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思考が停止するとはこういうことを言うのだろう。
私は固まったまま、マーガレットを見つめることしか出来なかった。
穏やか?品?落ち着いている?静寂が好き?
社交界なんてろくな噂がないな!!
どこからそんな噂が流れたんだろうか。私を陥れる為に作られた噂としか考えられない。
「マーガレットはそれに対して何か言ってる?」
「あの、私はどんなお姉様の噂が流れてきても否定も肯定も出来ないんです。お姉様のことを私の口から一切言うなって言われていて
……」
「げッ!両親に口止めされてんの!?」
あの両親ならやりかねない。
私の本当の姿なんて知られたらお嫁にいけないことを考えたのだろう。
余計な真似を!
「……今から家を出て冒険家にでもなるか」
「は、早まらないでください!!まだ解決策はあります!お姉様がこの家から出て行くなんて考えられません!それなら私が王子をころ」
「ちょっと待てい、不敬罪になる」
私はマーガレットが言おうとした言葉を隠そうと、彼女の口を急いで右手で覆う。
この右手はきっと妹の口を覆う為にあるのだろう。
マーガレットは私の口の中でまだ何かもごもごと言っている。つい思い切り口を塞いでしまったせいで、苦しそうだ。
私ってば、自分の力加減が馬鹿なの忘れてた〜〜!
「ごめんごめん」
パッと手を離して、彼女の話を聞くことにした。
「いえ、これくらい幸せです」おい、耳を疑ったぞ。
これを幸せと捉えるな、妹よ。
……聞かなかったことにしよう。今は妹を追求している場合じゃないんだ。
「あの……、実は裏の噂もあるんです」
「え?なになに!?そういうの大好き!!」
私は急に元気を取り戻した。
流石私の妹だ!コアな情報もちゃんと仕入れてくれている!
「サラお姉様のことを調べた者が王家の中で流した情報だと思うんですけど」
「王家の力か〜。それはまともな情報そうだ」マーガレットは一呼吸置く。
何故か妙な緊張感が走る。ただ私の噂を聞くのにどうしてこんな緊迫した空気になるのだろう。
……雰囲気づくり?
「公爵家の野生児だけはやめておけ」
マーガレットのいつもより低く重い声が静かな部屋に響き渡った。的確だな、おい。
流石王家の調査団。しっかり調べ上げられている。それに的を射たスローガンだ。拍手を送りたい。
「このワードが合言葉みたいになっているんです」
「……それを知ってて、アーサーくんは私に婚約したってわけか」
「お姉様もなかなかの不敬罪ですよ。……まぁ、そういうことです!アーサー様は噂が本当か面白半分で婚約したんだと思います!気に入らなかったら、社交界で最悪な噂を流してお姉様を陥れるつもりです」
そこまで深読みしなくとも……と、言いたかったが、マーガレットのあまりにも凄まじい形相に言葉を飲み込んだ。
アーサー王子は私を陥れるなんて面倒なことはしないと思う。ただ、私の野蛮な姿を見たい関心から来たものだろう。
そのためだけに自分の人生をかけて私に婚約しようと考えるのは、随分と思い切ったことをするものだ。
そう簡単に婚約は解消できるものではない。ラドン家は王家から信頼を置かれている力のある公爵家だ。
……おいおい、王子。面倒くさいことをしてくれたな。