第10話 そんな装備で大丈夫か?
「おっ、早いニャ」
「まあな」
「そういえばあっちも早かったニャ」
「お前、その姿でそういうこと言うなよ」
やってきた地下のクリスタルの部屋に入るなり下ネタを飛ばされたタクミが半眼でツッコミを入れる。
ミケがネコおじと呼ばれていたころにはこの程度の応酬は日常茶飯事だった。それができないことに一抹の寂しさを感じつつ、ミケは笑ってそれをごまかす。
「もうスキルオーブの用意はできているニャ」
「おお、これがそうなんだな」
クリスタルの前に並べられた手のひらサイズの水晶のように透明な玉を見つめ、タクミが目を輝かせる。
色とりどりの小さな炎を内包したその玉の1つに、タクミは手を伸ばす。
タクミの手の内に収まったその玉の中でゆらゆらと緑の炎が揺れる。物理法則を無視したその光景に自然とタクミの口角は上がっていた。
「使おう、と思えば使えるニャ。そしてスキルを得ればその使い方もわかるはずニャ」
「わかった。あっ、そうだ。ちょっと待てよ」
なにかを思いついたタクミは一つ深呼吸すると、その右手に持った水晶を高く掲げてみせる。
「俺は人間をやめるぞー!」
その瞬間、水晶は手のひらで弾け、散った緑の炎が吸い込まれるようにタクミの体の中に入っていく。
温泉に入ったときのように、何かが体に染み込んでいく快感を覚えながら、タクミの脳裏に今取得したスキルの詳細が刻み込まれた。
えも言われぬ表情をしているタクミの姿に、猫が笑う。
「しまったニャ。私もそうすればよかったニャ」
「こういう機会があったら一度は言ってみたいセリフだからな」
「じゃあ、あと9回やるニャ?」
「さすがにそれは面倒だし、恥ずかしいからパスで」
自分があと9回同じことをする姿を想像してタクミは苦笑いしてそれを否定すると、次々にスキルオーブに触れてそれを取得していった。
2個目を取得するときにはタクミも少し緊張していたが、特になにも影響がでなかったことに安心しその速度を増していく。
しかし10個目のスキルオーブを使用した瞬間、タクミがピタリと動きを止める。
「あっ、なんかこれで限界っぽいな」
「メッセージでも流れたニャ?」
「いや、なんとなくそう思うだけだ。でも最後に『幸運』のスキルを得た瞬間にそう感じたんだから、多少は信ぴょう性があるだろ?」
そう言って少し冷や汗を流しながら笑うタクミに、ミケはコクコクとうなずいて返した。
もしタクミの予感が本当なら、頭パーンはなかったとしてもなんらかのデメリットがあった可能性はある。
大量のポイントを得たことで少し楽観的になりすぎていたことに気づき、ミケはブルリと体を震わせた。
「かもしれないニャ。『スキル解除』のスキルオーブはデメリットのあるスキルを得てしまったときに、そのスキルを消すために使うのかと思っていたけど、こっちの理由もありそうニャ」
「むしろこの方がメインかもな。『スキル解除』って結構安かっただろ」
「1千DPニャ」
「基礎魔法系の100分の1か」
「タクミ様の選んだ一番高いスキルオーブのマジックボックスと比べたら50万分の1ニャ」
「そう考えるとマジックボックスってやばいな。タンジョンを探索するなら必須だろうと思って取ったけど」
タクミが選んだほとんどのスキルは、リストに並んだスキルオーブの中では比較的安いものばかりだ。
基礎魔法である『水魔法』と『土魔法』については10万DPであり、『身体強化』などの体の強化系スキルは100万DP、『状態異常耐性』『病気耐性』の耐性系スキルは500万DPとなっている。
『自動回復』と『幸運』に関してはともに1000万DPと頭1つ抜けているのだが、それも『マジックボックス』の5億DPに比べれば端数のようなものだった。
いくら10億を超えるDPを得た今だとしても、気軽に使うことができないポイント量なのだが、タクミの言うようにそれはダンジョン探索に必須のスキルと言ってもよかった。
マジックボックスは、ゲームなどでよくある異次元空間を利用した収納庫だ。このスキルがあれば巨大なリュックを背負って探索などしなくてもよくなり、ダンジョン探索の効率と安全性が跳ね上がる。
それがわかっているからこそ、ミケもタクミがそれを選んだときに何も言わなかったのだ。
マジックボックスの能力を確かめるように、タクミは自らのスマートフォンをマジックボックスに入れたり出したりする。
タクミの手のひらの上にあったスマートフォンが一瞬でその姿を消す様子は、まるで凄腕マジシャンにようにも見えた。
「どれだけの大きさのものが入るのか確かめたいな。あとマジックボックスの中は時間が経過するのかとか。もし時間が停止しているなら、適当に食料を突っ込んでおけば安全性がかなり増すだろうし」
「それも楽しそうだニャ。でも、それより先にダンジョンの攻略をするニャ」
「それはわかったけど、これだけのスキルでダンジョンって攻略できるものなのか?」
腕を組んで難しい顔をしながら、そんな不安をタクミが漏らす。
確かにスキルを得て、その使い方を習得し、冗談であったはずの人間をやめた存在になりつつあることにタクミは気づいていた。
しかし相手はファンタジーの定番とも言えるダンジョンだ。しかもダンジョンマスターの存在する厄介な類である。
ただスキルを得ただけでは心もとない。それ以外のものが必要だった。
ミケはその不安を的確に理解し、タブレットをフリックして別の画面に切り替える。
「ということで、次はお待ちかねの装備ニャ」
「おおー、いいね」
猫が差し出したタブレットをノリノリでタクミはのぞき込む。
そこにはファンタジー定番の皮の鎧などから、パワードスーツといった未来を先取りした装備、そしてネタ枠として中華鍋なども取りそろえられていた。
「こんな感じで着た姿も確認できるんだな」
何十種類もある皮の鎧の1つをタクミが選ぶと、その画面の右に鎧を装備したマネキンが表示される。
くるくるとそれを回して全身を確認するタクミの目はきらきらと輝いていた。
現在残っているポイントは10億弱。それで購入できるのは表示された装備の6割程度ではあるが、なにせもともと用意されている装備の数が万を超えているのだ。
タクミが目移りするのも仕方のないことだった。
そしてそうなるだろうことをミケは予期していた。だから……
「タクミ様。私のおすすめがあるんだけど、聞くニャ?」
「ミケのおすすめって、どんなのなんだ?」
「ずばり、これニャ!」
そう言ってミケがタブレットで検索したのは、セット装備となっているものの1つ。
画面右に表示されたそれは、漆黒のパーツで構成されたパワードスーツだった。ブラックメタリックのパーツで全身を覆い隠し、瞳の部分だけ赤き炎を宿すマネキンの姿はどこかダークヒーロー的な格好良さをかもしだしている。
「みんな大好き、光学迷彩スーツニャ」
「も、もしかして姿が見えなくなるのか?」
「そうニャ。5億DPかかるけど、防御も攻撃も両立できる優れもの。しかも光学迷彩のおかげで人に見られる心配もなし。タクミ様にとってはいい装備だと思うニャ」
「たしかにそれはロマンだな。でも見られるとなんかまずいのか? 神罰があるからダンジョンに入るのを断られたりはしないんだろ?」
入口が警察とか自衛隊に封鎖されているなら姿を隠してこっそりと侵入する必要があるが、神罰によってそれが妨げられない今、姿を隠す必要はあまりないのではないかとタクミは考えた。
しかしミケは指を1本立て、「ちっちっち」と左右に振って見せる。
「神罰はダンジョンに入るのを邪魔しようとすると下るニャ。逆に言えばそれ以外は自由。もしタクミ様が異様な強さを持っていると知られたら、どうなるかニャ?」
「そりゃあ……ダンジョン外で半強制的に拘束されて、協力させられる?」
「そうニャ。そうすればこの家のダンジョンも明らかになるし、タクミ様のアレなコレクションも衆人の目に触れるニャ。そして国のため、なんて言われてダンジョン攻略に向かわされ、自由時間もろくに取れなくなる可能性も……」
「よし、とりあえずその装備にしよう。未踏破のダンジョンをクリアしてから他は考えるってことで」
いくらタクミが人並外れた能力を手に入れたとしても、集団で囲まれてしまえば逃れるすべはない。
手段を選ばなければ別だが、なんの罪もない人を傷つけることはタクミにはできず、なんだかんだと説得されて協力してしまう未来がタクミにははっきり想像がついた。
それにこの光学迷彩スーツは、レトロゲームで主人公が装備している類のものともどこか似ており、タクミの趣味嗜好にも一致していた。つまり拒否する理由がないのだ。
「じゃあとりあえずこれを装備して、新宿ダンジョンの攻略に行くニャー」
「おっ、おー」
拳を振り上げてそう宣言したミケに促され、タクミも拳を突き上げる。
それはこの神選定のダンジョンゲームから1番最初に脱落する候補者が決まった瞬間だった。
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