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セファルディア〜滅びと継ぐもの達〜  作者: YUKI
第1章 島の日常と少年たち
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第2話「すれ違いの朝」

朝の光が木枠の窓から差し込み、淡い影を食卓に落としていた。焼き立てのパンの香ばしい匂いが、部屋いっぱいに広がる。


パンをこんがり焼き上げたのはユリナだった。

小さな手で一つずつ切り分け、ベリーのジャムを丁寧に塗っていくその姿は、どこか母・エリノアを思わせる。

彼女に似て、静かで優しい気遣いが、いつも台所を温かくしていた。


「パン、焼き加減どうかな……」

ユリナがジャムの瓶を持ったまま、少し不安そうに母を見上げる。


「上出来よ。ほんとに上手になったわね」

エリノアは微笑み、そっとユリナの頭を撫でた。

嬉しそうに笑うユリナは、長い木のテーブルに五人分の朝食を静かに並べていく。


ほどなくして、父のリオン、セイル、そしてアルドが席に着く。

家族が揃う音が、食卓に穏やかな気配を広げた。


「今日はティナが迎えに来てくれるの! 森の果実もらったから、そのお礼もしなくっちゃ!」


口いっぱいにパンを頬張りながら、ユリナが声を弾ませる。


「いいわね。ティナちゃんによろしく伝えて」

エリノアが優しく微笑む。

窓から差す朝の光が、その笑みをやわらかく包んでいた。


テーブルの一角では、リオンが黙々とパンを口に運び、スープをすすっていた。

その隣でセイルが肩を回し、首を鳴らしながら軽く体をほぐしている。


「……僕も、そろそろ。ルークが迎えに来る頃だな。アルドも!準備急げよ」

そう言って、セイルが立ち上がる。


その動きに釣られるように、ユリナもあわててスープを飲み干した。


「わたしも行ってきますっ!」


玄関へ向かうふたりの背に、エリノアの声がふわりと届く。


「行ってらっしゃい、ふたりとも」


「行ってきまーす!」

「いってきまーす!」


バタン、と木の扉が閉まり、家の中に静けさが戻った。


――


アルドは、のんびりとした調子でスープをすすり、ちぎったパンを口に運ぶ。

ひとりの時間を噛みしめるように。


食卓には、アルドとリオンだけが残っていた。

スプーンが器に当たる音だけが、静かに食器の間を渡っていく。


しばらく沈黙が続いたあと、リオンがぽつりと呟いた。


「……あいつは、友達が多くていいな」


その言葉に込められた感情は、掴みにくい。

寂しさか、羨望か、それともただの観察か。


アルドはスプーンを止めず、鼻でふっと笑った。


「アルド、おまえは――」


「俺は、ひとりで歩く方が好きなんだよ」


間を置かず返したその声は、どこか遠くを見つめているようだった。


「……おまえの父親に似てるな。目線が遠いんだ、あいつも…」


リオンは短く息をつき、窓の外へと視線を移す。


「考えごとしながら歩くのも、悪くない。けどな、たまには周りも見ておけ」


アルドはスープを飲み干し、立ち上がった。

器を手に取り、流しへ向かう。


背に向けて、リオンが静かに言葉を落とす。


「おまえの父親――ジークは、そうやって、見なくていい“もの“まで見ようとした男だった」


その言葉に、アルドの手が一瞬だけ止まる。


けれど何も言わず、器を置いて玄関へと向かった。


――


母が亡くなった日。

そして、父ジークが島の外での任務中に命を落としたという報せを受けた日。


あの日の記憶は、今も色褪せず、アルドの中に残っている。


あの任務は、ただの盗賊の襲撃ではなかった。

――精鋭の部隊。訓練された者の動き。

「襲撃者」というには、あまりにも整っていた。


けれど、正体はわからなかった。


ただ一つ確かなのは、父がリオンを庇い、命を落としたということ。

そして、母もその後を追うように病に伏した。


目の前にいるこの男――リオンが、その報せを届けに来た。

家族のようでいて、どこかに決して越えられない距離を残したまま。


――


靴を履いていると、背後から声が届く。


「アルド、行ってらっしゃい」


エリノアの、柔らかく包み込むような声だった。


「……うん。いってきます」


少しだけ顔を背けるようにして応え、扉を開ける。

朝の光が差し込み、アルドの姿を包みこんだ。


バタン、と扉が閉まり、再び家の中に静けさが戻る。


エリノアとリオンが、ふと顔を見合わせた。


「……あの子なりに、ちゃんと返してくれるようになったわね」


「……ああ」

リオンの返事は短かったが、確かな重みを帯びていた。


――


村の道を歩くアルドの耳に、鳥のさえずりと、どこかで笑い合う子どもたちの声が届く。

空を見上げると、雲の合間から朝陽がこぼれていた。


軋む井戸の音、パン屋の店先に並ぶ籠、煙突から立ちのぼる白い煙。

日常の景色が、静かに動き始めている。


ひとりで歩くのは慣れている。

でも――


誰かの言葉が、心のどこかに灯をともしてくれることもある。

あの日、父が見せてくれた背中のように。

言葉の代わりに残された、あの視線のように。


そんなことを、ふと思えた朝だった。


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