第11話 第一モンスター発見
渋谷駅から歩くこと5分。屋上に丸い球体が載った建物、渋谷区文化総合センター大和田周辺は、家族やカップルなどが集う、雑踏の中にもどこかほのぼのとした空気が漂う空間である。
だが今はそれが一変しており、いくつもの投光器で照らされたそこは、黄色と黒のテープで規制線が貼られ幾人もの警察官がそれを監視する物々しい雰囲気が漂っていた。
人々はその規制線の奥にある、センター入口に続く上り階段の手前にいきなり現れた地下へ続く大穴を撮影して拡散しようとスマートフォンを伸ばしている。
そんな野次馬たちを抑止するため数人の警官がその前に立っているのだが、飛び出した男を止めようとした1人の警官が、突然しびれたように体を震わせ地面に倒れ伏した。
人々のスマートフォンが倒れた警官に向かう中、仲間の警官が倒れた警官を連れて救護所に運んでいき、代わりの警官が補充され再び同じことが始まる。
「予想はしてたけど、ヤバいな」
「動画もだいぶ拡散してるし、そろそろ落ち着くんじゃないかニャ?」
「もうダンジョンに潜ってみた、っていう動画も出ていたもんな。すごいよな、こういうときの配信者の行動力って。見ている分には面白いんだが、言ってみれば本当の命がけだろ」
「後先考えず突入するような人は、命がけなんて考えてないと思うニャ」
「まあ実際俺だって現実感がないしな」
小声で会話を交わしながら、人々の間をすり抜けてタクミとミケはダンジョンに近づいていく。
2人がダンジョンに向かっていることに気づいている者は誰もいない。
現行の地球のテクノロジーのはるかに上を行くダンジョンの産物、光学迷彩スーツは、それを着たタクミのみならず、その腕に抱かれた猫状態のミケの姿も完全に隠していた。
規制線のテープをまたいで超え、大口を開けたダンジョンの前でタクミは立ち止まると、ごくりと唾を飲み込む。
複数人は並んで通れそうなその地下に続く大穴には、先行する者が置いたと思われる光源がぽつぽつと並んでいるものの、それ以外は完全な闇である。
タクミには得体のしれないなにかが奥におり、中に引きずり込もうと虎視眈々と待ち構えているように感じられた。
「大丈夫ニャ。私がついているニャ」
胸元で聞こえたミケの声に、タクミが正気に戻る。今、ミケは完全に猫の姿になっているが、三色の混じった耳や頭の毛など、その姿には人間の姿だった時の面影が随所に感じられた。
タクミは少し笑みを浮かべ、1度大きく息を吐くと顔を上げる。
「暗視スコープ起動」
その言葉で光学迷彩スーツの機能の1つである暗視スコープが起動し、タクミの目に暗闇に隠されていた景色が映し出される。
ごつごつとした岩肌そのものといった感じの壁。アリの巣を巨大化すればこうなるんじゃないかというのがタクミの最初に抱いた感想だった。
「よし、行くぞ」
「いくニャ」
1人ではない、そのことに背中を押されつつタクミがダンジョンの中に一歩踏み出す。その瞬間、先ほどまで聞こえていたはずの周囲の音がぷつりと途切れた。
思わずきょろきょろとタクミは周囲を見回し、そして一歩戻るとざわざわとした喧騒が戻ってくる。
「見えない壁があるな」
「そうだニャ。私も初めて知ったニャ」
「現実世界とそのままつながっているように見えて、ここは異空間なのかもな。まあその辺りは偉い研究者が調べてくれるだろ」
これだけの異常をタクミ以外が気づいていないなんてことはありえない。先に入った警察なりなんなりが既に上に報告しているだろうことは明らかだった。
改めてその異常さを実感しながら、タクミは再び足を踏み出しダンジョンの奥へと進んでいく。
道中の所々には2,3人の警官が懐中電灯で辺りを照らしながら周囲の警戒を行っていた。
たまに一般人らしい人ともすれ違うことがあったが、小さな懐中電灯やひどい者はスマートフォンのライトを頼りに歩いており、まともに進めている者はほとんどいない。
そして存在しているはずのモンスターの姿はどこにもなかった。
「モンスターがいないな」
「たぶんリポップタイムの関係ニャ。モンスターにかけるDPが少ないと長くなるニャ」
「先に来た人に倒されちゃったわけか。楽は楽でいいんだが……」
「ちょっと見たかったニャ?」
「まあな。装備や魔法の性能も試したいし」
歩いたことで緊張がほぐれてきたのか、タクミは少し笑って腕を曲げ、力こぶをつけてみせる。
いちおうタブレットで装備や魔法でどんな攻撃ができるのか調べてはいるものの、屋外で使用するわけにはいかないため、実使用はまだなのだ。
いざというときのために、その使い勝手を知っておきたいとタクミは考えていた。
ただ思いのほかダンジョンの中は人が多く、そんなことはできなかったが。
「意外に分岐が多いな。適当に進んでるがいいんだよな」
「大丈夫ニャ。タブレットで地図を作っているから行き止まりになったら別の道を進めばいいニャ」
「オートマッピングできるのは強いな。昔のゲームはそんなのなくて、ノートに書き写したりしないとダメなんだよなぁ。適当に進んで良く詰んだっけ」
何度もやり直したレトロゲームのことを思い出しながら、タクミが懐かしそうに微笑む。
ミケもそんな話を楽しく聞いていたのだが、目の前に現れた兆候を見逃すことはなかった。
「タクミ様、リポップするニャ」
「えっ、どこだ?」
「斜め右前方。ちょっと空間が歪んで見えるニャ」
ミケが示した方向へタクミが視線を向けると、確かにその辺りの空間が波打つように歪んでいた。
ただこれはタクミが暗視ゴーグルを使用しているから見えているだけで、暗闇の中で起こるこの現象に気づくことはとても難しい。
現にタクミも視界には入っていたはずなのに、ミケに教えられるまで気づいていなかったのだから。
動きを止めたタクミはじっとその空間を観察し続けた。
徐々にその歪みは大きくなっていき、それが1メートルほどの大きさにまで成長したところでその歪みがいきなり収縮する。
そして収縮したそれが形作ったのは……
「コボルト?」
二足歩行の犬顔の小柄な生物がきょろきょろと辺りを見回す。
その手には刃渡り15センチほどのナイフが握られている。それだけでなく口からのぞく鋭い牙に噛まれればかすり傷ではすまないだろう。
ピクピクとその犬耳を動かしながらくんくんと鼻を鳴らし、周囲の確認を続けるコボルトの姿に、ミケはなるほど、と頷いていた。
「コボルトの優れた聴覚と嗅覚を利用して、暗闇の中で奇襲狙い。といったところかニャ?」
「強いのか? あんまりコボルトって強いイメージがないんだけど」
「ナイフを持っているしニャ。武器さえあれば子供でもプロレスラーを殺せるニャ。しかもこの暗闇、地の利は向こうにあるニャ」
「バウ!」
2人の声に気づいたコボルトが、ナイフを振り上げながら地面を蹴って走り始める。その速度は小学校低学年の全速力といったくらいのスピードでお世辞にも速いとは言えない。
だが武器を持った相手が襲い掛かってくるという普段ならそうそうない体験に、ピシリとタクミは体を硬直させた。
「タクミ様、水魔法ニャ!」
「お、おう。ウォーターランス!」
ミケの指示に反応し、タクミは魔法を唱える。
なにかが体の中から抜け出るような感覚と共に、タクミの眼前に槍の形をした水が現れ、次の瞬間その水の槍はコボルトに向けてまっすぐに射出された。
槍はコボルトの体の中心を突き抜け、その勢いでコボルトは吹き飛ばされて地面を転がっていく。
そして動きを止めたコボルトが、二度と立ち上がることはなかった。
「すごい威力だな、水魔法」
その想定以上の水魔法の威力に若干引きながらタクミが呟く。
タクミが選んだスキルの中で、水魔法は最も安い10万DPで取得できたものだ。もっと高いDPが必要な魔法がたくさんあることを知っているタクミは、一番ランクの低い魔法だしそこまでの威力じゃないだろうと考えていた。
地面に倒れたコボルトが光の粒子に変換され、その姿がかき消える。そしてその場にコボルトが持っていたナイフが残された。
「おっ、ドロップ品なんてあるんだな」
「タクミ様の初めての戦利品ニャ」
「それもそうだな。じゃあ記念にこれはとっておくか」
コボルトのナイフを拾ったタクミはそれをしばらく嬉しそうに眺めると、アイテムボックスを呼び出し空中にできた黒い空間にそのナイフを収納した。
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