第18話 ミケの本心
自分の胸に抱きつくようにしてすやすやとした寝息をたてるタクミの姿をしばらく眺めていたミケだったが、これはもうしばらく起きそうにないと判断しゆっくりとその身を離していった。
幼子のように少しむずがるような声をあげるタクミの様子に笑みを浮かべながら、ミケはするりとベッドを抜け出す。
タクミが家に帰ってくるまでに急いで用意したダンジョンの1階層。以前はクリスタルがあるだけだった地下空間は、クイーンサイズのベッドや本棚などが置かれた隠し部屋のような姿に様変わりしていた。
いずれもダンジョンのDPを使って用意されたものであり、クイーンサイズのベッドには疲労回復効果が、本棚には保存性を高める効果が付与されている。
「これで大丈夫かニャ?」
健やかなタクミの寝顔を見つめ、ミケは安堵の息を吐いてぐぐっと背を伸ばす。
そのしなやかな肢体が天井の明かりに照らされ、その身に残る赤い跡が煽情的な印象を強くしていた。
ミケは心配していた。もしかしたらダンジョン攻略がタクミに深い傷を残してしまうのではないかと。
もちろんそうならないように注意はしていた。真剣になりすぎないように茶々を入れ、本質的には殺し合いというべきものの中に、あえて戯れを入れてそれをぼやかした。
そのおかげもあってか、タクミの様子は普段と変わっているようには見えなかった。
しかしダンジョン攻略を果たし、興奮状態が収まってしまえばどうなるかミケには判断できなかった。
だからこそもしそうなっても上書きできるようにと、今回の裸エプロンを計画したのだ。まあタクミ自身が新妻プレイを望んだ、ということもあったが。
「うーん、ちょっとシャワーを浴びないとダメそうだニャ。あー、でも上のシャワーだとDPが溜まらなくてもったいないし、やっぱりダンジョン内に作るしかないニャ」
タブレットをポチポチと操作し、ミケがダンジョンに拡張する部屋として新たにお風呂を選択する。
それは着替えをする洗面所も含めて3坪ほどの広さしかなかったが、それにかかるポイントは3千万DPと膨大であった。
「ダンジョンに関係ない施設は高いからニャー。でも必要な投資ニャ」
えいっとボタンをミケが押すと、ベッドの対面の壁に扉が現れ、その奥に新たに洗面所とお風呂が拡張される。
ミケはタブレットを手で振って消すと、軽い足取りで扉を開けて中に入っていく。
作成されたお風呂はかなり広々としたユニットバスタイプの物であり、今の大人の大きさのミケでも余裕で足を伸ばして全身がつかれるほどの大きさをしていた。
ミケはハンドルを上げてシャワーに切り替えると、壁にかかっていたシャワーについたボタンを押す。
シャワーから出てきた少し冷たい水がミケの火照った体を洗い流していく。
ミケは気持ちよさそうにしながら全身を、特にぬるぬるとしたところを念入りに手で洗っていった。
「うーん、ボディーソープとかシャンプーも欲しいところニャ。でもニャー、DPで買うのはもったいないニャ」
今自分が洗い流しただけでおそらく数億DP入ってくるだろうことはミケも承知していた。
しかしたくさんあるからと言って無駄遣いをし続ければ、いつか歯止めが効かなくなって本当の目的が達成できなくなってしまう予感がミケにはしていた。
「気持ちいいからニャー」
タクミとの情事を思い出し、ミケが思わず自分の胸に手を当てる。自分で触っても特になにも感じないのだが、タクミが触るとちょっと違うのだ。
元来ミケは楽しいことが好きであり、快楽的な方面にも好奇心旺盛だった。だからこそオタク文化にどっぷりとはまったのだが。
地球に来て薄い本などでそういった知識をミケは豊富にため込み、実際どんな感じなんだろうと考えたことはあった。
しかし男の間にそれを経験することはなく、いつものミケの姿に戻って初めてタクミとそういうことをしてみたのだが、その気持ち良さは想像をはるかに超えていたのだ。
触れられる気持ち良さだけではない。自分の体に興奮し、そして喘ぐタクミの姿。それを見るとミケは全身にゾクゾクとした不思議な感覚が走り、それがまた得も言われぬ喜びと気持ち良さを増幅させる。
だが……
「本番をしたらもっと気持ちいいのかニャー?」
そんな妄想に夢を膨らませながら、ミケはボタンをそしてシャワーを止める。
水滴がつつっと滑らかな肌を流れていき、そしてその指先からぽとりと地面に落ちた。
これまで2度、タクミと体を重ねたミケだったが、最後の一線を越えることはなかった。
それは本番をしたらポイントが入らないのではないか、という仮説があったからだ。
昔の盗賊の男の経験から、ミケは本番をしてしまった場合はダンジョンに男の精子が落ちて死んだとしてもポイントが入らないのではないかと考えていた。
なぜならいきなりポイントが入ったエルフの女以外にも、きっと男の精子がダンジョンに落ちたことはあったはずだからだ。
その違いはなにかと考えると、その一連の行為において本番をしていないということがキーになっているとミケは推察したのだ。
ただまだ確証ではなかったため、ミケはタクミに協力してもらって色々と試してみるつもりだった。
そして本番をしない1回目の後、無事にポイントが入ったことによってその推察はかなりの確度をもつことになった。今回も増えればさらにそれは上がるだろう。
ダンジョンの今後を考えれば本番はするべきではない。ミケの理性はそう言っている。
もし一度本番をしてしまったらポイントの計算式が変わってしまうかもしれない。
それ以後に本番をせずにミケがタクミに精子を出させたとしても、ポイントがもらえなくなっている可能性はあるのだ。
そうなってしまえば、ミケがタクミの相手をすることはできなくなってしまう。
最悪サキュバスなどの人型でそっち方面のモンスターもいるため方法がないわけではない。
代償に高いDPを払うことにはなるが、それをはるかに超えるリターンを得られることがわかっているのだ。それは現実的な方法ではあった。
「でも、それはなんか嫌ニャ」
これまでの長い猫生で抱いたことのないもやもやを振り切るようにミケは頭をブルブルと揺らす。
瑞々しいその体についていた水滴が床に落ちていき、ミケの物憂げな表情や艶やかに揺れる肢体に別れを告げる。
しばらくそうしていたミケだったが、ふぅ、と息を吐いて心を落ち着かせると、わずかにその顔に笑みを浮かべた。
「まあタクミ様の大事なものを奪うわけにもいかないしニャ。ここは我慢ニャ」
もっともらしいセリフで自分の心に浮かんだよくわからない感情を無理やり抑え込み、そして……
「あっ、タオル忘れたニャ」
自らの失敗に今更気づいたのだった。
DPを消費してオートクリーン機能をつけたバスタオルを、これは今後のことを考えた必要経費だと自分を説得してミケは手に入れた。
それを体に巻き、ベッドですやすやと眠るタクミの横でミケはタブレットを操作し始める。
その画面に映されたのは、渋谷ダンジョンの全体図。アリの巣のように張り巡らされたダンジョンには100を超える数の赤い点と、無数にうごめく白い点が存在していた。
赤い点のほとんどはいくつかのグループになって固まって動いており、ときおりダンジョンを出入りしている。
「まあ最初はこんなものだよニャー」
赤い点、ダンジョンに入っている生物の印を眺めながらミケは腕を組む。
バスタオルによって隠されているが、その行為によって持ち上げられた双丘の谷間がすごいことになっていた。
ただそれに喜ぶ人は、ミケの隣ですやすやと眠りについていたのでなんの結果ももたらさなかったが。
ダンジョンができたとしてもいきなり中に入ろうとする人はそこまで多くないだろうというのがミケの予想だった。
その響きは幾多の人々の心を惹きつけるだろうが、別の見方をすれば危険な生物の生息するよくわからない場所なのだ。
そこに明確な利益があるとわからなければ、わざわざそこに入ろうとするのは治安維持の一環として動く警察などの公務員、もしくはバズ狙いの配信者、あるいは夢と現実の区別がついているのかあいまいな命知らずくらいだろう。
実際、赤い点の中にはダンジョンに入ってすぐに出てしまう者も多い。好奇心につられて来た野次馬なんだろうなと思いつつミケはタブレットを操作し始める。
「とりあえず計画通りスキルオーブは最初にばらまくかニャ。魔法系を主にして、あとは拘束系のスキルもいくつか入れておくかニャー。他にはレベル1のポーションを適当に混ぜればいいかニャ」
そう言いながらミケはポチポチとタブレットを操作し、固まった赤い点の近くに手に入れたスキルオーブやポーションを宝箱として設置していく。
まだ赤い点はダンジョンの8分の1にも到達していない。相手にしているモンスターはコボルトだけだろう。
「今はこれくらいで大丈夫かニャ。あとはタクミ様と一緒にわいわいやりたいし。反応が出てくるまでちょっと私も眠るニャ」
ふぁー、と眠たげなあくびをしたミケは、身に着けていたバスタオルを座っていた椅子の背もたれにかけると、タクミの眠るベッドの中に潜り込み、嬉しそうな顔で目をつぶったのだった。
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