第13話 最後の砦
「えーっと。しかし、このダンジョンどれだけ続くんだ?」
どこかわざとらしく変わり映えのないダンジョンを見回したタクミが、恐ろしい炎上から話を逸らす。
ミケはそれに苦笑しながら応じた。
「うーん、初期ポイントを考えると、これで半分くらいは使っていると思うニャ」
「じゃあ残りは半分くらいってことか?」
「ここのダンマスはダンジョンの深さに応じて、最適なDPになるモンスターを配置しているから、半分は超えていると思うけどニャー?」
「ああ、そういえば初期位置に強いモンスターを配置するとDPが増加するんだっけ」
「そうニャ」
ただダンジョンの防衛という点を考えれば、モンスターをわざわざ倒させて人間を強くする必要などない。
入口に強力なモンスターを配置して、それに門番をさせれば相手は強くなることなく殺されるのだから。
しかしモンスターの配置には1つのルールがあった。
モンスターには適正なダンジョン深度が設定されており、強いモンスターほど深い場所となっている。
それを逸脱して、入り口付近の浅い場所に強力なモンスターを配置しようとすれば、通常のDPよりはるかに高いDPを支払う必要があるのだ。
ダンジョン運営が軌道にのり、余裕の出てきたダンジョンマスターであれば、それは1つの選択肢として入るかもしれない。
ただ初期配布である生体エネルギー、ミケの基準で言えば1千万DPという限られたポイントでそんな選択肢をとるのは、変わり者のダンジョンマスターぐらいしかいない。
そしてここ、新宿のダンジョンマスターは、そうではないオーソドックスなタイプだった。
奥に行くほど強力な、つまりDPの多いモンスターが配置されているため、モンスターの配置数を減らしでもしない限り、それに使ったポイントは増えていく。
ミケの体感では、モンスターの配置数は特に減っていない。となればDPの必要量が多いモンスターが配置された後半ほどその距離は短いはずだった。
「ただニャー」
「なにか心配事か?」
「いや、タクミ様がダンジョンを作るとして、このままだらだらとモンスターを出していくと思うニャ?」
「確かに言われてみれば、このままじゃじり貧だよな。攻略されるのを防ぐために、強いモンスターを配置するか、凶悪な罠を……いや罠はないか。このダンジョンに罠ないもんな」
「そう油断させて、という線もあるけどニャ」
「うわー、ダンマス系のダンジョンって本当に面倒くさいな」
そう言いながらもタクミの顔は少し楽しげだった。
もちろんダンジョンが命がけであるというのはタクミにもわかっている。しかしこれまですべての敵を魔法や光学迷彩スーツの衝撃波一撃で倒してきたのだ。
明らかに装備やスキルとダンジョンのレベルが違いすぎる。
装備やレベルを引き継いだ強くてニューゲームで、物語初期のダンジョンを探索しているような状況だとタクミは理解し多少は余裕があるのだ。
ただそれでも迫ってくるモンスターの圧は本物であり、タクミが気を完全に抜くようなことはなかった。
多くの警官が通常装備としている9ミリの拳銃ではかすり傷程度しか与えられない硬いシャドウブルを、一撃で屠りながらタクミはしばらく進み、そしておよそ1時間後……
「おー、こう来たかニャ」
「なんというか正統派なダンジョンだな、ここ」
通路の先にあったのは半径50メートルほどの円形の空間だった。
その奥には、いかにもこの奥に重要な場所がありますよ、と示しているような金属製の重厚な扉が備えられており、その手前には牛の頭をした巨人が斧を片手に仁王立ちしていた。
「ミノタウロスか。すごい迫力だな」
「ミノタウロスは300万DPニャ。これでたぶん初期配布は全て使用した感じかニャ」
空中に浮いたタブレットをポチポチと操作して、ミノタウロスの必要DPを確認したミケがそうタクミにアドバイスする。
「300万、か。この装備とスキルで行けるよな?」
「余裕だと思うニャ。ただ水魔法と土魔法はあまり効かないかもしれないニャ。モンスターを倒し続けて強くなればまた違うかもしれないけどニャ」
「俺の場合、装備頼りの部分が大きいしな」
タクミが首を左右に振り、自身を見つめる。
タクミが現在装備している光学迷彩スーツは5億DPもする装備だ。
姿を隠すという機能やそれに付属する暗視ゴーグルなどの装備に特化しており、攻撃手段は手から放たれる衝撃波だけという独特の仕様になっている。
ただ一種類だけのその攻撃は、ミノタウロス直近のモンスターであるシャドウブルを一撃で葬るほどの威力を持ち、決して攻撃力が低いわけではなかった。
それに加えスキルも保持しているのだから、DP的には負ける要素はない。
ただ人間のスケールをはるかに超えた6メートル近いモンスターに相対することを考えると、タクミは無意識に震える体を止めることができなかった。
「怖いニャ?」
「そりゃ怖いさ。現実で、あんなんと戦えって言われて怖くない奴はどっかおかしいだろ。小説とかなら覚悟を決めた主人公がさっと立ち向かうんだろうが……普通に怖いぞ。見ろよ、この足」
「タクミ様は、足にバイブレーション機能をしこんでいたんだニャ」
「なんの役に立つんだよ、その機能」
「エコノミークラス症候群の予防とかかニャ?」
ミケのくだらない冗談に、タクミがこわばった顔を少し緩める。
まだタクミの足はブルブルと震えたままだが、スーツの外からでもその空気が少し和らいだことをミケは察していた。
天井を見上げ、タクミが深く息を吐く。そして再びタクミが視線をミケに戻したときには、足の震えは多少マシになっていた。
「ミケがいてくれてよかったよ。俺だけだったら絶対に逃げ帰ってた」
「どういたしましてニャ。でも私がいなかったら、タクミ様はダンジョンに来なかったと思うニャ。だから私こそタクミ様がここまで来てくれたことに感謝しないといけないニャ」
「たしかに、俺一人だったらネットで突撃動画とかを見て、皆でお祭り騒ぎして楽しんで、それで満足して終わっていただろうな」
もしダンジョンが自分の家にできなかったら、そしてミケと出会わなかったら、タクミはこの信じられない現実についてネットで騒ぎ、動画を漁り、色々と妄想をし、そしていつもの日常へと戻っていったはずだ。
いつかダンジョンに行ってみたいと思いつつも、目先の生活を優先させる。それを投げ出してまでダンジョンに突撃するほど、タクミは無鉄砲ではないのだから。
だが奇縁により、その未来線と現実は大きく乖離した。
タクミは非日常へと足を一歩踏み出し、そして今まさに、その先へ進もうとしている。
その震えは、これまでの日常との別れを意識した故なのかもしれない。
「勝てるよな」
「勝てるニャ。負けたらタクミ様の言うことなんでも聞いてあげるニャ」
「せめて勝ったらにしてくれよ。負けたら終わりだろ」
「それもそうニャ。じゃあ、勝ったらでいいニャ。タクミ様が勝ったら、次のプレイ内容を決めさせてあげるニャ」
「あのなぁ……」
いきなり下ネタに走ったミケに、タクミが呆れた視線を向ける。
それを受けても「ニャハハハ」と笑うだけでミケは気にする様子は見せなかった。そしてタクミの足の震えはいつの間にか止まっていた。
「で、どうするニャ?」
「いや、まあ、あの……」
「ほらほら、すぐに言わないとナースにしちゃうニャ」
「いや、それはそれで見てみたい気もするんだが……じゃあ」
タクミがミケを抱き上げ、その耳元でごにょごにょと呟く。その言葉を聞いたミケはその口を三日月形に変え、隠し切れない笑みをその顔に浮かべた。
「ふーん、タクミ様はそういうのが趣味なのニャ?」
「……違うぞ。男なら一度は夢見ることなんだ」
「そうかニャー? まっ、いいニャ。楽しみにしているといいニャ」
そう言ってミケはタクミの腕を抜け出し、音もなく地面に降り立つ。
これまでミケはずっとタクミの左手に抱かれてダンジョンを進んできた。初期配布のDPしか使われていない作りたてのダンジョン相手にタクミの装備は過剰だとわかっていたからだ。
だがこのダンジョンの最後の砦となるミノタウロスは違う。圧倒的にこちらが有利であっても、負ける可能性は0ではないのだ。
「応援とサポートは任せるニャ」
「ああ、頼りにしてる。じゃあ、行くぞ」
タクミは一度大きく息を吐き、通路から広場へと足を踏み出した。
ミケはどこか一回り大きくなったように感じるその背中を追いながら、嬉しそうに笑ったのだった。
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