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セファルディア〜滅びと継ぐもの達〜  作者: YUKI
第1章 島の日常と少年たち
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第3話「揺れる日常」

朝。島は穏やかな光に包まれていた。


冷たい夜気がまだ空にわずかに残り、淡い霧が畑の端を流れていく。

小さな村の一日は、鳥の声と、井戸の音と、誰かの笑い声ではじまる。


アルドは通い慣れた道をそれて、少し遠回りの道を歩き出した。

なんとなく、そうしたかった。ただ、それだけだった。


人影はまだまばらだが、木造の家々のあいだを抜ける風に洗濯物が揺れ、

どこかの家からは、焼き立てのパンの匂いが漂ってくる。


井戸の前で立ち止まると、少女が桶を抱えていた。

彼女が手をかざすと、井戸の縁に浮かんだ輪が青白く光り、軽やかな音と共に水が汲み上がっていく。


──魔道具《水の輪》。


古い時代の設計をもとに作られた、簡易的な水汲みの道具。

かつて授業で「これは古の模倣品だ」と聞いた記憶がある。

だが大人達の話によれば、外の世界で見る同様の道具は不安定で、力の加減も難しい代物らしい。


(……やっぱり、島の魔道具は特別なんだ)


アルドは、そう思いながら歩き出す。


道端の石灯篭には、夜の名残のようにほのかな光がまだ残っていた。

《光種》と呼ばれる小さな魔道具が、夜の間だけ街の通りを照らし、朝になると自然に光を収める仕組みだ。


誰も気にしない。驚かない。

まるでそれが、最初からこの世の理であるかのように。


市場では、冷却魔道具で冷やされた魚が並び、焼き芋の匂いが空に混ざる。

子どもたちは訓練場へと駆けていき、木剣の音が響く。

笑い声と、小さな喧嘩。すぐに和解の声。


アルドは、立ち止まってそれらを眺めていた。


──たぶん、これでいい。

誰もがそう思っている。

この日々がずっと続けばいいと、疑わずにいる。


けれど。


「……このままで、いいのか?」


声に出すことはない。

誰かに聞かせるものでもなかった。

ただ、胸の奥に黒い靄のような感情が居座っていた。


誰にも気づかれず、誰も傷つけず。

けれど確かに、他の誰とも違う場所に立っている――そんな感覚。


目の前を、果物かごを抱えた少女が通り過ぎた。

少女は小さく手を振ってくる。アルドは、わずかに頷き返す。


(……でも、こうして笑ってる人を、ちゃんと覚えておきたいとも思う)


世界のどこかで、何かがきっと壊れている。

けれどそれは、まだ“ここ”ではない。

けれど、ここが壊れる日が来たとき、自分はどうするだろうか――。


アルドは、再び歩き出す。


次にどこへ向かうかは、まだ自分にも分からなかった。

ただその足取りには、昨日までとは違う、確かな重みと焦燥が宿っていた。

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