6 社交界での噂
第一王子と婚約してしまったと考えないようにしよう。気が重くなるだけだ。
私は今、会ったこともない王子とゲームをしているのだと考えればいい。
いかに上手くこの婚約から逃れるかが私の能力次第で決定する。勝てば官軍負ければ賊軍!
妹の部屋の前に立ち、私はコンコンッとノックをする。
「は〜い」
「サラだ」
いつもみたいに母親に喋り方が男みたいだと注意される前に、言っておきたい。
これは私とマーガレットの暗号のようなものだ。
そうでないと、「サラダ」と聞き取られるようなことをわざわざ言わない。
ウケ狙いで「サラだ」と言っていると思われたくない。羞恥心で死にたくなる……って言うのは盛り過ぎた。
恥も何もないけど、笑いを取るのなら本気で取りにいくから、こんな寒いことをわざわざ言わないってだけ。
「トマト」
「ズッキーニ」
お互いの好きな野菜を言うようにしている。
扉の奥から甲高い可愛らしい声で「トマト」と聞こえてくる。
私の声は透き通っていていい声だと褒められることが多いが、中性的な声だ。甘い声なんて出せない。
だから、媚びるのもあざとく生きるも向いてない。これぞ得手不得手。
「お姉様ッ!」
母親譲りの藍色の瞳をキラキラさせながら、マーガレットは部屋の扉を開ける。
髪の色は私と同じプラチナブロンドだが、彼女の髪質は父親に似たのかくせ毛である。クルクルとしていて可愛らしい。
彼女の髪のことを私は愛をこめて「ネジ」と呼んでいる。
「今日も相変わらず美しいです!」
マーガレットは私に勢いよく抱きつく。
私達は仲の良い姉妹だと思う。けど、マーガレットが持つ姉への
愛情は少し異常だ。有難いことに超が付くほどの姉想いなのだが、それが時々心配になってしまう。
彼女は家族の中で一番世渡り上手だと思う。
「マーガレットも可愛いよ」
「わ〜〜!嬉しい!ありがとうございます!お姉様に褒められた!」
マーガレットは本当に幸せそうに笑う。
「ちょっといい?」
「はい!いつでも大歓迎です!」
私はマーガレットの部屋に入り、立ったまま、先ほど両親から言
われたことを伝える。
先に社交界での私の噂を聞くよりも、前提として王子と婚約したことを伝えなければならない。
話せば話すほど、彼女の明るかった表情が消えていき、険しい表情になっていく。
…………マーガレット、顔、顔!泣く子が更に泣く形相だよ。
世渡り上手なのは良いことなんだけど、彼女はあまりにも…………。
「は?え?いや、あの腹黒王子にお姉さま渡すなんて無理なんですけど。夢ですか?何かの冗談ですよね?」
裏表が激しい。
人格が変わったかのような豹変ぶりを見せる。
……てか、今、腹黒王子って言った?
大人気のアーサー王子って腹黒なんだ……。
良かった〜〜〜!!
超性格良い慈悲に溢れたキラキラ王子様って言われたら、絶対に合わなかった。
ずる賢い系の人じゃないと話が合わない。
……まぁ、どのみち別れる運命ではあるんだけど。