変わったところではパッションフルーツなど食用となる実をつける木々が並んでいる。
「なんでヤドリギはないのに、果樹はこんなに豊富にラインナップされてるんだろうな?」
「それが人の益になるものだからじゃないかニャ?」
「食欲を満たすものってことね。やっぱ植えるならリンゴか?」
「その心はなんニャ?」
「ダンジョンという新たな楽園の象徴になるだろ。親しみ深いし、持ち帰りやすい。さらに言えばシェアもできる」
「ダンジョンを活用するための知恵をつけろってことかニャ?」
タクミは少し笑いながら「そこまでの意味はないけどな」と返し、選んだリンゴの木を草原にいくつも配置していく。
その木にはすでにリンゴが実っており、収穫するとある一定の時間をおいてリポップする仕様だった。
詳細によればDPをつぎ込めばその間隔を短くすることは可能だったが……
「とりあえずリポップはこのままでいいか。あんまり早くして既存のリンゴ農家に影響が出たりすると面倒だしな」
「様子を見て調整して、あまりにひどい影響が出そうなら最悪枯れたことにするニャ。そして違う果樹を植えてローテーションさせればいいニャ」
「そうだな。じゃ、新しい階層」
「接続ニャ!」
顔を見合わせた二人は顔に笑みを浮かべながら同時に階段をタップして、草原フィールドを接続させた。
その瞬間、渋谷ダンジョンの全景図でうごめいていた赤い点の一部が動きを止め、そして怒涛の勢いで草原フィールドに向かって進み始める。
その数は10や20ではきかない数だった。
「やっぱ新しい場所を発見したら行ってみたくなるよな」
「普通に考えれば危険なんだけどニャ」
「どこかゲーム感覚なんだろ? 目の前で人が死んだり、大怪我でもすれば違うんだろうが、渋谷に関しては今のところ一風変わったテーマパークみたいなもんだし」
「お金も稼げるかもしれないしニャ」
草原フィールドの宝箱があったはずの場所に一度密集した後、蜘蛛の子を散らすように探索を始める赤い点を眺め、ミケは苦笑を浮かべる。
もしミケがここにミノタウロスのようなそれなりに強力なモンスターを1体設置すれば、ダンジョンの中に入っている数十、いや今もなお増え続けていることを考えれば百を超える命を簡単に奪うことができるだろう。
それは本来のダンジョンマスターの正攻法とも言えるポイントの稼ぎ方だ。
ただそんなことをすれば人々のダンジョンに対する忌避感が強くなり、自分の首を絞めることに繋がりかねない。
今まで行われた幾多のダンジョンゲームによる神の選定において、ミケは最初に負け続けてきた。
ダンジョンコアを壊された、もしくは本体の消滅させられたダンジョンマスターは、そのゲームが終わるまでの期間ずっと敗者が集められた空間で待機させられる。
数十年、いや場合によっては数百年を超える時間をその何もない空間で寝て過ごし、誰かが来た時だけちらりと目を開けて確認する日々。
それは全く無意味に思えるような経験。だがそこからミケは1つの自分にしかない強みを認識していた。
それは他のダンジョンマスターがやられて戻ってくるまでの時間に関する情報。
ミケの経験上、よほどのイレギュラーがない限りミケ以外のダンジョンマスターがその空間にやってくるのは最低でも5年以上経過した後だった。
それはつまり、現地の者ではダンジョンを攻略することができないことが多く、ダンジョン同士の争いが行われるようになって初めて脱落者が出るということに他ならない。
(つまり他のダンジョンマスターは基本的に長期目線での戦略を練っているニャ。だからその間に人々に力をつけさせる。モンスターを倒させて、スキルオーブを使わせ、有効なアイテムをばんばん……)
「あっ」
「どうした?」
しまった、と表情を崩したミケに、タクミが不安そうに問いかける。
ふぅ、なんとかうまくいったと気を緩めていたところで、そんな声を聞いたのだ。なにか致命的な見落としでもしたのかとタクミはタブレットを見回したが、問題が起こっているようには見えなかった。
ただ現地に行っているわけではないので詳細はわからない。現地を見ることができる機能がタブレットにあればよかったのに、と思いつつタクミはミケの回答を待った。
ミケはタブレットをフリックしてアイテムの一覧を表示すると、検索機能を使って1つのアイテムを表示させる。
それは金縁のモノクル。そのアイテムが映し出すのは……
「タクミ様。鑑定メガネ、どうやって配布するニャ? このままだと有用なアイテムを得ても有効活用できない可能性があるニャ」
「そういやそんな問題もあったな。影響がでかそうだから先延ばししてたけど、これだけ人気になるならさっさと出したほうがいいよな。でも、誰に取らせる? 前にも言ったが政府に取らせるのが鉄板だと俺は思うが」
「ファンタジーのギルドみたいな組織があるならそこ一択なんだけどニャ」
「将来的には世界的な組織ができる可能性はあるけど、今の段階では無理だろ」
まだダンジョンが地球に現れてまだ4日だ。こんな短期間で世界を横断するような組織ができるようなら、人類が戦争を起こすようなことはないだろう。
それは強大な利権となる可能性があるのだ。各国の思惑が渦巻く話し合いには多くの時間が必要とされる。
それを超える事態が起これば可能性がないとは言えないが、現時点でそれは起こっていない。
鑑定メガネは、ダンジョンアイテムの詳細を調べることができるアイテムだ。
ミケが持っているタブレットに表示される説明よりは若干劣るが、アイテム名やその特性、情報などを知ることのできる便利なアイテムである。
ゲームと違い、そのアイテムを取得しただけでその効果などがテキストとして表示されることはない。
ダンジョンアイテムは地球の常識が通じない効果を持つ物が少なくない。
それを調べようとすれば科学的、そして非科学的など様々な見地からのアプローチを試みるしかなく、そこには膨大なパワーが必要となるのは明らかだった。
鑑定メガネがあればそれらを全て省くことができる。
もちろん別途、その裏付けとなるアプローチは続けられるだろうが、とりあえずそのアイテムを有用に使うことはできるようになるのだ。
ただこの鑑定メガネには1つの問題があった。
「鑑定メガネ、高いんだよなぁ」
「5千万DPはちょっと躊躇するニャ。ガチャ箱10万回分だからニャ」
画面に表示された5千万DPの表示を眺めながら、2人はそろって腕を組んだ格好で首をひねる。
鑑定メガネによって得られた情報が一般に周知されるならよいが、それを得た者に秘匿でもされたら目も当てられない事態になるのだ。
もちろん今のミケたちが保有しているDPにはかなりの余裕がある。1つ2つそうなったところでポイントが枯渇することはないが、それだけのポイントがあれば攻略に有用なアイテムを大量に出せることを考えれば、無計画にばらまくことはありえなかった。
「とりあえずここにいても結論は出ないだろうし、偵察がてら渋谷ダンジョンに行ってみるか?」
「そうだニャ。現場を見ればいいアイディアが浮かぶかもしれないニャ」
渋谷ダンジョン探索時に結構な時間を費やしたのにも関わらず結論が出なかったことを思い出し、タクミはそう言ってミケに向き直る。
ミケはタブレットをとじて1つ息を吐くと、その首を縦に振ったのだった。
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