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オタクになったダンマスは勇者を育てたい  作者: ジルコ


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第20話 振り回される者たち

 渋谷警察署交通課に所属するその男は、せっかくの休日をだらだらして過ごし、あぁ、もう休みが終わってしまうと夕方になって嘆くいつものルーティーンをしようとしていた。


挿絵(By みてみん)


 ベッドにごろりと寝ころんでショート動画を見ていた男だったが、その頭に神を名乗る何者かの声が響く。


『汝らに試練を与える。我はこの世界にダンジョンを創造した。それに挑むものは人としての位階を上げることが可能だ。それを望む者を阻むことは何人たりとも許されん。愚か者、怠け者には罰が下される。さあ人の子らよ。この試練を乗り越え、新たな世界へと進むのだ』

「と言われてもね」


 異常すぎる状況だったが、彼の反応と言えばむくりと体を起こしてツッコミをいれるくらいだった。

 男がいるのは渋谷警察署の男性単身者が住む寮だ。周囲がざわついていることからこの言葉が自分以外にも聞こえたんだろうと男は推測する。


「なんか嫌な予感がする」


 久々に覚えた生来のくせ毛がちりちりとする感覚に顔をしかめながら、男はベッドから抜け出して着ていた『明日から本気出す』と書かれたTシャツを脱ぎ捨てる。

 無駄のない鍛えられた肉体を全身鏡で確認した長身の男は、少しだけ笑みを浮かべると干してあったタオルを手に取り洗面所に向かった。


 男が洗面所で顔を洗っていると、そばに置いておいたスマートフォンがピコンと音をたてる。

 それに目をやった男は、単身寮に住む警察官のグループチャットに投稿された一文を見てため息を吐いた。


「あー、貴重な休日が」


 そこに書かれていたのは非番の警察官に招集命令が出されるようだという、寮の先輩からのメッセージだった。

 あとで正式に連絡は来るだろうが、その一報だけで動くように男は習慣づけられていた。

 こうやって招集命令が出されるのは別に特別なことではない。大きな事件や交通事故などが起きれば休みでも普通に呼ばれるのが警察官という職業だからだ。

 アイロンをかけてハンガーに干しておいた制服に身を通し、わずかな時間で身支度を整えると、男は自分の姿を鏡で確認し部屋を出ていく。


「相澤!」

「おう。伊藤もいたのか。ジムはいいのか?」

「今日は回復日だ」


 相澤と呼ばれたその男に声をかけてきたのは、廊下を歩いていた小柄な男、伊藤だった。

 頭半分ほど相澤より小さい伊藤だが、体を鍛えることが趣味としており、その体は冷蔵庫のように分厚い。

 にこりと白い歯を見せて笑うその姿は、正しくゴリマッチョに違いなかった。


 同期で仲の良い2人は、廊下を並んで歩きながら話し始める。


「これって絶対に、あの声が言ってたダンジョン関係だよな。人としての位階を上げれるっていう」

「たぶんな。なんか嫌な予感がするし」

「嫌なこと言うなよ。お前の予感、警察学校時代からよく当たるんだし」


 鍛えることが大好きな伊藤は位階を上げられるってどういうことなんだろうと嬉々として話していたが、相澤の言葉を聞いて露骨に顔をしかめる。

 警察学校時代、相澤の予感はかなりの精度を誇っていた。先輩による抜き打ち検査、予定にない突然の訓練、せっかくの休日でたまの外出できる日なのに嫌な予感がすると言った相澤を置いて出かけた結果、運悪く出先で会ってしまった面倒な先輩に面白くもない場所を連れまわされ、お金だけ消費させられたこともあった。


「プロテインの神よ、俺の筋肉を守りたまえ」

「筋肉で守るんじゃないんだな。まあ俺たち下っ端が早々巻き込まれることはないだろ」


 そんな気休めを言いながら、2人は寮を出て渋谷警察署に向かい、そこで渋谷区文化総合センター大和田に向かい警戒任務にあたるように指示を受けたのだった。





「なあ相澤、下っ端が巻き込まれることはないんじゃなかったのか?」

「知らん。文句を言うならダンジョン侵入を防ごうとすると天罰を下してくるイカレた神に言え」

「イカレって。お前マジで天罰が下るぞ」


 真っ暗な洞窟を懐中電灯で周囲を照らしながら、相澤と伊藤はペアを組んで警らしていた。

 2人がなぜそんなことをしているのかと言えば、自ら望んでダンジョンに突入していった一般人の捜索のためだ。


 通行人からの通報で発見された渋谷区文化総合センター大和田にできた大穴がダンジョンであると判明し、警察上層部が下した判断は周辺の警戒及び入口の封鎖だった。

 これは事件、事故にかかわらず警察の初期対応として一般的なものであり、これまでの常識に従えばそれで当面は問題ないはずだった。


 だがここで1つ問題が起こる。

 大穴がダンジョンであるという噂が広がった結果、その穴に突入しようとする動画配信者が現れたのだ。


 その配信者はダンジョンの実物の映像と、侵入しようとするのを阻む警察官とのやりとりをわざと映してバズを狙う、半ば炎上系のような者だったのだが、その男の侵入を阻もうとした警察官が突然雷に打たれたかのように体を硬直させ倒れたのだ。

 倒れた警官を救護に向かう警官たちの横をすり抜け、配信者はダンジョンの突入を試み、それを防ごうとする警察官は次々と倒れていった。


 結果としてその動画配信者は勝手に中に入っていってしまった。周辺に幾多の警察官が倒れ伏す光景をしっかりと撮影したうえで。

 相澤と伊藤が現場に到着したのは、まさにそんな惨劇が起こった直後だった。


 臨時で用意されたテントの屋根の下で、床に倒れ伏す先輩警察官の姿に2人は顔をひきつらせる。

 そして現場に残っていた警部補から事情の説明を受け、伊藤と相澤を含む5人で組んでダンジョンに突入した一般人の救助を指示されたのだ。


 ダンジョンにはその配信者だけでなく、そのどさくさに紛れて入っていった一般人もかなりいるらしく、その詳細な人数は不明。

 どんな場所をどうやって捜索するかは現場で判断するしかないという、本当にそれでいいのかというような行き当たりばったりの指示だった。


 もちろんその指示は警部補の独断ではなく、やりとりをしていた渋谷署の上層部の判断だ。

 警察が手をこまねいているうちに一般人が死亡しました。なんていう醜聞を防ぐためだとはわかっているが、俺たちの安全は? と突入を指示された5人は思わざるをえなかった。


 ダンジョンの中は暗く、足場もごつごつとして良くないため、明かりがなければまともな行動などできそうにない。

 スマートフォンの明かりだけを頼りに入り口付近にたむろしていた数人を確保し、1人を外に出るよう説得する役として残した相澤たちは、懐中電灯と警棒を手にダンジョンを進んでいった。


 その途中で転んで足を痛めてうずくまっていた男を発見保護し、さらに2人が彼を連れて入口に戻っていく。

 そして残されたのは相澤と伊藤の2人だけ。そして最初に入っていった動画配信者は未だ見つかっていなかった。


「相澤、お前子供のころゲームとかやってた?」

「まあ人並には」

「俺もだ。ダンジョンって良いレベリングの場所で、装備やアイテムを見つけたり、ギミックを解いたりして楽しかったよな。でもそれが現実になると、こんなに怖いんだな」

「安全も確保されてないしな。ただ今のところは暗いだけの……警戒、右前方!」


 懐中電灯の光に映ったわずかな影の揺らぎに、相澤が鋭い声をあげる。

 同時に反応した伊藤が動かした懐中電灯は、その揺らぎの主を正確に捉えていた。

 二足歩行の犬顔の生物がまぶしそうに目を細める。身長1メートル弱、4歳児程度の大きさのその生物は、鋭い犬歯を見せながら舌を出して荒い息を吐いていた。

 その手には刃渡り15センチほどのナイフが握られており……


「伊藤」

「ああ、血だな」


 そのナイフに着いた赤黒い液体と、同色に染まった体毛に2人は持っていた警棒を握りなおす。

 その瞬間、跳ねるような動きでその生物は2人に向けてナイフを振り上げながら迫ってきた。


「相澤、明かりを」

「おう」


 警棒を前に出し、半身になった伊藤はその生物と相対する。剣道有段者であり、警棒術の成績もよかった伊藤の強さを相澤はよく知っていた。

 その生物が突き出してきたナイフを持つ手の甲を、伊藤は鋭く警棒で叩く。

 カランカランとナイフが地面を転がっていき、それに視線を奪われるその生物の胴をそのまま伊藤は打ち据えた。その動きはまるで流れる水のように自然なものだった。


「はい、確保」


 地面に倒れこんだその生物の腕をひねり上げ、その手頸に伊藤は手錠をかけていく。

 両手を手錠で拘束され、地面に押さえつけられているにもかかわらず、その生物はうなり声をあげながら激しく体を動かし抵抗を続けていた。


「人面犬の逆バージョンって感じだな。これがダンジョンにいるモンスターか?」

「たぶんな。で、どうする。引き返すか?」


 落ちていたナイフを拾いながら聞いた相澤に、伊藤は首を横に振ってその提案を拒否する。


「血の主を探そう。そこまで遠くはないはずだ」

「了解。とりあえずそいつは足にも手錠をつけてここに置いておこう。こいつの力ではちぎれないみたいだしな」


 そう言って相澤は自分の腰のベルトから手錠をとると、その生物の足にかけて身動きが取れないようにした。

 背中側で両手を拘束され、そのうえ足まで拘束されればまともに動けるはずがない。

 2人は少し離れたところで、芋虫のように地面でうごめき続けるその生物を確認し、奥へと進んでいった。


 そして2人が襲撃に備えながら慎重に歩くこと数分。通路の奥でスマートフォンの小さな明かりがぼんやりと照らしていたのは、血の海の中で倒れ伏す1人の男の姿。

 その背中にはいくつもの刺し傷が残されており、その首はぱっくりと切り裂かれていた。

 これで生きているはずがない。はっきりと断言できるほどの惨状がそこには広がっていた。


「予想していたこととはいえ、きついな」

「状況を聞く限り自業自得だが、まあ叩かれるのは警察だろうな」

「仕方ないさ。サンドバックは期待の証って言うしな」

「誰のセリフだよ、それ」


 殺されて間もないため、腐乱臭などは特にしない。凄惨ではあるものの、肉片が飛び散るような現場でもない。

 警察官として2人が働き始めて2年と少し。そこまでで得た経験が、人の死という非常事態においても冷静さを保たせていた。


 転がっていたスマートフォンを相澤が拾い、淡々と持ち主の死を映し続けていたカメラを停止させようと指を伸ばした瞬間、それは起こった。

 2人の目の前で、先ほどまであったはずの配信者の死体が消え失せたのだ。いや死体だけではない、そこにあったはずの血だまりも、配信者が持っていた配信用の自撮り棒も、着ていた服や脱げかけていた靴まで一切合切がなくなっていた。

 残ったのは相澤が直前に拾ったスマートフォンだけ。


「相澤?」

「大丈夫だ。映像に残っている、はずだ」

「頼むぜ。もしそれがなかったら、俺たちの頭がおかしくなったと思われるぞ」

「なんにせよ一度報告に戻る。捕まえたあの犬のモンスターの処遇についても判断を仰がないとだめだしな」


 まだ見ぬ奥地に不気味さを感じながら、2人は入口に引き返していった。

 自分たちが確認した信じられない事実と、それを成した地球上にいるはずのない生物を見せるために。

お読みいただきありがとうございます。


現在新連載ということで毎日投稿を頑張っています。

少しでも更新が楽しみ、と思っていただけるのであれば評価、ブクマ、いいねなどをしていただけると非常にモチベーションが上がります。

よろしければお願いいたします。

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