第23話 新しい階層づくり
スライドした画面に表示されたのは、真っ白な画面であり、その右3分の1にはダンジョンに関する様々なテンプレートが表示されている。
元々の渋谷ダンジョンと同じ洞窟型のものや、まるで外であるかと錯覚してしまいそうな草原や森といったフィールド型、変わり種では武家屋敷のような廊下と部屋が続くものまである。
それぞれの右下には基礎DPが表示されており、そこに書かれた数字はピンからキリまで様々だった。
タクミが選んだレンガの壁のオーソドックスなダンジョンは比較的安いDPであり、ミケは迷わずそれをクリックする。
「とりあえずDPを指定して、オート作成でいいニャ?」
「だな。こだわるのはまた別の階層を作るときでいいし」
「わかったニャ」
ミケはポップアップしてきたウインドウに1千万DPと入力すると、『オート』と書かれたボタンをタップする。
ほんのわずかな空白の後、画面に現れたのはまるで迷路のように複雑な形をした広大なダンジョンだった。
「元のダンジョンよりかなり広くね?」
「まあ初期配布のDPすべてをダンジョンの基礎に使えばこのくらいになるニャ。普通はここに暗闇とかの環境を加えたり、モンスターとかトラップを配置したりするからニャー」
「それもそっか。じゃあじゃんじゃんモンスターを配置していこうぜ」
「わかったニャ」
右サイドに表示されていたダンジョンのテンプレートを消し、新たに呼び出したモンスターリストをスワイプして2人はダンジョンにモンスターを配置していく。
「やっぱ入口付近は定番のスライムだろ」
「ポイントで強化してリポップ速度は最大にしておくニャ」
「いいねぇ。でもキャパ的に大人数来たらやっぱり対応できないよな。モンスターの取り合いで揉めたりしそうだ」
「そうなったら階層を増やすニャ。難易度はそのままで、環境やモンスターを変えておけば自然とばらけると思うニャ」
「トラップのみの階層とかも面白そうだよな。あとは階層ごとに宝箱の傾向を変えたらうまく分散できるかも」
「それいいニャ」
2人は楽しそうに話をしながらぽちぽちとモンスターを配置していく。
画面下部に表示された作成にかかるDPの数字がどんどんと積み重なっていくが、それでもまだ1千1百万DPに届いていない。
2人が出している最弱のモンスターであるただのスライムの配置DPは10であり、リポップ速度最大にしたとしても100DPしかかからないのだ。
どれだけタップしても増加量は微々たるものだった。
「そういえばモンスターのドロップアイテムのリストって見られたっけ?」
「たしか……ああ、ここニャ」
ミケがスライムの項目をタブルタップすると、画面に大きくスライムが表示される。
そして下矢印を押すと、そこにはスライムを倒したときに得られるドロップアイテムとその確率が表示されていた。
「おっ、スライムってアイテムボックスのスキルオーブを落とすのか!? えっと、千、百万、十億……いや2百億分の1って実質無理じゃね?」
「まー、スライムだからニャ」
「ポーションでも1万分の1か。うーん」
腕を組みながらタクミが考え始める。
スライムのドロップアイテムとして設定されているのは3つ。スライムジェル、ポーション、スキルオーブ(マジックボックス)だ。
タクミには正体不明のアイテムである最も出やすいスライムジェルでもその確率は2百分の1。かなりの幸運の持ち主でなければドロップアイテムを得ることはできないだろう。
「適性のある奴を探すなら、多くの人に来てもらわないとだめ。経験上、強くなった実感もすぐには得られないし、継続的に来てもらうためにもなにかしら報酬は欲しいよな」
「ダンジョンでお金を稼げるようになれば専業の人も増えるだろうしニャ。うーん、宝箱を増やすニャ?」
「いや、設置すれば後はDPがかからないモンスターと違って、宝箱は毎回DPがいるからな。出来ればドロップアイテムでなんとかしたい」
タクミがスライムの詳細画面をフリックして元の位置に戻し、その下に並んだ各種モンスターをダブルタップしては詳細を見ていく。
ゴブリンなどといった定番の弱めのモンスターがずらりと並ぶ中、タクミは1つのモンスターの詳細画面でその手を止めた。
そこに表示されているのはまるで蚊取り線香を入れるもののように丸々とした形をした豚型のモンスター。
「トントンか。50%の確率でアイテムをドロップすることと豚をかけているのか?」
「うーん、どうかニャー」
あいまいに笑うミケから視線を戻し、タクミが情報を熟読していく。
トントンというそのモンスターの初期配置DBは5百。ゴブリンやコボルトとほぼ同じであり、リポップ速度を最大にしたときはスライムと同様にその十倍、5千DPが必要になる。
攻撃手段はその丸い体を回転させての体当たりであり、攻撃、防御、魔力、素早さ、賢さの五角形で示されるその強さはスライムよりはまだまし、といった程度だった。
ただ特筆すべきはそのアイテムドロップ率。タクミは画面に表示された文字を確認し、笑みを浮かべる。
トントンの肉 2/5
トントンの上肉 1/10
スキルオーブ(食い溜め) 1/10,000,000
それぞれのアイテムについてそれごとにドロップ判定があり1度に複数のアイテムが落ちる可能性があるのか、それとも単純にどれか1つか選ばれるのか。
それによって多少確率にはズレが生じるが、いずれも50%に近い確率でアイテムが落ちることに変わりはない。
「なあミケ。こいつってどのくらいの強さなんだ?」
「うーん、情報を見た限りだとコボルトより全然弱いニャ。ただ私も実物を見たことはないから、一度戦ってみるニャ?」
「おっ、いいのか?」
「大丈夫ニャ」
作成途中のダンジョンを一時的に保存して消すと、ミケは今いるタクミ家のダンジョンを呼び出す。
そして今いる部屋の隣に1辺40メートルの正方形の部屋を作成すると、その部屋と自分たちがいる部屋を通路で結びつけた。
その瞬間、何もなかった白い壁に突如として扉が現れ、その不可思議な光景にタクミは思わず「おー」と驚きの声をあげる。
「あとは、トントンを隣の部屋に設置して。よし、これで大丈夫ニャ」
「こんな風にダンジョンって現れるんだな。なんというか実にファンタジーな光景だ」
「まあ実際ファンタジーだしニャ。で、武器はどうするニャ?」
「うーん、とりあえずあれで」
タクミが指さした部屋の隅に置かれていたのは、使用感のある中華鍋と新品の包丁だった。
このダンジョンが出現したときに、タクミが用心のために持ってきた装備一式であり、それが残されたままになっていたのだ。
「タクミ様の冒険の初期装備ニャ」
「うーん、考えてみると中華鍋に包丁ってかなりピーキーなキャラだよな。でも一般家庭にあるもので武器と防具って考えるとこのくらいだろ。鍋のふたよりはましだろうし」
「中華鍋はなかなか家にないと思うニャ」
「えー、中華鍋くらいあるだろ」
そんなくだらない話をしながら2人は立ち上がり、包丁と中華鍋を手にしたタクミを先頭に先ほどできたばかりの木製の扉へと向かっていく。
そして扉を開けて短い通路を抜けると、なんの装飾もない広々とした空間が現れた。
その中央で2人を待ち受けていたのは、体調60センチほどのピンクの丸っこい豚のモンスター、トントンだった。
トントンはタクミの姿を認めると、その前足を踏んで小さく音を立てる。
そして体を上に跳ね上げさせたかと思うと、その体を空中でぐるぐると回転させて再び地面に戻ってきた。
キュッと地面の擦れる音とともに、トントンの体がタクミに向かって突撃を始める。だがその速度は小学校低学年の50メートル走くらいの速さしかない。
30メートルほど離れたタクミにたどり着くのは数秒後になるだろう。
「とりあえず中華鍋で受けてみるか」
大学時代には愛用していたが、最近はとんと出番がなくなっていた中華鍋を地面につけ、その後ろに隠れるようにしてタクミがトントンがぶつかる衝撃に備える。
トントンは中華鍋を避ける様子もなく、タクミに向けて愚直に進み、そしてゴイーンと大きな音を立てて中華鍋にぶつかった。
「プキィ!」
回転が止まったトントンが、その体をふらつかせながら声をあげる。
まるで、そんなもので防御するなんて卑怯だぞ、とでも言わんばかりに悲しそうな鳴き声を聞きながら、タクミはもにょっとした表情を浮かべ、ミケのほうを向いた。
「いや、弱すぎじゃね?」
「まあ500DPで配置できるモンスターなんてそんなものニャ。高低差のあるフィールドに設置して上から転がせば多少マシなんじゃないかニャ?」
「なるほど、使いようってことか」
ミケの説明に納得しながら、タクミが持っていた包丁をトントンに突き刺す。
流れ出す赤い血に一瞬動きが鈍ったタクミだったが、その一刺しですぐに絶命したトントンは光の粒子となってその姿を消した。
そして地面に残されたのは、どこか見覚えのある正体不明の包みにくるまれた肉。
「おー、豚肉ゲットニャ」
「百グラムくらいか? 結構少ないな」
「まあ弱いモンスターからのドロップなんてそんなもんじゃないかニャ。で、どうするニャ?」
「とりあえずトントンは配置してみるわ。他にも良さそうなモンスターがいないか調べてみたほうが……」
そう話していたタクミのお腹が、クゥーと音を立てて抗議を始める。
ダンジョン造りに夢中になっていたがすでに午後1時を過ぎており、徹夜でダンジョン探索をしてまともな朝食さえ食べていない状況では、それは当然のことだった。
「ニャハハ。豚肉と牛肉が手に入ったことだし、食べ比べしてみるニャ。私はお昼ごはんを作ってくるから、タクミ様は引き続きダンジョン作成を頼むニャ」
「了解。しかしモンスタードロップの肉か。本当に大丈夫なんだよな?」
「大丈夫なはずニャ」
アイテムボックスからシャドウブルのドロップした肉を取り出してミケに渡したタクミは、楽しげに尻尾を揺らしながら去っていくミケの後ろ姿に一抹の不安を覚える。
だが同時に、ファンタジーな食事に対する期待ももちろんあり、少し複雑な表情をしながらミケに続いて部屋をあとにしたのだった。
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