第26話 突然の呼び出し
「えっと、まあドンマイ」
「ううっ、絶対誰かが確率を操作してるニャ。運営、出てこいニャ」
「この場合の運営って神様なのか?」
ぺたんと地面に座り込み、天井に向かって吠えるミケを、タクミが苦笑いを浮かべながら見守る。
とはいえ最初に5連敗したときよりもミケは元気そうであり、タクミの顔には安堵の色が浮かんでいた。
ミケはひととおり吠えたあと、大きくため息をついてタクミを見つめる。そして伸ばされたタクミの手を取って立ち上がった。
「借り2つニャ」
「いや、別に1つでも……」
「それはダメニャ。ちゃんとルールを守ってこそゲームは楽しいニャ」
指を2本立て、有無を言わせぬ表情で宣言したミケの意見にタクミも小さく笑って首を縦に振る。
ゲーム好きのタクミにもその意見はよくわかった。バグ技単体を楽しむのは別にいいが、それを使って他者を圧倒するのはタクミとしては面白くともなんともないのだ。
タクミはゲームが好きなのであり、相手を打ちのめすのが好きではないのだから。
「さて、宝箱についてちょっと考えがあるから聞いてほしいニャ」
ミケはそう言ってタクミを見つめ、そして周囲にあるガチャ勝負によって得たアイテムを指し示す。
タクミもそれを目で追うが、そこには大小さまざまなアイテムが並べられていた。
最も高価なのは、タクミが最初に引き当てた『雷魔法』のスキルオーブだ。通常それを手に入れるために必要なのは100万DPであり、ソシャゲのガチャで言えばレジェンドレアクラスのアイテムが当たったようなものだった。
「最初はこのガチャ箱をそのまま設置するかと思ったんだけど……」
「あっ、ガチャ箱って名前にしたんだな」
「一番わかりやすいからニャ。でも今やってみてちょっとそれはもったいなさすぎるって思ったニャ」
「もったいない? いや別にこれだけ良いものが出るなら、俺達にとっては……あぁ、そういうことか」
ミケの言葉を繰り返す途中で、なにかに気づいたタクミは言葉を止め、そしてミケを見つめ返す。
察しのよいタクミににやりと笑みを返しながら、ミケは言葉を続けた。
「ガチャ箱でいいものが出たのは、十中八九『幸運』スキルのおかげニャ。普通に設置しても最初の私みたいにそれ相応のアイテムが出て終わりニャ」
「だが勇者を育てようとしている俺達にとって、それは望ましくない。『幸運』スキルを持った俺達がガチャ箱を引けば少ないコストで希少なアイテムが得られる。そしてそのアイテムを空箱に詰めて設置すれば、普通にガチャ箱を設置するのの何倍もの効果が見込めるってこと、だよな」
タクミが続けた言葉に、ミケは力強くうなずく。
実際木のランダム宝箱、通称ガチャ箱の設置にかかるDPは500。そして個別に選んで出したアイテムを詰めるための空の宝箱にかかるDPは200。
つまりガチャ箱から出たアイテムを宝箱に詰めて出そうとすれば700DPかかるということだ。
それは差分の200DPを超えるアイテムをガチャ箱から出すことができるならば、より効率的に勇者を育てられる可能性があるということになる。
通常であればそれは現実的ではない。
ガチャ箱から出てくるアイテムのほとんどはそのDP相応の物だからだ。しかし、『幸運』スキルによってその前提は覆る。
「そうニャ! 私はリアルラックが低かったのか少ししか効果がなかったけど、タクミ様が引けば収支はプラスになる可能性は高いニャ」
「まあ今回はたまたま運が収束しただけかもしれないけどな。次にやったらミケが圧勝する可能性だってあるし」
「くっ、その慰めが今の私にはきついニャ」
悔しそうにしながらミケが顔を背ける。だがその言動にはどこか余裕が感じられた。
タクミはそんなミケの様子に一安心し、そして同時にくっ殺騎士とかもいいよなぁ、とあらぬことを妄想していた。
ミケに頼むお願いの1つはこれにしてもいいんじゃないかと真剣に考え始めるタクミに、ミケは再び顔を向ける。
「とりあえず仮説が正しいかしばらくデータを集めながら様子を見るニャ」
「おっ、いいね。攻略サイトを作っているみたいだ」
「あと、これとは別にレベル1ポーションはある程度ばらまこうと思っているニャ。需要は高いはずだから早く取引できる市場を作らせるにゃ。それができれば良い収入源になるはずニャ」
「あー、なんか栄養ドリンク代わりに飲んでて麻痺しているけど、瞬時に傷が治る魔法の薬だもんな。ダンジョンに行かない層も欲しがるだろうし。しかしどのくらいの値段になるんだろうな?」
「さあ?」
ミケが出した数本のレベル1ポーションを2人が見つめる。
レベル1ポーションの効果は、単純な骨折、ぱっくりと裂けた傷口などが瞬時に修復されるというものだ。
この効果がしょぼいと考えるか、素晴らしいと考えるかは個々によるだろうが、通常であれば治療にかかる時間を省き、傷口も残さずに治してみせる現代の医療とは段違いの薬であるのは間違いなかった。
「10万くらいはするんじゃないかニャ?」
「まあそんなもんか。最初は希少性で高くなりそうだけど、供給を続ければそのうち落ち着くだろうし。でも日本だと薬だと承認されるのに時間がかかりそうだよな」
「自分たちで作れない薬に承認手続きなんているのかニャ?」
「わからん。でも製薬会社から反発はあるかもなぁ。ある意味自分たちの仕事を奪うような薬なわけだし」
うーん、と2人は頭をひねるが、そもそもその業界に詳しいわけでもないタクミたちにそれ以上のことがわかるはずがなかった。
ただ2人はポーションがレベル10まであることを知っているため、レベル1ポーションの価値を低く見積もってしまっていたのだ。
それが医療界に与える影響力がどれほどあるのか、そして一般とは違う健康への価値観を持った人々がどれほど多いのか。それは2人の想像を遥かに超えていた。
「まっ、なんとかなるだろ。あっ、そうだ。もしポーションが売れるようになったら生活費とか趣味のお金の足しにしようぜ」
「豪遊ニャ!」
「ははっ、回らない寿司でも食べに行くか」
そんな呑気な会話を交わしながら2人はダンジョンの確認を終え、どうせなら人が集まるだろう週末に新しい階層を追加しようと決めた。
ダンジョンの出現はたしかにインパクトがある。しかし同時に多くの人々にとってそれは他人事でもあるのだ。
いつかモンスターが出てきて大きな被害が出る可能性があることを考えれば、より多くの人々を引き付ける必要がある。そのためには自衛隊や警察などに完全にお任せになってはまずいのだ。
「うまく有名な配信者とかインフルエンサーが宝箱を見つけてくれると良いんだけどニャ」
「まあなんとかなるだろ。さて、とりあえず土曜まではあと2日もあるし時間も中途半端だから買い出しにでも行くか?」
「そうだニャ。タクミ様の冷蔵庫、すかっすかだからニャー。肉とか野菜はドロップアイテムでいいけど、調味料系は補充したいニャ。夕ご飯のリクエストとかあるニャ?」
「うーん、じゃあカレーで」
「わかったニャ」
ダンジョンの階層を増やして本格的に人を呼び込むにはまだ時間的な猶予があるため、2人は楽しげにご飯の話などをしながら階段を登っていく。
そしてタクミの趣味部屋に戻ったミケは、その猫耳をピクリと動かし歩みを止めた。
「んっ? なにか鳴ってないかニャ?」
「なにも聞こえないが……」
「上の階からなにか震えるような音がするニャ?」
「震える音? あっ!」
なにかに気づいたタクミが慌てた様子で部屋を出て階段を駆け上がっていく。
ミケは不思議そうに首を傾げながらその後を追い、そして2階のタクミの部屋に着くとそこにはスマホを画面を見つめながら顔を引き攣らせるタクミの姿があった。
「いや、それはそうですが私は休みで……」
「はぁ? じゃあ顧客のことはどうでもいいってことなんだな。そんな責任感のなさでよく社会人やっていけるな」
スピーカーフォンの限界に挑戦しているかのような電話相手の怒鳴り声に、タクミとミケが顔をしかめる。
「すぐに会社に来い! いや、来なくていいから先方に直接出向いて謝罪と復旧をすぐにしろ! いいな、今すぐにだぞ!」
「いや、ちょっと待って……」
タクミの言葉を聞くことなく通話は一方的に切られ、呆然とした様子でじっとタクミはスマホを見つめる。
そしてぎゅっと拳を握りしめると、そのスマホがバキッと嫌な音を立てて抗議の声をあげた。
「うわっ、まずっ!」
慌てて力を緩めたタクミだったが、時すでに遅し。その画面はバキバキにヒビが入ってしまっており、電源はなんとかつくもののこのまま使うのはちょっと無理という状態になってしまっていた。
一部の画面が暗くなり、タッチやフリックもなかなかうまくいかなくなったスマホを眺めながらタクミが大きくため息を吐く。
「仕事関係、かニャ?」
「ああ。なんか昨日、保守点検を請け負っている会社のシステムにちょっと不具合が起きて、それでハゲ課長が新人を送ったらしい。で、そいつが作業した結果システム自体が全く動かなくなったんだとさ。バックアップもないみたいで戻せなくて、相手先はカンカン」
「タクミ様、関係なくないかニャ?」
ミケが話を聞く限り、失敗したのはその新人なんだし、少なくとも休みだったタクミに責任はないように思えた。
しかしタクミは静かに首を横に振る。
「そこの会社のシステムって古いやつでさ。保守関係は俺達の班が請け負っていたんだ。昨日はたまたま係長も先輩たちも他のメンテナンスで出払ってて対応ができなかったらしい。で、俺に連絡したけど繋がらず、仕方なく新人に任せたってわけ。ダンジョンに行く前に着替えたとき、スマホ置きっぱなしにして忘れてたわ」
「うーん、微妙な気がするけどニャ」
「まあそこが社会人の辛いとこだな。とりあえず急ぎで行ってくるよ。その会社の工場長とかには結構可愛がってもらってたし、なんとかなるだろ」
タンスに入っていたワイシャツとスーツを手早く身に着け、仕事用の分厚いリュックをタクミは背負う。
「いちおうこれ持っていくといいニャ」
「おっ、サンキュー」
手渡されたポーションに苦笑いを浮かべながら部屋を出たタクミは、玄関にあった年季の入った革靴を履いて振り返る。
そして心配そうに見つめていくるミケに笑みを浮かべ
「じゃ、行ってくるわ」
「いってらっしゃい。帰ったらすぐに食べられるように美味しいものを用意しておくニャ」
「楽しみにしてる。あっ、台所の引き出しにお金が入っているから買い出しにでも使ってくれ」
「了解。健闘を祈るニャ!」
ビシッと敬礼を決めたミケにタクミも軽く敬礼を返し、そしてタクミは戦場へと向かった。
ミケはその姿が消えてもしばらくその場を動かず、物言わぬ玄関扉を見続ける。
「なにも起こらないといいんだけどニャー」
くしくしと鼻をかきながらポツリと呟いたミケの言葉は誰に届くわけでもない。
ただその日からダンジョンの階層を増やすと決めた土曜日まで、タクミが帰ってこなかったことを考えれば何かが起きたことは確実だった。
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