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オタクになったダンマスは勇者を育てたい  作者: ジルコ


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第22話 やめたいけどもやめられない

 ふにゅんとした柔らかい感触と温かさを感じながら、タクミはゆっくりとその目を開ける。


「どこだ、ここ?」


 見上げた天井は小さいころから見慣れた木目ではなく、一面少しくすんだオフホワイトのものだった。

 寝起きで動きの少し悪い頭がゆっくりと回り始めるなか、タクミは腕に感じる温かい感触を確かめるように視線を移す

 そこにはタクミの腕を抱き枕代わりにして抱え込んだまま眠っているミケの姿があった。


 ミケの体の大半は毛布に包まれているが、タクミの目線からはそのすべすべとした肩や、タクミの腕を包み込む豊かな二つの丘がちらちらと見えている。

 普段のタクミからすれば色々な場所に血が集中するのに余りある光景ではあったが、眠る前に大放出したおかげで半ば賢者モードとなっているタクミは素直に綺麗だなという感想を抱くだけだった。


 きめ細やかな三色の髪を、そしてその整った顔立ちをタクミはまじまじと見つめる。

 自分の隣に裸の女が寝ている。しかも想像したこともなかったほどの美人で、猫耳の生えた美女が。


挿絵(By みてみん)


「昔の俺に言ったら、妄想乙、で終わりだっただろうな」


 自由な左手でミケの髪を優しく撫でながら、タクミは小さく笑った。

 タクミとて男だ。そういった方面に興味津々だったし、タクミをオタクの道に引きずり込んだ一因がエロ関係だったのは疑いようのない事実だ。


 どんな感じなんだろうと想像し、仲間内で盛り上がったりはしたが、タクミはその性欲を自分だけで発散させ続けてきた。

 むろんタクミは二次元だけではなく、ちゃんと三次元の女にも興味はあった。綺麗だな、いいなと思った人が今までいなかったということもない。

 だが、それでもずっと恋人さえいなかったのは……


「正直、なに話していいのかわかんないんだよな。何考えているのかよくわかんないし。というか社会人になってからは出会いさえほぼないんだけどな」


 タクミが勤めているのは大手メーカーの子会社で、システムなどのメンテナンスを担当する部門だった。

 その職種柄、社員の8割以上は男性で占められており、同年代の女性はいないでもないがタクミの知る限りすでに彼氏や旦那持ちである。

 メンテナンスの訪問先での出会い、という可能性もなきにしもあらずなのだが……


「本当にCOBOLとか少し触れますなんて言うんじゃなかったよな。いや、でもミケと出会えたことを考えるとそうでもないのか?」


 すやすやと眠るミケの顔を眺めながら、タクミは苦笑いを浮かべる。

 COBOLは1959年に開発された事務処理用のプログラム言語だ。可読性が高く、データの正確性や処理性に優れていたことから過去には多くの基幹システムで利用されていたプログラム言語である。


 現在ではほぼ使われることがなくなったが、一時代を築いたプログラム言語であると言っても過言ではないだろう。

 それは令和に突入した現在でも、COBOLによって動いているシステムがまだまだあることから言っても間違いはない。

 間違いはないのだが、動いているということはそれをメンテナンスする必要があるという意味でもあるのだ。


 プログラム言語を現役で扱っている人の中で、COBOLを扱える人材はなかなかいない。

 なぜならそれは、今のプログラムの常識からすると禁忌と非効率を詰め込んで煮込み、なんで正常に動いているのかすら理解に苦しむ糞コードの塊であること珍しくないからだ。

 昔を知る部長や課長クラス、もしくはメンテナンスのために育てられた1部の人間だけが触れるプログラムの深淵の一部。それがCOBOL沼だった。


 会社で情報部門の部署に勤め、若干パソコンオタク気味だった父の影響とオタクのたしなみとして、少しだけタクミはCOBOLに触れたことがあった。

 そして新入社員として配属された部署で、不用意にその話題を口にしてしまったのだ。

 タクミとしては懐かしい父との思い出くらいの軽い話だったのだが、あれよあれよという間に担当を移され、新たな生贄として沼に引きずり込まれてしまったのだ。しかも元の仕事も持ったままで。


 COBOLが使われているのは歴史ある銀行や工場なども多い。一番若い社員が40代という恐ろしいところもあるくらいだ。

 そして本格的にプログラムをいじるとなると、会社が稼働していない時間に行うことも少なくない。

 そもそも基本的にはパソコンとにらめっこするのだから、訪問先で出会いなど望むべくもなかった。


「そういや明日からまた仕事か」


 時計のないこの部屋で今の時間はよくわからなかったが、お腹の空き具合から考えても昼を少し過ぎたくらいかと考えたタクミが盛大なため息をついてぽつりと呟く。


「あー、行きたくねぇ」

「そんなに嫌ならやめたらどうニャ?」

「悪い。起こしちゃったか?」

「そりゃあ、そんなに大きなため息を吐かれたら起きるニャ」


 少し気まずそうな顔をするタクミに、タクミの真似をしてため息を吐く仕草をしたミケがくっつきながらはにかむ。

 重なる面積が増え、柔らかさに包まれたタクミは表情を緩めながらも首を横に振った。


「辞めるのはさすがになぁ。同僚に迷惑がかかるし、なによりお金も必要だしな。ミケが増えた分も稼がないと」

「食料ならDPで出せるニャ。水もダンジョンの拡張でカバーできるニャ。お風呂ももう作ったしニャ。これはまだだけどキッチンとかも作れるニャ」

「もうなんでもありだな、ダンジョン。でも貯金が減っていくだけってのは精神的にきついぞ。趣味にも使いたいし。それに辞めるにしても最低限今詰まっているタスクをこなして、引継ぎはしないと」

「本当に真面目だニャー」


 こてっと首を曲げながらミケが身を寄せる。そして誘惑するようにタクミの足に自分の足を絡めながらミケは妖艶にほほ笑んだ。

 しっとりとした温かい肌の感触、なにより自分とは違う甘い香りがタクミの鼻をくすぐり、もうどうでもいいんじゃないかという誘惑の悪魔にそそのかされそうになりながらも、タクミは理性でそれに打ち勝つ。


 無茶振りするハゲの上司は嫌いだが、働く同僚たちとはそれなりに仲良くやっているのだ。今年入ってきて皆で色々と教えている新人の女の子(ただし恋人あり)もいる。

 いきなり辞めて彼らに迷惑をかけるわけにはいかなかった。


「ちょ、ちょっとシャワーでも浴びてくる。汗もかいたし」


 逃げるようにベッドから慌てておりたタクミの様子に、ミケはニャハハハと楽しそうに笑う。

 そして……


「シャワー、一緒に浴びるニャ?」

「……今はやめとく」

「わかったニャ。じゃあまたの機会を楽しみにしておくニャ」


 口を三日月にして笑いながらミケが手をひらひらと振る。

 その動きに合わせてプルプルと揺れる何かから目をそらし、タクミはお風呂だと思われる扉へと向かって歩いていった。

 一緒に入ればよかった、と少し主張をし始めた節操のない自分の息子に少し呆れながら。





 シャワーを浴びてさっぱりし、精神的にも落ち着いたタクミは用意されていたバスタオルで体をふき、新しい服に着替えながら笑みを浮かべた。

 そして部屋に戻ったタクミは、以前はクリスタルがあった場所に備え付けられたテーブルでタブレットを操作していたミケに声をかける


「着替えありがとな。ミケはお風呂いいのか?」

「タクミ様が起きる前に一度入ったニャ。そして二度寝を決め込んだニャ」

「二度寝って気持ちいいよな」

「わかるニャ。とーってもよくわかるニャ」


 力強くうなずくミケに笑いかけながら、タクミがその隣に腰を下ろす。

 そしてミケが操作していたタブレットに目をやると、そこに映っていたのはアリの巣のような渋谷のダンジョンの全景図だった。


「今ってどんな状況なんだ?」

「この赤い点が入っている人間ニャ。で、こっちの白い点がモンスターニャ」

「案外進んでないんだな」

「まあ暗いしニャ。本格的に調べるとしたら装備や体制づくりとかも含めてしばらくかかるんじゃないかニャ?」

「それもそうか」


 赤い点が動いているのはまだまだダンジョンに入ってすぐの辺りばかりだ。

 渋谷のダンジョンは暗闇に包まれたダンジョンである。探索するとすればそれなりの装備が必要になるし、そもそも日本は人命を何よりも優先する傾向にある。

 この日までに攻略しないと甚大な被害が出るというようなことでもない限り、危険を冒してまで積極的に攻略に向かうというのは考えづらかった。


「とりあえず適当にスキルオーブとレベル1のポーションは配置しておいたニャ」

「おっ、サンキュー。しかし探索していた時から思っていたが、このダンジョンって勇者を育てるには現状あまり向いてないよな。それなりに装備を整えないとまともに探索できないし」

「そうだニャー。まあダンジョンとしてはそれが普通なんだけどニャ」

「それもそうか。ダンマス系のダンジョンだもんな」


 肩を寄せ合いながらタブレットをのぞき込み、2人は議論を続ける。

 ダンジョンを攻略してくれる勇者を育てるという目標を考えれば、現状の渋谷ダンジョンの状況は決して良いとは言えないものだった。

 そもそも今この時も他のダンジョンは着々と育っているのだ。それを攻略する人材を育てるためのダンジョンが攻略しずらく、成長に時間がかかるなんて愚の骨頂である。


「じゃあ予定通り、新しい階層の作成ニャ」

「よっしゃ。滅茶苦茶オーソドックスなタイプにしようぜ。やっぱ壁はレンガっぽいやつだろ」

「いつの時代のオーソドックスニャ」

「レトロゲー好きのロマンなんだよ。それに今どきのゲームでもまだ出てくるし、廃れてないってことは魅力的ってことだろ」


 拳に力をこめて力説するタクミの姿を見つめながら、ミケは柔らかな表情を浮かべてタブレットをフリックした。

お読みいただきありがとうございます。


現在新連載ということで毎日投稿を頑張っています。

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― 新着の感想 ―
先年工場閉鎖で失職した客先のバリバリのハード屋が50過ぎで鉄鋼大手に再就職を決めたのですが、ソレもCOBOL時代のプログラマー経験を評価されての事でした。 「職場ジジイしか居ない」そうです。
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