第27話 公開処刑
タクミの家のリビングにある椅子に腰掛け、ぷらぷらと足を揺らしながらミケはテーブルに体を預けてだらけていた。
ミケの姿は現在最初にタクミの前に現れたときの子どもの姿であることもあって、その様子は可愛らしくも見える。
つつつーと机に指を滑らしながらため息を吐く、という行動は全く子供らしくはなかったが。
「はぁー、暇ニャ」
コチコチと進む時計の針を眺めながら、ミケは再び深い溜息を吐いたのだった。
タクミが出ていった日、遅くても深夜には帰ってくるだろうと考えていたミケは、買い出しに行ったあとタクミからリクエストのあったカレーを作ってずっと待っていた。
しかし全然タクミは帰ってこず、仕方なく新しく増やす階層の奥の方にドロップ確率の高い食材系のモンスターを配置したりして時間を潰していたが、それが終わって日が昇ってもタクミは帰ってこない。
これは相当なトラブルになったんだろうな、と予想しつつ、仕方がないのでその日、つまり昨日、ミケは男として秋葉原で過ごしていた時期に集め、貸し倉庫に預けておいた漫画などのコレクションを回収してダンジョンに運んで過ごした。
タクミに見られないように隠し扉を作ろうかと一瞬悩んだミケだったが、たとえ作ったとしてもタブレットにはそれが表示されてしまうことにすぐ気づく。
「まあ普通の部屋でいいかニャ。入っちゃダメって書いておけばタクミ様なら見ないだろうし」
タクミにオタク道の基礎を教わったミケは、その考えをちゃんと理解していた。
人の趣味には触れてはならない領域があるということをタクミは理解している。
タクミの場合は本棚の奥の一部分だったり、パソコンな内部に隠されており、それを持つからこそ他人の領域を侵すようなことをタクミはしないのだ。
「んー、ついでにタクミ様用のコレクション部屋も作っておくかニャ。あとは出てきたアイテムとかを飾っておく保管庫とかもほしいニャ」
もろもろを考えたミケは、ベッドのある最初の部屋に新たな扉を設置し、その奥に通路を作成してその両側にいくつかの部屋を配置していく。
そしてそのうちの3つの扉に『タクミ様の部屋』『ミケの部屋』『アイテム保管庫』と書かれた札を掲げると満足そうにうなずきながら尻尾を揺らす。
「アイテムはタクミ様のアイテムボックスに入れれば問題ないけど、やっぱり飾ってこそって気がするからニャ。まあ内装とかはタクミ様が帰ってきてから2人で考えるニャ」
そう決めたミケは、自分の部屋の中に入ると本棚などを設置し、回収したコレクションを整理したり、休憩がてら読み込んだりして時間を潰して過ごした。
だが結局、その日もタクミが家に帰ってくることもなかったのだった。
そして今日。
朝ごはんを食べることもなく、ミケはずっとだらだらとリビングで過ごしていた。流れるテレビのニュースが、大勢の人々が渋谷のダンジョンに集まっている様子を伝えている。
ダンジョンがこの世界に現れて初めての週末なのだから、それは当然なのかもしれない。
対応している警察官が走り回る姿をぼーっと眺めながら、「ご愁傷さま」とミケは他人事のように呟きその顔を反対方向のキッチンへ向けた。
今この状況で新しい階層が発見されれば、そしてそこで宝箱などが見つかればそれがとてつもなく大きなニュースになるのは間違いない。
今後の構想を考えればそうすべきだとミケは理解していながらも、その指がタブレットに伸びる様子はなかった。
新しい階層はタクミと2人で作り上げた初めての階層だ。それを出現させるときはやはりタクミと一緒がいい。その気持ちが勝っていたのだ。
「はぁ、カレー寝かせすぎちゃってるニャ」
冷蔵庫から冷凍庫に移動させられたカレーのことを考えながら、ミケがぷらぷらと足を揺らす。
ある程度の制限はあるが、姿を自由に変えられるミケはその時々、気分によってそれを変えていた。
だがなにも必要のないときにはこの16歳くらいの子どもの姿であることが多い。その理由はなんとなく落ち着くから、というものだったが。
その柔らかくぷにぷにの頬をぺたっと机にくっつけるミケの耳には、相変わらずダンジョンのことを垂れ流すニュースの音が聞こえている。
しばらくして渋谷ダンジョンの前で行われていた中継が切り替わり、東京駅周辺を行く人々に対してリポーターがダンジョンに関する質問を浴びせていく。
対応した人々の答えは、怖いや面白そうなど様々であったが、それはどこか他人事のようにミケには聞こえた。
「まあそれはそうだニャ。今の自分の生活を壊してまでダンジョンに向かうのはよっぽどの変わり者だけニャ」
そんな感想を漏らしながらも、ミケはテレビのほうを見ようとはしなかった。
必要だと思うから情報は耳に入れているが、はっきりと見てしまうとタクミがいないことへのイライラが溜まってしまうことに気づいていたからだ。
皆が普通の答えをするからか、テレビ的に面白いコメントを得ようと少し焦りの見えるレポーターが次の獲物を探して近づいていく。
そこにいたのはヨレヨレのスーツを身にまとった、いかにも社畜と言わんばかりの目の死んだ男だった。
「失礼ですが少しお時間よろしいですか?」
「えっ、ああ。はい」
「この度、渋谷にダンジョンが発見されました。あなたはダンジョンについてどう思われますか?」
差し向けられたマイクに男は少し言葉を詰まらせたが、ゆっくりとその口角が上がっていく。
なんとなく聞き覚えのあるような声にピクリと動いたミケの耳に、続けてその声は届いた。
「伝説の言葉を引用するなら、乗るしかない、このビックウェーブに! って感じですね」
これまでと違うダンジョンに対して前向きなコメントにレポーターが嬉しそうに身を乗り出すのと、ミケがバッとテレビに顔を向けるのは同時だった。
テレビに映っていたのはタクミだった。その姿はいかにもボロボロではあったが、その顔はとても楽しげだ。
「ということは、あなたもダンジョンに行くつもりですか?」
「もちろんです。もうダンジョンを専業にして、今の仕事なんてやめてやりますよ。今から電話かけますけど聞きます?」
「えっ、いいんですか?」
ぐっと、親指を立ててそれを肯定したタクミをカメラは映し続ける。
それはそうだろう。こんな面白い映像が撮ることのできる機会なんて早々ない。しかも本人の許可もあるのだ。
カメラの前でタクミは画面がバリバリのスマホを取り出し、少し操作に苦労しながら電話をかける。そして少しの呼び出し音の後に、不機嫌そうな男の声が聞こえてきた。
「俺だ。トラブルは解決できたんだろうな!」
「いちおう元の状態には戻しました。しかし工場を稼働できなかったことによる損失は請求させてもらうとのことです」
「はぁ、お前どういう謝りかたしたんだよ! そこを言いくるめて会社に損害を与えないようにするのが役目だろうが。本当に使えねぇな。今回の責任は全部お前だからな。当然減給、ボーナスはなしだ! 覚悟しとけ!」
想像以上に緊迫した様子にレポーターが顔を引きつらせる中、タクミはただ楽しそうに笑っていた。
そしてカメラに向かって歯を見せて笑うと、大きく息を吸った。
「新人のミスの後始末をした俺に全部押し付けようとするんじゃねえよ。差配したお前のミスだろうが! それなのに上司のお前が謝罪にも来ず、下っ端の俺が謝りに行けば先方の印象も悪いだろうがよ! むしろ向こうには同情されたわ!」
「なっ! なにを……」
「というか中年で口臭くて、加齢臭キツイくて、ハゲのくせに新人ちゃんに色目使ってんじゃねえよ! お前、今回のミスは俺に押し付けるから、自分に任せておけば大丈夫って言ったらしいな。良い上司アピールのつもりか? むしろ彼女どん引きしてたわ!」
怒涛のようにまくしたてるタクミの姿に、そばに立つリポーターが顔を引きつらせる。だがそれでもなんとか笑顔を保っているのはさすがにプロというところか。
そのやり取りがツボに入ったのか一部の撮影クルーの笑い声が漏れ聞こえたが、電話先の相手がそんな風に思うはずがない。
当然、次に聞こえてきたのは不機嫌そうな声ではなく怒声だった。
「貴様、上司にそんな暴言吐いてただで済むと思ってるのか!」
「暴言じゃなくて事実だろ。あーあ、なんでこんな奴が役職に……そりゃ失敗の責任は人に押し付けて、成功は自分の手柄にすれば経歴としては立派になるもんな。お前の無茶振りのせいでどれだけ下が疲弊しているのかなんて……」
「お前はクビだ! どれだけ謝っても許さん。戻ってきても、もう席はないからな!」
その怒鳴り声を最後にブツっと通話が切れ、ツーツーという電子音が静かに響く。
なんと声をかけるべきかと迷いを見せるリポーターに、タクミは晴れやかな笑顔を浮かべて向き直った。
「えっと、そのう」
「いやー、言いたいことを最後に言えてすっきりしました。会社もクビになりましたし、これで心置きなくダンジョンに行けますね」
「大丈夫なんですか?」
「会社都合で退職なんだから失業手当も出るでしょうし、ダンジョンでバリバリ稼いでやりますよ」
そう言ってカメラに向かって拳をタクミは突き出した。その口が小さく、なっ、ミケと動いたことに気づき、それを見ていたミケは腹を抱えて笑い出す。
「最高ニャ、タクミ様。これ絶対に新しいミームになるニャ!」
そして映像が切り替わり、スタジオのコメンテーターたちが浮かべる様々な表情やそれに続く意見を聞きながらひとしきり笑い終えたミケはタブレットを取り出す。
そして迷うことなくタブレットに新しい階層を表示させると、階段の部分をタップして浮かんできた『接続する しない』の片方へ指を向ける。
「じゃ、行くニャ。バリバリ稼げる新しいダンジョンの幕開けニャ!」
タクミから受け取った気持ちのままにミケは『接続する』のボタンを押し、そして渋谷ダンジョンに新たな階層が出現したのだった。
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