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第3話 猫さん、オタクになる

 その三毛猫は退屈しきっていた。ひょんなことから永遠ともいえる生を過ごすこととなり、それこそ数えきれないほどの世界を見てきた。

 自らの意思では計り知れないほどの力を持った神と呼ばれる存在たちの余興の1つの駒。

 世界にダンジョンをばら撒き、その勝者にその世界を統治させるという趣味の悪いゲームを、面白くさせるための存在に過ぎないのだと猫は自認していた。


「次はこの世界において神の選抜を行う。1年の猶予期間の間にこの世界への造詣を深め、この世界に立つ神へ至る道を模索せよ」


 姿の見えない何者か、神と呼ばれる存在の仰々しい言葉を受け、他の候補者たちが散っていくのをやる気なさげな瞳で猫は見つめる。

 先ほどまで他の候補者からぶつけられていた侮蔑の言葉や視線にも猫は慣れきってしまっており、面倒くさい以上の感情を覚えることはなかった。

 どうせいつもどおり自分は最初に負ければいいだけなのだ。神になる気などさらさらない猫にとって、この1年はただの時間つぶしの意味しかない。


「近いからあそこでいっか」


 まるで宝石のようにも見える青と緑の惑星を眺めていた猫は、眼下の大きな海の近くにある小さな島に目をつける。

 広い大地のほうが基本的にダンジョンを作るのに適しているので、こういった小さな島を選ぶ者はまずいない。

 他の候補者とかち合うと面倒なことになることを経験上知っている猫は、その島の中でどこか時間を潰せそうないい場所はないかとふわふわと上空を漂っていた。


「んっ? この星にも猫耳の人がいるんだ」


 猫の視界に飛び込んできたのは、猫耳や犬耳をつけた若い少女たちが愛嬌を振りまきながらチラシを配っている姿だった。

 その他の場所ではあまり猫耳をつけた人は見かけなかったが、特に差別をされていたりするようには見えない。むしろ一部の人々にはとても好意的に見られているようだった。


「もうあそこでいっか。ホテルも近くにあるみたいだし、どうせほとんどは寝てるんだし」


 そんな適当な理由で滞在場所を決めた猫は、その艶やかな毛並みが自慢の前足で頬をかくと降下を始める。そして人気のない路地裏に降り立つと、その姿を渋みのある初老の男に変えた。

 その姿を選んだのは、女だったり、年若い男や老人だとトラブルに巻き込まれやすいことをこれまでの経験上猫が知っていたからだ。


 男に姿を変えた猫は路地を出てしばらく歩き、入口の両側に生えた木の間を抜けて、四角い縁取りが特徴的なホテルに向かってゆったりと歩いていく。

 おしゃれな楕円状のバーカウンターの横を、猫耳を生やしたおじさんが歩く姿は奇異ではあったが、それを咎める者はこの秋葉原にはいなかった。





 そして11か月後……


 猫は地球に、いやもっと厳密にいえば様々な界隈のオタク文化に染まりきっていた。


 漫画、最高!

 アニメ、最高!

 小説、最高!

 ゲーム、最高!

 映画、最高!

 動画、最高!

 演劇、最高!

 カフェ、最高!

 その他諸々、もうなにもかも最高!


 退屈と長い間隣人であり続けた猫にとって、この娯楽に溢れた地球という星は、これまで見てきたどの星よりも魅力的で、その胸を躍らせる場所だった。


 もちろん猫がこれまで見てきた世界の中に娯楽が存在しなかったということはない。

 だがこれほどの量の娯楽が身近にあり、そして容易に手に入れることができる世界はなかったのだ。


 ベッドに寝転がりながら、猫は動画の音を耳に入れつつ、お気に入りの漫画のページをめくる。その漫画を読むのはもう何度目になるかわからないが、何度読んでも面白いものは面白いのだ。

 漫画の最終ページまで満喫した猫は、起き上がると漫画を丁寧にとじてサイドテーブルに置く。


「はぁ、満喫した。早く次の単行本出ないかなぁ。本誌も追ってるけど休載が続くと心がもたないんだよね」


 1日も早く回復しますようにと祈りをこめながら軽く正拳突きの真似をした猫は、笑いながらその体をベッドに倒して大の字になる。


「でもこの生活も残り1か月か。あぁ、今回ばっかりはもっと長く準備期間があればよかったのに」


 この世界をよく知るため、候補者たちは神からその国で生活するのに十分以上の金銭が渡されている。

 どうやって製造したのか、偽造にならないのかなど疑問点はあるが、問題になったことは一度もないので、渡された通貨があることが正しいことになっているんだろうと猫は理解していた。


 猫の場合で言えば1日10万円。十分すぎるほどの原資を持つ猫にとって、安全で食事も美味しく、趣味を満喫できるこの環境はまさしく天国と言ってよかった。

 だがそんな時間は永遠には続かない。先ほど準備期間が残り1か月であるという通告が神からされたのだ。

 それは今の楽しい生活が終わりを告げるということに他ならなかった。


「あーあ。まだまだ読みたい漫画も、見たいアニメもあったのに。教えてもらったおすすめ映画も全部見ることが出来ていないし、2か月後には推しのライブも、他にも……」


 猫の頭には次から次へとやりたいことが浮かんでくる。

 この世界を楽しむために、1年という期間はあまりに短すぎた。そして今猫が知るもの以外にもきっと世界中に楽しいことがたくさんあるんだろうとわかっていた。

 だが1か月後ダンジョンが現れてしまえば……世界は変わる。


 もしかしたらあの漫画の作者さんがモンスターに襲われ死んでしまうかもしれない。世界の混乱のせいで、待ちわびていた企画がなくなってしまうかもしれない。

 流通が滞るようになったら、これまでのように気軽に娯楽を手に入れられなくなるかもしれない。

 もしかしたら、もしかしたら……最悪の想像ばかりが猫の頭をよぎる。


「嫌、だな。うん、絶対に嫌だ。私はこの世界を変えたくない」


 幾多の娯楽が生み出され、そしてこれから作られ続けていくこの世界を守りたいと猫は強く願った。

 それは長い生を過ごすようになって、初めて猫が抱いた強い感情だった。


「どうしよう、どうしたらいい?」


 これまで幾多のゲームに参加してきた猫だったが、そのほとんどを最初に負けて離脱してきたため、ゲームに関する知識は他の参加者に比べて圧倒的に劣っている。

 なんとなく最後のほうにまで残るメンツの顔はぼんやりと覚えているものの、そいつがどういったダンジョンを作って、どんな風に他のダンジョンを侵略していったのかわからないのだ。


 相手のとる手段が大まかにでもわかっているなら対策を考えるのは容易だ。もちろん相手にとってもそうなのだからそこまで簡単な話ではないだろうが、情報の価値はかなり重い。

 そして猫にその情報がほとんどない現状、かなりのハンデがあると言っても過言ではなかった。


「現状は私が不利。でも私には皆の知恵がある」


 猫はそう呟いて身を起こすと、動画再生していたタブレットを止め、フリック入力で「ダンジョン おすすめ」と検索する。

 そして並んだ検索結果の上位から順に片っ端からサイトを開き、参考になりそうなことが書いていないかを自分の記憶と重ね合わせながら確認していく。


「地球の皆、私に知恵を分けてくれ」


 某有名漫画のセリフをもじったセリフを言って心を落ち着けながら、猫は真剣な表情で画面を見つめ続けた。


挿絵(By みてみん)

お読みいただきありがとうございます。


現在新連載ということで毎日投稿を頑張っています。

少しでも更新が楽しみ、と思っていただけるのであれば評価、ブクマ、いいねなどをしていただけると非常にモチベーションが上がります。

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