第17話 ご褒美
なんとか元の姿のまま入口に転移したタクミは、再び猫に戻ったミケを抱いてダンジョンを出る。
既に周囲は明るくなり始めており、少しひんやりした空気が2人の体をなでていく。
ダンジョンの周辺には相変わらず警戒と周辺の交通整理のために警官が立っていたが、朝早くだからか入るときはあれほどいた野次馬たちは、片手で足りる数まで減っていた。
あれだけ壁にぶつかったし光学迷彩スーツが壊れてないかな、とタクミはちょっと不安になっていた。
しかしスーツは問題なくタクミの姿を消しており、誰に見つかることもなくタクミは警察の規制線を越えると徒歩で渋谷駅に向かって歩いていった。
そして到着した渋谷駅のトイレに入り、光学迷彩スーツを脱いだタクミは無地の白シャツにジーパンといういつもの格好に戻る。
「ふぅ、やっと日常に戻ってきたって感じがするな」
「タクミ様は律儀だニャー。そのまま電車に乗ればタダなのに」
「いや、さすがに無賃乗車はな。鉄オタの知り合いもいるし」
タクミの返答に笑みを浮かべながら、ミケもその体を変化させる。
20代前半と思われる若々しい女の姿に変わったミケから顔をそらしながら、タクミはアイテムボックスから取り出したジーパンと黒シャツを手渡す。
「ちゃんと体は毛で覆っているから、そんなに恥ずかしがる必要はないニャ」
「いや、でもなぁ」
ちらりとミケのほうに視線をやったタクミが、すぐさまその視線を再びそらす。
裸は駄目だというタクミの言葉に従い、ミケは人間になってもその全身に白や茶、黒の毛で覆っている。だから肌色が見えるということはない。
だが、大人状態である今、その出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだスタイルの良さは、猫の体毛程度で隠せるものではなかった。
「ケモ沼に引きずり込まれそうなんだが」
「ニャハハハ。タクミ様も業が深いニャ」
今までのタクミのケモ娘のストライクゾーンは、普通の人間に猫耳だったり尻尾がついている、アニメやコスプレなどでよく見る姿の辺りだった。
しかし今、全身猫の毛で覆われたミケの姿に、惹きつけられる自分をタクミは認識していた。
簡単に言えば、より深いケモ沼に足を突っ込み、今まさにさらに奥地へとひきずられている最中だった。
見ない、でも見たい、と葛藤するタクミの姿に笑いながら、ミケは渡された黒いシャツとジーパンを身に着けると体毛を引っ込める。
耳も尻尾もなくなり、人間らしくなったミケを見てタクミはほっとし、そしてほっとしたという事実の裏にあるものを考えないように首を振った。
「んじゃ、帰るか」
「そうだニャ」
個室のドアを開け、折よく人がいないことを確認した2人はそそくさとトイレから出ると、駅の構内を歩いていく。
その複雑な構造から、時にダンジョンと呼ばれる渋谷駅ではあるが、自分がどこの階のどの場所にいて、どちらの方角を向いているのかが把握できていれば迷うことはない。
「ミケ、頼んだ」
「本当のダンジョンは一発で目的地まで行けたのにニャー」
「渋谷駅は何回来ても迷うから、俺はもう諦めてる」
「それは胸を張って言うことかニャ?」
情けないことを堂々と主張するタクミの姿に、小さく笑いながらミケが先導して通路を進んでいく。
ミケとて渋谷駅に来たのは片手の指で足りるほどの回数だが、その歩みに迷いはない。
意外にも渋谷にはアニメ関連のショップや各種のゲームストアなどがあり、そのイベント目当てで秋葉原からミケは何度か渋谷に遠征していた。
最初は少しその複雑さに戸惑ったものの、ネットで有志が作った地図などを頭に入れてしまえば、方向感覚に優れたミケにとって渋谷駅はそこまで難しい場所ではなかった。
無事に改札までたどり着いた2人はJR山手線の内回りにのり、秋葉原でつくばエクスプレスに乗り換えてタクミの自宅のある守谷駅へと到着する。
8時少し前という中途半端な時間であるせいか道を歩いている人はそこまで多くない。守谷駅近くにあるショッピングモールの開店は10時なのでそのせいかもしれないが。
ショッピングモールを通り過ぎ、隣のコンビニに差し掛かったところでタクミが思い出す。
「あっ、そういや朝飯用のご飯炊いてないわ。しかたない、パンでも買って帰るか」
「別になにかぱぱっと……」
そこまで言いかけたミケは言葉を止めると、タクミを見て小さく笑みを浮かべる。
「ちょっと私は用事があるから先に帰っているニャ」
「パンはなんでもいいか?」
「タクミ様に任せるニャ」
「わかった。じゃ、これが鍵な」
家の鍵を受け取ったミケは、タクミと別れて1人家路を急ぐ。
そしてちらりと振り返り、何も気づかずにコンビニに向かっていくタクミの背中を見つめ、ミケはいたずら好きな猫らしく瞳をきらきらと輝かせるのだった。
「コンビニのパンって意外と高いんだよな」
思いのほか高かったパンの値段に少しダメージを負いつつも、まあダンジョン初踏破のお祝いと考えれば安いものか。いやそれがコンビニのパンってどうなんだ? などと自問自答しながらタクミは帰途についていた。
通いなれたいつもの道を進み、たどり着いた自宅の前で立ち止まったタクミの顔に自然に笑みが浮かぶ。
両親が田舎に行ってから、タクミは1人暮らしを続けてきた。
それを寂しいと思ったことはない。仕事で忙しく、家には帰って寝るだけということが多かったし、なんなら両親がいなくなった分だけ趣味に没頭できると喜んでいたくらいだ。
家事は少し面倒だったが、大学時代一人暮らししていたこともあり適当にこなす程度であれば問題なかった。
だが改めて家の前に立ち、中からなにやら聞こえてくる物音が示す家でタクミの帰りを待ってくれている人がいるという事実は、タクミの胸の奥に響くものがあった。
ただいま、と言えばお帰りと返してくれる人が待ってくれている幸せをタクミは感じていたのだ。
その想像を現実のものとすべく、タクミは一歩踏み出し玄関のドアを開けて中に入る。
「ただいま」
タクミが扉を開けた音で帰ってきたことに気づいたのか、パタパタという足音が近づいてくる。
そしてリビングに続く扉が開いた瞬間、タクミはぴしり、と凍りついた。
「タクミさん、お帰りなさい。ご飯にする、お風呂にする、それとも、た、わ、し?」
シンプルな緑のエプロンだけを身につけたミケが、片手にたわしを持ちながら笑顔でタクミを出迎える。
瑞々しい肌色が見え隠れする光景に目を惹きつけられ、意識を完全にもっていかれたタクミの手からぽとりとパンの入ったレジ袋が落ちた。
「……」
「えっと……、なんか言ってほしいんだけどニャ」
何の言葉もなくじっと見つめられ、徐々に頬を赤くしていたミケが少し恥ずかしそうに笑う。
その言葉に正気を取り戻したタクミはあわあわと手を振って話し始めた。
「いや、その、あの。いいと思います」
「ニャハハハ。なんで敬語なんニャ」
「いや、ちょっと予想外過ぎてな」
「タクミ様が言ったニャ。新妻プレイがしてみたいって」
「それはそうだが、裸エプロンはさすがに予想外だった」
少しぷくっと頬を膨らませて怒りを表現するミケに、タクミはぽりぽりと頬をかきながらそう答えた。
その視線はミケのしなやかなふとももやエプロンの脇からのぞく豊満な胸を行き来していた。
生物学的な本能になんとか抗おうとするタクミの理性だったが、その戦力差は圧倒的であり、それが崩壊するのは火を見るよりも明らかだった。
その視線に気づいたミケが笑みを浮かべ、息を吐いて少し間を開ける。そして柔らかな表情に切り替えたミケは再び新妻モードに入った。
「タクミさん。パンを買ってきてくれてありがとう。先にご飯にしますか。それとも……」
「ごめん、ミケ。この状況でお預けはちょっと無理」
「もう、仕方ないですねぇ。私は選択肢に入ってなかったんですけど、タクミさんだから特別に、ですからね」
ぞんざいに靴を脱ぎ捨てるタクミの姿にほほ笑んだミケは、タクミの腕をその豊満な胸で抱きしめるようにして包む。
そして2人は赤い顔をしたままタクミの趣味の部屋へと進んでいった。
この後、今回のダンジョン攻略で使用したDPを補うに余りあるポイントを吐き出し、タクミは柔らかい何かにその顔を包まれたまま心地よい眠りについたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
これはちゃんと理由のある行為です。何度も言いますが決して単なるエロではありません。
現在新連載ということで毎日投稿を頑張っています。
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