第12話 順調な探索
「じゃあ次の獲物を探すか!」
不思議な高揚感に包まれ、テンションが上がり少し速足になっているタクミを眺めながら、ミケはてしてしとその手でタクミの腕を叩く。
「少し落ち着くニャ。スキルオーブは希少だから威力が高いのは当然ニャ」
「そうなのか? DPはそこまで高くなかったと思うけど」
「あれはまあ、裏技みたいなものニャ。普通は地道にDPを稼いでいく必要があるし、わざわざ攻略してくる人に有利なアイテムをたくさん出すダンジョンなんてないニャ」
「そういやここってダンマス系のダンジョンだったな」
ミケに話しかけられ、タクミが少し落ち着きを取り戻す。
慣れない暴力の行使、しかも圧倒的な力に少し酔っていたことを自覚したタクミは、大きく息を吐いて心を落ち着けるとミケの話に耳を傾ける。
普段のタクミの声に戻ったことに安心したミケは、機嫌よさげにヒゲを揺らしながら説明を続けた。
「たしかに人を誘うために目玉として用意することはあるかもしれないニャ。でもスキルオーブを用意するにもDPが必要になるニャ。DPはダンジョンの拡張やモンスターの配置に必須のポイントニャ」
「あんまりお宝を出しすぎてダンジョンの強化ができず、攻略されたら意味がないってことね」
「そういうことニャ。まあモンスターからのレアドロップ、ランダム宝箱からのレア出現とかでも出るはずニャ」
「ランダム宝箱なんてあるのか!?」
思わぬ言葉に、タクミがその声を弾ませる。ミケはそれに笑いながらうなずき返した。
「あるニャ。安いDPで配置できるけど、なにが出るのかダンジョンマスターにもわからない宝箱が。基本はDP相応なアイテムなんだけど、たまにすごいお宝が出る可能性もあるニャ」
「ソシャゲのガチャみたいだな」
「たしかに、そう言われると沼る人が続出しそうな感じニャ」
「賭けるのは金じゃなくて命になるけどな」
「まあタクミ様の場合は、いっぱいアレを出してくれれば大丈夫ニャ」
そのアレがなにを指しているのか瞬時に察したタクミが、ピタリとその足を止める。
そしてギギギギ、と音を立てそうな動きで顔を下に向けると、下からじっと見上げるミケと目を合わせる。
「いや、アレってこれからも……」
「もちろん続けるニャ。毎日だと大変だろうから2、3日に1回くらいのペースでどうかと思っているニャ」
「結構DPには余裕があったように感じるけど……」
「勇者を育てるにはいっぱいDPが必要ニャ。だからタクミ様には頑張ってほしいニャ。あっ、もしかしてタクミ様はそういうことをするのが嫌いかニャ。それとも私じゃ……」
しょんぼりとした声に変わり始めたミケに、タクミはぶんぶんと首を横に振ってその言葉を否定する。
「いや、ミケは綺麗だし、初めてだったけどすごく気持ちよかったし、興奮したし、ある意味で夢が叶ったんだが……ミケはそういうのいいのかなって。俺なんかでいいのか? ダンジョンのために無理をしているんじゃないかって思うとな」
だんだんと申し訳なさげな声に変わっていくタクミにミケはほほ笑むと、その体を精一杯伸ばしてタクミの鼻先にその手を触れる。
全身を覆う光学迷彩スーツを着込んでいるせいでそのぷにっとした柔らかさを感じることはタクミにはできなかったが、その仕草と綺麗な瞳にタクミは心が引き込まれるのを感じた。
「それはないニャ。タクミ様のことは好きニャ。ダンジョンのためだけ、なんてことはないニャ」
「そっか」
ミケの言葉に迷いはなかった。
そのことに少し心を上向きにしたタクミに、ミケは言葉を続ける。
「それに私も楽しいニャ。本に書かれていたことを実践できる機会なんてそうそうないニャ」
「本?」
「薄い本ニャ。この前はオネショタだったから、今度はナースがしてみたいニャ」
「おまっ、まさか見たのか?」
ダンジョンができたコレクション部屋の本棚にずらりと並んだ自分のコレクションを思い出し、タクミが戦慄する。
両親が出ていき1人暮らしになったこともあって、そういった類のコレクションをタクミは隠していなかった。タクミの性癖がその棚で公開されているといっても過言ではない。
焦りを感じさせるその声に歯を見せて笑いながら、ミケは首を横に振った。
「タクミ様のは見てないニャ。地球の知識を得る一環として自分で収集したものニャ」
「なにを収集してんだ、お前は」
「ニャハハハハ。ダンジョンにとってこの世界の人の欲を知るのは当然のことニャ」
「たしかに、そう言われれば納得、か? いや、でもやっぱり性欲はダンジョンに関係ないだろ!」
「かもニャー? でも、そのおかげで知識はいっぱいあるニャ。だからタクミ様と一緒にいーっぱい実践できるニャ」
つつっとその柔らかな毛並みの手を自分の顔に滑らせていくミケの楽し気ながらどこか色を感じさせる姿に、タクミはある一か所に血が集まっていくのを自覚していた。
そしてそれをごまかすようにぶんぶんと首を横に振って、雑念をかき消す。
(いやいや、ケモはありだが、さすがに猫そのままは守備範囲外だぞ。だよな、俺!?)
ちょっと自分自身に不安になっているタクミをよそに、ミケはカラカラと笑うとダンジョン探索を続けるようにタクミを促したのだった。
それから4時間ほど、タクミはずんずんとダンジョンの奥に向けて歩き続けてきた。すでに周囲に人の姿はなく、光源などの人が探索した痕跡などもない。
そこは前人未到の領域。となれば当然……
「モンスターも普通にいるようになったな」
「お肉の確保がはかどるニャ」
「いや、まあそうなんだが。本当に食べられるんだよな、これ」
闇と同化するような真っ黒な姿をした4メートルを超える牡牛、シャドウブルを光学迷彩スーツの手から放たれる衝撃波で倒し、地面に残された包みに入ったブロック肉をタクミがアイテムボックスに収納する。
ここ30分ほどで5体のシャドウブルとタクミは出会い、そのドロップアイテムとして10キロに近い肉を得ていた。
「美味しいらしいニャ」
「らしいっていうのが一抹の不安を残すんだよ。はぁ、ゲームとかだと普通にドロップアイテムで料理していたりしたけど、冷静に考えるとこれって結構勇気がいることだよな」
「まあ毒のあるフグとかに果敢に挑んできた昔の日本人に比べたらマシじゃないかニャ?」
「そう考えると食に対してアグレッシブすぎだろ、昔の日本人」
簡単に情報が得られる現代社会において、本当の意味で情報のない未知の物に挑むことなど早々ない。
まあ美味しいらしいとわかっているだけでもマシか。食費の節約にもなりそうだし、と楽観的に考えたタクミは、全く変わらないように見える土壁の洞窟の中を進み始める。
「これ、オートマッピングがなかったら迷って死ぬんじゃないか?」
「かもしれないニャ」
これまで進んできた道中には、いくつもの分かれ道が存在していた。
タブレットに自動的に地図が作成されるからと、タクミは適当に進む方向を決めていたが、もはや自分がどんな道を通ってここまでやってきたのかわからなくなっていた。
道も平坦の場所ばかりでなく、上り坂や下り坂などが混在しており、どの程度の深さに自分がいるかも判然としない。
さらに言えば通路の広さも車が2台楽に通れるような広いところから、2人が並んで歩けないほど狭い通路など様々だった。
「ヒトロクとか突っ込ませたら楽勝そうなのに」
「さすがに戦車を自由に動かせるようにダンジョンを作るマスターはいないと思うニャ。まあ法とか予算の関係もあってそもそも日本でダンジョン攻略に戦車は無理なんじゃないかニャ? 弾も高いらしいしニャ」
「ミケ。ヒトロクは機動戦闘車だからな。そこを間違えるとヤバいことになるぞ」
「……そういえばそうだったニャ」
タクミのツッコミに、ミケは神妙な顔でうなずく。
どの界隈にも厳しい人はいるものだが、この軍事界隈についてもそれは例外ではない。
ヒトロクとは防衛省が開発した16式機動戦闘車のことであり、大口径の主砲を砲塔に備えるその姿は戦車に似ているが、正しくは戦闘車両なのだ。
サイドミラーやワイパー付きの風防を装着すれば公道も走ることができ、まさに車両である。
別に知らない者がその車両を見て戦車だと勘違いしても、界隈の人が怒ることはまずない。あー、似ているしねと言って解説が始まるくらいである。
ただ知ったかぶりでそれを無視し、理解もせずに半端な知識で一括りにするような扱いをしたら、文字通り集中砲火を食らうのだ。言葉が違うというのはそこに意味があるということなのだから。
ネットを漁ればそんな風に炎上した前例は数えきれないほど存在し、その怖さを、タクミも、そしてミケもよく知っていた。
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