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セファルディア〜滅びと継ぐもの達〜  作者: YUKI
第1章 島の日常と少年たち
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第6話 「変わりものの二人」

午後の授業を告げる鈴の音が、遠くからかすかに響いた。

けれどアルドの足は、教室ではなく図書館の方へと向かっていた。


木の扉を開けると、乾いた紙の匂いが鼻をかすめる。

夕方前の光が斜めに差し込み、埃が揺れていた。


カウンターには司書が座り、山のように積まれた本を片手に熱心にページを繰っていた。

アルドは気に留めることもなく、奥の兵法書の棚へ向かう。


この図書館は、彼にとって自分の知らない世界と繋がる数少ない場所だった。

――教室で学べない知識がここにはある。

島の外から持ち込まれたと思われる、古びた兵法書。その中の一冊に、ふと目が止まった。

今日のグラドの授業で出された仮想戦術――「食糧を断たれた包囲戦」と「伏兵を用いた突破」――

先人たちはこの状況をどう考え、どう実行したのか。それを知りたくなった。


本を手に取り、奥のテーブル席へ。紙はくすんで、ところどころに書き込みがある。

過去の読者が悩み、考えた跡だ。アルドは、そこに重なるように目を走らせる。


ページをめくっていると、ふと視線を感じた。


向かい側にいつの間にか少年が座っていた。

色素の薄い髪に、醒めたような瞳。その奥で、好奇心がかすかに揺れていた。


ノアだった。魔道具関連の本を何冊も抱えている。

その一冊をそっと置くと、アルドの手元をのぞき込むようにして言った。


「……それ、君には早いんじゃない?」


アルドは顔を上げない。


「本に順番なんてあるのか?」


ノアは思わず小さく笑った。


「……相変わらず、アルドは変わってるね」


その言葉に、アルドはふと昔の記憶を思い出していた。

ノアが初めて自分に話しかけた、あの朝の丘のことを

ーー

(回想)

朝の光が柔らかく、森の小道に木漏れ日が差し込んでいた。

アルドは弓を背に、ゆるやかな足取りで歩いていた。訓練所から少し離れた、人気のない丘の麓。

静けさが心地よかった。


ふと足を止める。


木陰に、誰かがいた。

前髪が風に揺れ、分厚い本を膝に乗せて熱心にページをめくる少年。――ノアだった。

話したことはないが、よく見かける顔だ。座学では島一番の成績、だが戦闘は苦手でよくからかわれている。


アルドが黙って通り過ぎようとすると、ノアが顔を上げた。


「……君、アルドだよね。変わってるから、あまり関わるなって言われてるけど」


「そうか」


それだけ言って、アルドは近くの岩に腰を下ろす。

ノアが目を丸くする。だが、アルドは弓を取り出して黙々と手入れを始めた。


沈黙。鳥の声だけが静かに響いていた。


やがて、ノアがぽつりと口を開く。


「……あのさ、戦闘中に魔法を使う時って、どうやったらうまくいくと思う?」


アルドは手を止めた。


「なんで戦闘中に使わなきゃならない?」


「え? だって使わなかったら意味ないし……詠唱しないと魔法は出ないし、魔法陣も描かないと――」


「使えないなら、戦闘中に使わない方法を考えればいいだけだろ」


言い切るようなその声に、ノアは言葉を失った。

周囲にいた誰もが当然のように信じていた“常識”が、すっと裏返されたような感覚。


「……そんな発想、誰も言ったことない」


「普通ができないなら、普通をやらない方法を考えればいいだけだ。

俺は最初から、敵に近づいて斬り合う剣の戦い方がどうにも好きになれなかった。

弓なら、近づかれる前に倒せる。それだけで十分な理由になる。

――だから弓を選んだ。

お前も、自分に合ったやり方を見つけろよ。」


ノアは、アルドをじっと見つめた。

風が吹き、ノートの上に置いた魔法陣の紙がめくれた。裏には古い魔道具の構造解析の図。


「……そうか。魔道具……」


ノアが呟く。


アルドは立ち上がった。


「行くぞ」


「え?」


「話したいなら、歩きながらにしろ」


ノアは、思わず笑った気がした。

慌てて本を抱えて立ち上がる。


「うん……! ねえ、君さ。魔道具って、いつもどうやって動かしてるの?」


木々の間に、ふたりの背中が並んで消えていく。

その上に広がる空は、どこまでも青かった。



(現在・図書館)


……図書館の静寂が戻ってきた。

ノアは、目の前のアルドの読む兵法書を見つめながら、ぽつりと言った。


「文字が読めるだけじゃ、意味はわからない。文脈を知らないと、言葉はただの記号だ」


アルドは黙ってページをめくる。


「でも君は……、言葉の裏を読もうとするんだね。昔から。

だからやっぱり、変わってるよ」


そう言ったノアの声には、どこか敬意と興味が混じっていた。


アルドは少しだけ笑ったように見えた。


ノアは腕を組みながら、机に積まれた魔道具の資料に目を落とした。

いくつかの設計図、失われた時代の魔法陣、起動の理論……どれも複雑で断片的。

けれど、それらの記述にアルドが見せた関心は、戦術書に対するそれとまったく同じものだった。


「なあアルド、君……魔道具って興味ある?」


「少しは」


「少し、って言うわりには、前に言ってたよね。矢じゃなくても飛ばせるようにしたいって」


アルドは顔を上げずに、返した。


「弓に頼りすぎるのは危ない。矢が尽きたら終わりだ」


「普通はそこまで考えないよ。矢の残数なんて気にせず撃つやつばかりだし、

そもそも飛ばす手段を他のもので補おうなんて、魔道具開発者でも滅多に思いつかない」


ノアは、半ば呆れ、半ば感心したように笑った。


「やっぱり、君ってどこかズレてる。……でも、そこがいいんだけど」


アルドは肩をすくめた。


「飛ばす、って目的にこだわるなら、手段は弓じゃなくてもいい。

音でも、圧でも、術式でも、飛ぶなら全部試す価値がある」


「その考え方、魔道具職人向きかもしれないね。……僕の代わりに発表してくれない?」


「断る」


即答だった。ノアは大袈裟にため息をついた。


「まったく……そのくせ、授業は堂々とサボるくせに」


「必要なものがあれば行く」


「そういう問題じゃないんだけど」


ノアは思わず吹き出した。けれど、咎めるような響きはなかった。


「君、よくグラド先生に睨まれないよね。あの人、規律にはうるさいのに」


「……俺が教室にいても、特に影響があるとは思われてないんだろ」


アルドはさらっと言った。

自嘲とも開き直りともつかないその言葉に、ノアは小さく眉をひそめた。


「君は、そういうことを平気で言うからさ……やっぱり変わってる。

でも、たぶん僕は、そういうとこが面白いと思ったんだと思う」


「何が?」


「……わかんない。でも、君と話してると、魔法や魔道具が“違う形”で使える気がしてくるんだ」


アルドはしばらく黙っていたが、ふと立ち上がった。

読んでいた兵法書を棚に戻し、振り返らずに言った。


「じゃあ、俺は違う形を考えてみる。お前は、作れる形を探せ」


「……!」


「それで動くなら、それが正解ってことだろ」


ノアは目を見開き、次の瞬間、口元が自然と綻んでいた。


「……うん。わかった」


ノアは肩の力を抜いて、資料をそっと閉じた。

まだページの端には未解読の古代文字が並んでいたが、今は目の前の会話のほうが気になっていた。


「……そろそろ戻らない? 次の授業、始まってる時間だよ」


「戻らない」


アルドは即答だった。ノアも予想していたのか、肩をすくめた。


「そう言うと思った。僕は次の授業も剣術だからいいけど、アルドは?」


「…マナーについて」


「それならいっか」


「何でここは古臭い伝統を押し付けるんだろうね?でもさ、グラド先生の授業って、わりと面白いと思うけどな。

戦術の話、あれって要するに――」


「どっちが“正解”か決められないから、聞く意味があるんだろ」


アルドはそう言いながら、今読んでいた兵法書の一節に指を置いた。


「書いてあった。“かつて、ある将は退却を偽って敵を誘い、別の将は待ち伏せを避けて無傷を選んだ。勝ったのは、状況を読んだほうだ”って」


「……つまり、“戦術に絶対はない”ってこと?」


「だからこそ、選べるようにならなきゃ意味がない。選ぶためには、知ってる必要がある」


ノアはしばらく黙っていたが、ぽつりと呟いた。


「……君って、兵法書の読み方がちょっとおかしいよね。なんか、“生き残る方法”を探してるみたいだ」


アルドは返事をしなかった。だが、それは否定ではなかった。


沈黙のあと、ノアが小さく笑った。


「でも、わかる気がする。僕も魔道具を作ってるとき、“どう壊れるか”を考えるし。

壊れたときに何が起きるかって、普通の子はあんまり気にしないけど、

僕は、それが一番怖いって思ってる」


「……それで、作ったことあるのか? 本当に“壊れない”魔道具」


「ないよ。けど……壊れても無害な魔道具なら、ひとつだけあるよ」


ノアの目が、少しだけ光を帯びた。

口元がわずかに誇らしげにほころんだ。


「失敗作なんだけどさ、光を蓄えて、暗闇で自動的に発光する魔道具。安全装置を三重にした。

最悪でも“暗くなるだけ”ってやつ。……でも、あれでちょっとだけ、自分の作ったものが人を助けられるって思えたんだ」


アルドはノアを見た。ほんの少しだけ、視線が柔らかくなった。


「……それ、持ってるか?」


「家にある。なんで?」


「ティナにやれ。斥候が暗闇で迷ったら、命に関わる」


「……本気で言ってるの? あれ、見た目ださいよ?」


「見た目より意味があるものは、外じゃ腐るほどある」


ノアは苦笑しながらも、目を細めて頷いた。


「君って、ほんと戦うことを嫌ってるんだね」


「違う。死ぬのが嫌いなだけだ」


その言葉に、ノアは返す言葉を一瞬失った。

けれど次第に、深く納得したように、ゆっくりと息を吐いた。


「……うん。たぶん、それって僕も同じだ」


図書館の窓の外、陽が少し傾いていた。

埃が光の粒となって舞い、ページをめくる音が静かに響く。


「君と僕、やっぱりちょっと変わってるよね」


「……自覚はある」


「でも、変わりものってさ――」


ノアは、照れくさそうに言葉を探して、


「――組み合わせると、けっこう強いと思うんだよね」


アルドは答えず、本を閉じた。

けれどその背中は、どこかほんの少しだけ、軽くなったように見えた。


図書館の扉がきぃ、と小さく軋んで開いた。

誰かが授業から抜けてきたのだろう。けれど二人は振り向かなかった。


「……あ、やっぱりいた。二人とも、また授業サボってる」


入って来たのは、ティナだった。腰に手を当て、少し呆れた顔をしている。


「ティナ……剣術の授業、終わったの?」


「うん。ノアが途中からいなくなったから、

もしやと思って来てみたら……案の定」


ノアは苦笑いを浮かべながら立ち上がった。


「うん、ごめん。でも、大事な話をしてたんだ?」


ティナが一歩近づき、アルドとノアの間にちらりと視線を走らせた。


「まったく……変わり者が二人集まると、やっぱりこうなる…アルドもレイラ達が探してたから、教室戻りなよ。」


アルドは無言のまま本を片付けた。ノアも資料を抱えて後に続く。


図書館の外、光が傾き始めた校舎の廊下に出ると、外の空気がどこかひんやりしていた。


ティナは肩越しにアルドを見て、ぽつりと漏らした。


「でも……そういうとこ、悪くないと思うよ」


「何がだ?」


「自分のやり方で進もうとするところ。私は、ちょっと羨ましいかな」


アルドは答えず、ただ歩みを進めた。

三人の影が並び、夕陽の光の中で少しずつ伸びていく。


変わり者の二人に、もう一人。

この日、図書館で交わされた小さな対話は、

後に彼らが歩む大きな道の、始まりの一歩になっていく。

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