第25話 ガチャ
趣味部屋からダンジョンに戻った2人は、さきほど作ったばかりのなにもない広場に戻る。
そこには倒したはずのトントンが佇んでおり、タクミの姿を認めるとすぐに攻撃体勢に入った。
「おっ、リポップしたのか。意外と早いな」
「でもさっき倒してから料理を作って、食事もしてだから1時間以上経ってるニャ。いつリポップしたかはわからないけど、そこまで早いということはないんじゃないかニャ?」
「それもそうだな。そういえば正確なリポップタイムは書いてなかったし、今度計測してみるか。リポップタイムの強化は10段階でとりあえず現状は最速にしてあるけど、もしかしたら数を多く配置したほうがお得になるかもしれないし」
そうこう言っているうちに転がってきたトントンを、タクミがスリッパで踏んで止める。
プキー! と怒りをあらわにするトントンをどう倒すべきかとタクミは少し考え、アイテムボックスに手を伸ばしてそこからナイフを取り出す。
それはタクミが初めて倒したモンスター、コボルトからのドロップアイテムのナイフだった。
腰を曲げたタクミは、その右手に持ったナイフをトントンに向けて振り下ろす。
わずかに凹んだ首筋にその刃は吸い込まれ、そしてビクリと最後に震えてトントンはすぐに動かなくなった。
光の粒子が宙に消えていき、そして地面に肉が残される。
「おっ、また肉が出たな。『幸運』スキルのおかげか?」
「かもしれないニャ」
トントンの肉を拾ってアイテムボックスにタクミが入れる。ミケは空中で消えていく肉を眺めながら少し首を傾けていた。
これまでの探索などで、タクミが倒したモンスターは50に近いが、それらがアイテムを落とした確率はおよそ30%程度。
渋谷ダンジョンで倒したコボルトを除けば、それは50%を超える。
ミケはタブレットを操作してシャドウブルの情報を呼び出し、その詳細を確認すると肉を落とす確率は25%と書かれていた。
「うーん、ドロップ確率が単純に倍になるということかニャ?」
タクミが得た『幸運』スキルの検証への考察をしながらミケはタクミに近づいていく。
こんなことをミケがしているのは、得られるスキルオーブに関してタブレットではそのスキルの詳細が得られないからだ。
先に出た『幸運』スキルを例に取ると、タブレットに表記されているのは『所有者の運に影響を及ぼし、その者をより良い運命へと導く』という具体性もなにもないふんわりとしたものだった。
「モンスターとかダンジョン関連は詳しいんだけどニャー?」
その情報の差異に違和感を覚えつつも、ミケはワクワクした目でこちらを見つめてくるタクミを見て考えるのをやめた。
なぜなら今から宝箱ガチャが始まるのだ。楽しむときは思いっきり楽しむ。それがミケの本質なのだから。
「よし、さっそくやろうぜ」
「いいニャ」
タクミに促され、少し表情をニンマリとさせたミケがタブレットを操作した。
次の瞬間、2人の周りを囲むように10個の木の宝箱が次々と現れる。
「おおー、10連!」
「ガチャといえばこれニャ。おまけと演出がないのが残念だけどニャ」
「あー、たしかに確定演出とか欲しいよな」
「うーん、木の箱に紛れて金の箱とかを出せば擬似的にはできるニャ。でも自分で操作しても嬉しくないしニャー」
「わかる」
宝箱に囲まれながら、2人はうんうんとうなずきあう。
レアキャラやレア装備などが得られた満足感がガチャにないというわけではない。
だがそれが人々を惹きつけてやまないのは、信じられないほどの低確率を乗り越え、幾多の有象無象の中でそれを引き当てた瞬間の高揚感。瞬時に脳汁がブシューと吹き出す体験こそがその源であると2人は考えていた。
「よし、じゃあ行くか。せーので行く? それとも交互にするか?」
「私もいいのかニャ?」
「だって半分はミケのものだろ。2人で稼いだDPなんだし」
タクミが開ける瞬間を見守るつもりで、それだけでも楽しみだったミケがきょとんと動きを止める。
その反応に不思議そうにしながら、タクミは自然にそう言ってミケにも開けるように促した。
ミケの顔がとても柔らかく、嬉しそうなものに変わり、その美しさに思わずタクミは目を奪われる。
「じゃあ行くにゃ。どうせなら一緒に開けるニャ。タクミ様には負けないニャ」
「……お、おお。こっちは『幸運』のスキル持ちだぞ。そんなこと言って大丈夫かよ」
「ふっ、三毛猫は幸運の証。リアルラックの違いを見せつけてやるニャ。負けたら相手の言うことを1つ聞く、ということで勝負ニャ!」
「三毛猫が幸運なのは雄だった気がするが……まあいいや。勝負を挑んだことを後悔させてやるよ!」
ビシッと指を突きつけながらフラグにしか思えないセリフをのたまうミケに、タクミもノリノリで悪い顔をして応じる。
そして2人は全く見分けのつかない木の宝箱を真剣に吟味し、そしてそれぞれ1つの宝箱の前に立った。
「これニャ。この子が私に開けてくれとささやいたニャ!」
「神は言っている。その宝箱はレアではないと」
「タクミ様のほうこそレアじゃないニャ!」
シャー! と尻尾と耳毛を逆立てるミケに余裕の笑みを返し、タクミが宝箱に手をかける。
ミケも宝箱の蓋へと手をやり、2人は顔を見合わせると
「「せーの」」
掛け声に合わせて同時に宝箱を開いた。
ミケの眼の前にあったのは緑の液体の入った1本の瓶。とても良く見覚えのあるそれは、最近では栄養ドリンク代わりになっているレベル1ポーションだった。
「くっ、最低保証ニャ! タクミ様は……へっ?」
「これって、オーブだよな?」
信じられないような顔で見つめてくるタクミの手の上には、水晶球のような透明な球が載せられている。
ゆらゆらと揺らめく黄色の炎を内包したそれは、まごうことなきスキルオーブだった。
「なんでニャ!」
「いや、なんでって言われても……『幸運』スキルのおかげとしか」
「しかもそれ、『雷魔法』のスキルオーブニャ。なんで500DPのガチャで、100万DPのアイテムが当たるニャ!?」
「さあなぁ」
だんだんと悔しげにミケは足を踏み鳴らすが、それで現実が変わるわけがない。
ただのレベル1ポーションと『雷魔法』のスキルオーブ。どちらが勝利したのかは誰の目にも明らかだった。
ミケはしばらく悔しそうにしていたが、周囲に残った8つの宝箱を見回し冷静さを取り戻す。
「まだあと4回勝負があるニャ。1勝くらい譲ってあげるニャ」
「なんかさらっと勝負方法が追加で決められた気がするな」
タクミの本当に冷静なツッコミに、ミケの表情がわずかに固まる。しかしそれをすぐに振り切ってミケはタクミに指を突きつけた。
勝負は真剣にやってこそ楽しいのだ。そして勝てばもっと楽しい。
この1年の地球の生活で得たミケの経験は、その心にしっかりと根づいていた。
「さあ、次の勝負ニャ!」
「まあ、いいけど」
2人は再び宝箱を吟味し、そして同時に開けていく。
「なんでニャ!」
「あんまりニャ!」
「これは。これなら勝て……なんニャ、その剣は!?」
悲痛なミケの叫びを部屋中に響かせながら2人の勝負は続いていき、最後に選んだ宝箱を開けたミケの目に入ってきたのは、見慣れた緑の液体の入った瓶。
もはや声をあげる気力もミケには残されていなかった。
「おーい、ミケ。オレも最後はポーションだったぞ」
気遣わしげな顔をしながら緑の液体の入ったポーションを持ってきたタクミへ、ちらりとミケは目をやる。
タクミの手にはたしかにポーションが握られていた。握られていたのだが……
「……ニャ」
「んっ?」
「それはレベル2ポーションニャ。瓶の蓋に『Ⅱ』って書かれているニャ!」
「えっ、マジで?」
握った瓶をタクミがまじまじと眺めると、ミケの言った通り蓋には『Ⅱ』と書かれていた。
最後は引き分けだな、と慰めに行ったつもりがトドメを刺していたことに気づき、気まずそうにするタクミの眼の前で、ミケは猫耳を折り、尻尾を床に落としたまま沈黙していた。
言うまでもなく勝負はタクミの勝ち。
というより全てタクミのほうが良いアイテムを引き当てるという、圧勝というしかない結果に終わっていた。
圧倒的すぎる勝利に、掛ける言葉を探すタクミの前でのっそりとミケが動き出す。
ミケはタブレットを操作してある項目をタップすると、その目の前に透明な球が現れる。
その『幸運』のスキルオーブにミケは手を伸ばすと、躊躇することなく使用してタクミを見上げた。
「ふふっ、ふふふふっ。これで条件はイーブンニャ! ハンデ戦はもう終わりニャ!」
「いや、まあいいんだが。なんというかミケって勝負事で身を崩しそうだよな」
「違うニャ。これもちゃんと考えがあってのことニャ! タクミ様との勝負に惨敗して悔しいとかは、ちょっと、ほんの爪の先ぐらいはあったとしても、それは些末なことニャ」
「めっちゃこだわってるし」
「いいから、もう1回勝負ニャ」
ミケの勢いに押され、タクミは周囲に現れた10個の宝箱を使用したガチャ勝負に再び挑む。
そして物欲センサーの影響のせいか、再び普通に5連敗したミケの悲しげな鳴き声が部屋に響き渡ったのだった。
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